【8】因縁の再会⑱ー2 (雨降っても地は固まりません!)
【⑱ー2】
そんなこんなで現在、私は弟達を引き連れて歩いている。暁さんは至急の呼び出しがあって一旦離れて行ってしまった。なんとなく無言の空気が流れ、二人の前をとぼとぼ歩いていると、肩から下げていたバッグの紐を後ろから引っ張られる。振り返ると康介だ。
「姉ちゃん、その制服、今すぐ脱げ、そして持ち主に返せよ」
「え?」
私がポカンとしていると、康介が苛立つように睨む。
「え?じゃねーよ。知らない他人から簡単に貸し借りなんかすんなよ。なにか問題が起きたら、どーすんだよ? ったく、子供でもそれくらいわかるってぇの」
「問題って、あのねぇ、緋色くんは知り合いだし、悪い子じゃないよ!制服だって私に気を遣ってわざわざ貸してくれたんだよ? それをなんでもかんでも悪い様に決めつけないでよね!」
緋色くんの事を悪く言われているようで、カチンときた私は応戦するように弟を睨み付ける。
「はぁ? 昨日今日知り合ったヤツだろ? しかも誰だか覚えてもいないヤツの何を信用出来るっーんだよ。少しは警戒心を養えってんだ。なのに誘われたからって、のこのこ無関係のパーティーに出席するわ、男の着衣借りるわ。呆れて言葉も出てこねーわ」
そう言って人を小馬鹿にしたように顔を伏せて、短いため息を吐く康介。
ーーホントに姉に対して容赦のないボロクソ態度だ。聞いているだけでもムカつくが、悔しいことに康介が言うことは、そのほとんどが正論なだけに、私には打ち負かせるだけの反撃が出来ない。相手は年下で、しかも弟なのにーー姉の威厳は一体どこにいった??
「た、確かに言われれば、そうかもしれないケド、でも本当に緋色くんは悪い子じゃないから。主催側のお姉さんもすごく良い人だし、短い間でも接してれば良い人か悪い人かなんて大体わかるよ。これでもバイトで接客業してるんだから、そこで培った直感力で相手が何を考えてるかが、なんとなくわかるというかーー」
と、言い掛けて康介の更に細められたジト目に思わずたじろぐ。
「な、なによ?」
「⋯⋯自分を知らねーって怖えな。おめーほど鈍いヤツが他人の思考なんか早々読めるかよ。その培った直感力とやらで今まで役に立った事あんの?」
ーーそういえば⋯⋯ないな。うん。
「⋯⋯た、多少は?」
ごもごもと口ごもりながら言うと、康介がとうとう目を瞑ってしまった。
ーーくぅぅ、康介め〜少しばかり賢いからってバカにして!こんにゃろ〜〜
今度は私が弟をジト目で睨んでいると、その視界に奏が入る。奏は俯きがちに顔を伏せたまま、こちらに視線を向ける事がない。しかも言葉もなく黙ったままの、その様子に急に心配になってきた。
ーーやっぱり、気のせいじゃなく、さっきから奏の様子がどこか変なんだよな。昔から奏は気分が落ちると自分の殻に閉じこもる傾向があるから、ここは年上として相談に乗って上げないとね。
私は康介を完全無視して奏の方に移動した。
「奏? どうしたの? どこか具合でも悪い?」
私が奏の顔を覗き込むと、奏はハッとした様子で、ようやくこちらに目線を向ける。
「え? あ、いや⋯⋯なんでもないよ。ごめん」
そう言って笑う奏だが、私はダマされない。子どものころからの長い付き合いだからこそわかる。その場しのぎに作った笑顔なのは、お姉さんはまるっとお見通しなのだよ。
「こら、なんでもないって顔じゃないぞ? 奏はすぐそうやって我慢しちゃうんだから。どうしたの? なにかあるなら話して? 奏はいつも私に何かあれば相談してって言うでしょ? あれ、そっくり奏にも言えるからね。私じゃ頼りないかもしれないけど、奏の力になりたいのは私だって同じ気持ちなんだから」
すると奏は私から視線を逸らして、ぽそりと口を開いた。
「⋯⋯嫌なんだ」
「え?」
「珠里が他の男の服を着ているのが、すごく嫌だ」
「へっ? これ?」
私が緋色くんの制服を見ると、奏はふいっと顔を背ける。
なんと、原因はこの制服? 私が緋色くんの制服を着ているのが面白くなくて、それで機嫌が悪かったの?
う〜ん。そっか、奏って子どもの頃は一人っ子だったから独占欲が強くて、いつも私にくっついて康介と張り合って甘えてたっけ。でも妹ができてから、それも無くなったとは思ってたケド、やっぱり、お姉ちゃんに構ってほしいのは、いくつになっても変わらないって事か。
んも〜こんなことでイジけちゃう奏ってホント可愛いなぁ。康介もこれくらい可愛げがあったら良かったのに、なんで素直な奏と一緒に育ってきて、あんなにぶてぶてしい性格になるんだろう?
私は急いで緋色くんの上着を脱ぐ。ちょっと肌寒いけど、これくらいならブラウス一枚でも大丈夫だろう。
「ほら、奏。これでいい? 機嫌なおして?」
私は緋色くんの制服を抱えて、奏にお伺いを立てるように首を傾げると、すかさず隣の康介から横やりが入る。
「はぁ、俺の時とはエライ違いだな。俺が言えば、あーでもない、こーでもないって散々文句垂れるくせに、奏が言えばあっさり応じるとか、差別もいいとこだぜ」
そんな不貞腐れる康介に私は鼻で笑う。
「ふん、奏はあんたと違って健気で可愛いからね。普段からぶてぶてしい態度の弟なんかより、可愛い弟のお願いなら、なんでも聞いてあげたくなるってものなのよ。悔しかったら、あんたも態度を改めて可愛くなりなさいな」
「はっ、冗談。しかも男に可愛いとか気持ち悪りぃんだよ。言っとくけど、奏が健気なのは姉ちゃんの前だけだからな? こいつ普段は猫被ってっけど、どーでもいい相手にはマジで態度悪りぃーー」
「康介⋯⋯」
康介の会話に被せるように、いつも奏からは相談もつかない低く冷ややかな声が名を呼ぶと、康介はそれ以上、言葉を続けず押し黙ってしまう。
確かに今の奏の一言は怖かったな。うん。
康介は一つ咳払いをすると、今の話には触れずに話題を変えてくる。
「んん⋯⋯ところで姉ちゃんさ、なんで制服なんか借りてんだ? まさか年下脅して無理やり剥ぎ取ったわけじゃねーよな」
康介と言えば康介らしい突拍子のない無礼な発言に、思わず目を瞠る。
「はぁあ? なんで、そんな発想になんのよ。人を追いはぎか痴漢みたいに。あんた、私をなんだと思ってるワケ?」
「なんだって言われてもな〜ソイツって姉ちゃんの大好きな『春人』そっくりだって言ってただろ? だから姉ちゃんの頭の中で妄想と現実がごっちゃになって、制服借りる口実で無理やり襲い掛かるとか押し倒すとかの変態行為をやりかねないかと心配になったからにーー」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯おい、なんでそこで押し黙る」
康介の言葉に思わず目が泳ぐ。心当たりがありすぎるだけに思い出しただけでも冷や汗ものだ。けれど、あれは完全に不可抗力だ。決して意思を持って押し倒したわけじゃない。
敢えて言い訳をするなら、勢いと重力のなせる業としか言いようがない。だがしかし、果たしてそれを説明して信用してもらえるだろうか? それでなくても私の妄想癖による奇行は二人もよく知っている。
「おい、おい!姉ちゃん!まさかホントに!!」
「珠里!? それって、どういうこと!?」
「ち、違うっ、違うからっ!!」
正面から奏に両腕を掴まれ、横から康介にバッグの紐を引っ張られ、体をブンブンと揺すられる。
ーーひえぇぇ〜、首がガクガクするぅぅ、話そうにも揺すられてるから舌かみそうで話せないぃぃ〜
「姉ちゃん!!まさか、とうとう犯罪犯しちまったのか!?」
「珠里!!嘘だろ!? 珠里がそんな事するわけないよね!?」
二人に詰め寄られ、これでもかっていうほど前後左右に大きく揺すられて、まるで私の所にだけ大地震が起きている感覚だ。
ーーこれは震度7くらい? 視界がグラグラするよぅぅ〜
「ちょ、ちょい待ち!待ちなさいってばあぁぁ」
私は思いっきり体を捩って二人の揺さぶり攻撃から脱出する。ようやく解放されて、やれやれだ。
あ〜まだ、頭がグラングランするわ。
「こんなに揺さぶられたら何にも言えないでしょ!何を勘違いしているのかわからないけど、この私にそんな男を襲うような大それた真似が本当にできるとでも思ってんの!? しかもこんな真っ昼間から、こんなに人がいて自分の働いている職場で? 馬鹿も休み休み言いなさいよ!大体そんな男を襲える度胸があるなら、今頃『乙女ゲー』ユーザーなんてやってないから!」
「ご、ごめん」と奏が申し訳なさそうに謝ってくる。
いや、奏はいいのよ〜たとえ、いくら揺すぶられて首がガクンガクンなっても、頭がクワンクワンして若干吐き気をもよおしても、可愛い奏なら何でも許せちゃうから。
「だよな〜姉ちゃんがそんな事できるわけねぇか。いくら似てても所詮現実の男だしな〜しかも色気ゼロの姉ちゃんが迫ったところで、なんの冗談だって、せいぜい笑い飛ばされるのがオチだろ」
ーーぐぬぬっ、康介のヤツ〜だからあんたは可愛くないんだよ!元はといえば、あんたが疑ったからじゃん。
「はいはい、理解してくれてありがとよ。ーーたから制服は私がブラウスだけじゃ寒いだろうからって気を遣ってわざわざ貸してくれたの。それに明日の学校行くにも困るだろうからって、緋色くんの方は制服2枚持ってるから大丈夫なんだって。だからご厚意に甘えてお借りしたというか」
「姉ちゃんの制服は? そんなに状態ひどいのか?」
「いや、そこまでひどくはないんだけど、染み抜きしても抜けきらない部分があって、それで帰りに駅前のクリーニング屋さんに出そうと思ってて」
すると康介が肩を竦めた。
「だからって、わざわざ他人に制服借りなくてもいいんじゃねーか? 取り敢えず状態ひどくねぇなら自分の制服着といて、家に帰ってからクリーニングに出せばいいことだし、ウチの学校は私服Okだろ。 だったら明日は私服で学校行けばいいんじゃねーの?」
ーーあ、そうだった。緑峰は私服も可だったんだっけ。でもウチの学校の生徒達の8割がた制服着用者が多いから、すっかり忘れてたわ。
「で、でもウチの学校って、ほとんど制服着用してるでしょ? それに私も今まで制服でしか登校した事ないし、いきなり私服登校は抵抗があるというか⋯⋯」
「んなこと気にしてどーすんだ。別に校則違反でもねーんだし、誰かに言われたら制服クリーニングに出したから私服で来たって、そのまま言えばいいじゃんんか」
「いや、だって、あまり目立つのは好きじゃないし、なんかこう恥ずかしいっていうかさ」
「あのな〜恥ずかしいって、姉ちゃんの普段の行動の方がずっと恥ずかしいと思うけどな。そういうのは全然平気なのに、なんでたかが私服で登校するのが恥ずかしいのか、そっちの方がわかんねーな。それに姉ちゃんが気にするほど周りなんて他人に興味なんてねーよ」
「それはそうかもしれないけど⋯⋯」
ーー言われてみれば確かにそうだ。自分自身も他人の何かが変わったところで、さほど興味はない。だけど自分の変化は自分が一番恥ずかしいんだよ!そりゃ昔っから康介はそういうところは気にしないっていうか、元より合理的な性格だからなのか、そういった面では意外に図太かったりもする。
すると奏が口を開いた。
「それなら俺の制服を貸すよ。俺は私服でも全然平気だから」
それを聞いて私は首を横に振った。
「それはダメだよ。第一、奏と私じゃサイズが違うから私が着るには、ちょっと大きすぎると思う」
緋色くんは私と身長がさほど変わらないからサイズが大丈夫でも、奏は康介と同じく身長があるので、それでなくても弟の服をたまに借りて着たりもするが、やはり大きいので、それが良くて普段着にしている時もある。
「まあ、そうだな。明らかに男物の性格を着ている方がかえって変に目立つし、下世話に勘繰られるとも限らないから、特に彼氏がいない女はやめておいた方が無難だよな」
「そうそう、だから奏は全然気にしなくていいからね。奏も気を遣ってくれてありがとう」
笑って言うと、奏の表情がまだ不安そうだ。
「⋯⋯でも、その制服は珠里には着て欲しくない」
ーーああ、まだ気にしてるのか。もぉ〜奏ってば。
「あはは、着ないから大丈夫。そこまで奏に気にされたら着れないってば。私も身内ならともかく他人の制服を着るのはさすがに、ちょっとな〜って思ってたし、明日はちょうど体育授業もあるからジャージ登校することにするよ。私も初めっから、そう言えばよかったよね。心配かけてごめんね?」
そう言って奏の腕をポンポン叩くと、奏は安心したかのように、いつもの優しい王子様スマイルに戻る。
うんうん。今度は本当の笑顔だね。やっぱり奏はこっちの方がカッコいいよ。
すると奏が突然、自分が着ていた白いシャツを脱いだかと思うと、さりげなく私の背後からシャツを肩に掛けた。
「え?」
「代わりにこれ着てて、ブラウス一枚じゃ、まだ寒いから」
ふわりと優しい柔軟剤の香りがする上着に包まれ、その現状にあたふたしてしまう。
「だ、だけど、それだと奏がTシャツ一枚になっちゃうよ? そっちの方が寒いと思う。本当気にしなくていいよ、私は大丈夫」
と、上着を戻そうとするも奏がそれを許さない。
「俺の方は大丈夫。運動部なだけあって、これくらいの寒さなんて大した事ないから。それより珠里の方が寒がりなんだから着てて。俺に遠慮なんかしなくていいから」
「で、でも、ほら、昔から奏は体調崩しやすいし、これで風邪ひいちゃったりでもしたらーー」
「それは子供の頃の話だし、今はバレー部で鍛えられているから逆に丈夫すぎるくらいだよ。俺は珠里が風邪をひく方が心配だから」
なぜか緋色くんに制服を借りるよりも奏に上着を借りる方がなんとなく素直に受け入れられないでいる。さらに言えば柔軟剤の優しい香りが妙にこそばゆい感じがして、なんだか落ち着かない。
「わ、私は大丈夫だよ? 私も体は丈夫な方だしさ、やっぱり奏の方がーー」
「⋯⋯俺の服は嫌?」
ふいに奏が悲しそうな顔をする。ーーええっ? ちょっと待って!
「ちが、違うよ、奏!嫌なんて、そんなこと絶対ないから!! ええっと、なんていうか、そのーー」
奏を傷つけまいと言葉を選ぼうにも上手く言葉に出てこないでいると、横からグイッと片袖を引っ張られた。見れば呆れ顔の康介だ。
「はぁぁ〜聞いてらんねぇな。あのさ姉ちゃん、今更なに遠慮してんだよ。奏は大丈夫だって言ってんだろ。人の厚意はありがたく受けとけよな。それに奏よか姉ちゃんの方が風邪ひく確率断然高けぇし、風邪ひいて俺に移されでもしたら、そっちの方が困るんだよ。だから、つべこべ言わずに大人しく着とけや!」
「わ、わかったってば」
次第に苛々し始めた康介にジロリと睨まれて、私は急いで奏の上着に手を通す。やはり体格差で奏のシャツは少し大きい。
「奏、ありがとう。じゃ、遠慮なく借りるね?」
そんな私の言葉に、奏がニッコリと笑いながら「うん」と嬉しそうに頷いた。ーーやっぱ、奏は素直で可愛いですね。うんうん。
【続】




