【2】生意気な弟と可愛い弟①
【2】
「ーーなんだか、いつも悪いね? だけど奏がいてくれると本当に助かる~。康介なんか家族なのにすぐにお金を要求してくるんだよ? ほんっと可愛くないの」
弟とのバトルも一段落した頃、邪魔が入った事もあり、ゲームは一先ず中断して私は弟の康介とその親友の奏とで自分が散々ぶっ散らかして放置したままになっていたマイルームを一緒に片付けていた。
そんな私の部屋はとても他人様には見せられないほどに、脱いだら脱ぎっ放しの服や読んだら読みっ放しの雑誌、そして更に食ったら食いっ放しや飲みっ放しという、食べ物やペットボトルなどの残骸が転がっていて、
弟がそんな私をズボラ女子と呼ぶのも当然のゴミ屋敷さながらの汚部屋である。
しかし我ながら言い訳じみてはいるが、私は決して病的な意味で片付けられないのではなく、ただ単純にゲームをやりたいが為に部屋を片付ける時間が勿体なくて、
取り敢えず自分の生活の中心部であるベッド周りがある程度片付いてさえいれば、他は散らかっていても、そこは見なかった事にして、とにかく片付ける時間すら惜しいので、
ーーまあ、いっか!!
という、元より面倒くさがりで短絡的な性格である事も相まって、そんな自らの妥協案からこうして私の部屋は気付いた頃には魔の巣窟に近い状態になっていた。
しかし、さすがにそこまでの状態になると私も仕方なしに重い腰を上げて片付けを始めるのだが、自分で散らかしておいてなんたが、やはり片付けるとなると休日は全て丸潰れになり、しかもこれが結構多大労力を要する。
そこで私は閃いたーーー
自分はアルバイトをしていて学生の身でありながら金銭的にはかなり余裕がある。そして我が家には、いつも金銭的に困っている図体のデカイ若い労働力がいるではないか!ーーと。
そうして私は自分が楽をする為に条件の良いバイト料を餌にして何の遠慮もいらず、こき使える我が弟に、こうして時々私の部屋の片付けを依頼している。
ーー私って、アッタマいい!!
しかし私の二年後輩の奏は生意気な弟の『親友』である事が信じられないほどに言葉使いも優しく気遣い上手で、しかも大変家族思いという、今時大変よく出来た優しい男の子で、
まずこんなあり得ないズボラ女子の部屋の現状を見ても、奏は小さい頃からよく我が家に遊びに来ていたので、もう見慣れてしまっているのかもしれないが、
そんな私に対して弟のように引く事は決して無く、それどころかこうして我が家に来た時は自ら志願して弟と一緒にいつも私の部屋の片付けのボランティアをしてくれている。
勿論私もそれでは申し訳ないと思い、弟と同じ様にバイト代を出すと奏に申し出ても、そんな奏は決して私から金銭を受け取る事は無かった。
本当に奏はなんと性格の良い子なのだろう。それに比べて弟の康介なんか、しっかりと時給15分単位で請求してくるのになあーーー
「何言ってんだ! 片付けのバイトを初めに提案してきたのは姉ちゃんだろうが! それに何だよ。 いつもは俺一人だけに片付けさせて自分は何もせずにゲームばっかやってるくせに、 奏がいる時だけ一緒に片付けるって、どんだけええかっこしいんだっつーの」
「い、いいじゃん、別に。それに奏はあんたとは違って、すっご~く性格の良い子だから本当に私が困っているのを分かってくれていて、こうしていつも嫌な顔一つせずに手伝ってくれるんだよ?
しかもあんたと同じ様にバイト代出すって言っても、絶対に受け取らないし、ほんと人間が出来てるよね~ ーー誰かさんとは違って」
「ふん、何が困ってるだ。よく言うぜ。そもそもおめーが自分で散らかしてんだから、本来、自分で片付けんのがお子様でも分かる世間一般常識だろうが! 第一、ゲームなんざいつでも出来んだろ? 単におめーがグータラでだらしねェだけなんだよ。
ああ~しっかしマジであり得ねぇ。 自分の姉貴の使用済みの下着まで片付けさせられる弟の身にもなれってんだ!!」
そう言って、なんと康介は他人の奏がいるにも関わらず、私が脱ぎ散らかした下着のブラを持ち上げて見せるではないか!!
それにはギョッとして大慌てで弟の手から自分の下着を奪い取る。
「ちょっと!! 康介!! あ、あんたってば信じらんないっ!! あんたにはデリカシーってもんが無いの!? しかも平然と女の下着に触れんじゃねーわ!! それにあんたね! いくらそれが落ちていたって、そこは見なかった事にするのが紳士的ってもんでしょーが!!」
私がギロリと非難を込めた視線で弟を睨み付けると、そんな|康介は「ヘイヘイ」と反省の色もなくヒラヒラと片手を振る。
「ふ~ん? 紳士的ねぇ? そうは言っても、確かにこれで相手が『女』だったら気を遣うかもしんねーけど、ウチの姉ちゃんは『女』とは名ばかりのまさに『男』にしか見えねーーゴリラ女だからな。それに下着を脱ぎ散らかす女なんてもう『女』じゃねえよ。気を遣えったってムリじゃね?」
そんな弟の姉を姉とも思わない数々の暴言に、私は無言のまま自分のベッドの上から枕を手に取ると、今度は投げる事はせずに、つかつかと弟の方まで歩いて行って、その枕で生意気な弟を直接殴ってやる。
「うわっっ、ちょ、何すんだ!? 本当の事を言っただけだろ!!」
「うるさいっ!! あんたマジで超ムカつく! !しかも人前で平然と自分の姉を辱めた『天誅』だよ!! 覚悟しなさい??」
私はそう言うなり力一杯、枕で弟をボカスカと殴り続ける。そんな弟も私の手から枕を奪おうと必死で抵抗しつつも応戦してくる。
「ちょ、やめろって!! 何が『天誅』だよっ!! 馬鹿姉貴!! ふざけんなっ!!」
ーーそんなこんなで私と弟が取っ組み合いになる寸でで、今まで困惑しながらそんな私達の様子を見ていた奏が慌てて止めに入ってきた。
「二人とも、落ち着けって!! しかもこんなに大きな二人が暴れたら、せっかくここまで片付けたのに、またやり直しになるだろう!? それに康介も言い過ぎだ。お姉さんが怒るのも無理はない」
そんな奏の声に私は我に返って弟を殴るのを止めると、康介はぶつぶつと文句を呟きながら立ち上がり、深いため息を吐く。
「ーーったく、お前は俺のダチだろうが。どっちの味方なんだっつーの! しかも先に手を出してきたのはこいつなんだせ?」
「それでもだ。お姉さんは『女性』なんだよ。だからたとえ何があっても、男のお前が手を出しては絶対に駄目だ。それに端から聞いていても|康介の言葉の方が断然酷かったよ」
そんな親友の奏にたしなめられて康介は伐が悪そうに頭を掻きながら乱れた格好を直している。
「あのなあ~? 姉貴との姉弟喧嘩なんて、いつもの事なんだよ。それにいくら俺だって女に本気で手なんか上げねーって。だからお前が心配するような事にはなんねーよ。
だけどお前んとこは歳も離れてっからかもしんねーけど、妹とすっげー仲が良いからな。まず兄妹喧嘩なんてする事ねえんだよなあ。ーーはあ、俺もお前みたいな兄貴が欲しかったぜ」
そうして康介は|両腕を天井に伸ばしてひと伸びすると、「下しで飲み物入れてくっから、後で降りてこいよ」ーーと言って、
何となく気まずくなった雰囲気から逃げるようにして一人で居間の方に下りて行ってしまった。
そんな私の部屋には私と奏の二人だけがポツンと取り残された。
確かに康介の言う通り、弟との口喧嘩の末の取っ組み合いなどは子供の頃からの日常茶飯事だったので、私達姉弟の間では大して気にする事でもないのだが、
奏にしてみれば、奏には歳の離れた小学6年生の妹が一人いて、その妹をすごく可愛がっており、そんな奏達兄妹の間では喧嘩をすること自体まずあり得ない事なのだろう。
だから昔から私達姉弟が喧嘩を始めると奏はいつも心配そうな顔をしている。
そして今でも思う事ではあるが、上品で優雅な上流家庭の有島家と、庶民気質でガサツな中流家庭の橘家とでは、そもそもの家の格式が違うとは思うのだが、
そんな家同士がどうしてお互い仲良く出来るのか私個人としては不思議でならない。
因みにだがーー私はその奏の妹の凛音ちゃんからは、別に何かをした覚えはないはずなのに何故か昔っからすっごく嫌われている。
ーーけれど、それもまあ、このような『ズボラ女子』と呼ばれている私ではあるので、上品な家庭で育っている奏の妹から見れば、私が嫌われてしまうのも|仕方がないのだが、
不思議と奏の両親からはこんな私であってもこちらの方は好かれているっぽいので、自分でも謎ではあるーーー
【続】