【8】因縁の再会⑰ー5(〜あっちこっちでハプニング)
【8ー⑰】
「ーーヒロくん!」
その声に振り返ると、見知らぬ女の子が緋色くんに駆け寄って行った。
「もうっ!黙って置いて行くなんてヒドイよぉ〜 どうして声掛けてくれなかったの? 一緒に来たかったのにぃ」
その女の子は多分緋色くんと同年代くらいの今時の女の子で、どうやら緋色くんに置いていかれたことへの不満を甘えるような声で訴えている。
この女の子は誰だろう? 緋色くんの関係者みたいだけど⋯⋯
すると緋色くんは眉間に皺を寄せて、あからさまに嫌そうな顔をする。
「ーーどうして、ここにいるんだよ。誰も呼んでないだろ」
私の時よりも更に不機嫌な緋色くんの声から察するに、緋色くんと、この女の子の関係はあまりよろしくないものらしい。
「どうして、そんなこと言うの? 私だって家族なのに! なのに私だけ除け者にするなんて、そんなのひどい! 私だって家族としてお姉さんをお祝いしたいのにっ」
女の子は緋色くんの腕を掴んで縋ろうとするが、緋色くんがその手を振り払うように拒む。
「それなら本番の時だけで充分だろ!今日は姉貴個人のいわば友人達の集まりなんだよ。なのに関係ないヤツが来るのは逆に迷惑だ!」
緋色くんの言葉に内心、うっつ、となる。今、この場にもっとも関係のないヤツである私に言われてるようで、いたたまれず思わず顔を伏せると、緋色くんから袖をクイッと小さく引かれ、「先輩のことじゃないから」と、すかさずフォローが入った。ーーはは、ありがとね。緋色くん。
すると、女の子がムッとした表情で私をチラッと見る。この既視感には嫌な予感がプンプンする。
「それなら、そこにいる人は? 緑峰の制服ってことは大学生じゃないよね? なのに、なんでヒロくんがその人と一緒にいるの?」
女の子にジロッと睨まれ、あたふたと緋色くんを見ると、緋色くんはその視界を塞ぐように、さりげなく私の前に移動した。
「それこそ、そっちに関係ない。彼女はれっきとした招待客だから。とにかく、お前は早く帰れよ」
しかし女の子は引き下がらない。
「嫌!だって私は身内だよ! だからヒロくんが居るのに私が居たらダメってことないでしょ!? どうして私だけ仲間外れにするの? 血が繋がってなくたって家族は家族なのに、どうして仲良くしてくれないの? 私はヒロくんが好きなのに」
ーーあ、なんかこれ、聞いたらいけないやつだ。人様の複雑な家庭の事情ってやつだね、うん。⋯⋯で、どうしよう。このままじゃ気まずいしーーここは逃げるか? ⋯⋯最近逃げてばっかりだな私。⋯⋯はは。
と、逃走を目論でいると、緋色くんが怒ってキレた。
「いい加減にしろよ!ちょっと、こっちに来い!!」
そう言って、緋色くんはその女の子が持っていたバッグの紐を掴むと、その場に私を残したまま女の子を無理やり連行していった。ーーいや、無理やりというには、女の子がまんざらでもないような顔をしていたような。うん。
そして、今日は本当に色んな事があり過ぎて疲れてしまった。なんでこうも次から次へとイベント?が起こるのやらだ。
そして乙女ゲーの主人公は毎日起こる様々なイベントをこなしているかと思うと逆に敬服する。実際はこんな面倒事は神経が疲弊するだけだ。
だから恋するヒロインが逞しいのはそういう事情があるからなのかもしれない。そういう面では現実の私はモブ位置が一番性に合っている。だから、もうイベントはいらないな、うん。
そう思っていた矢先、玄関ホールで項垂れながら一休みしていると、入り口が開く音がして、それから私の前に誰かが立ち止った気配がした。そして頭上からーー
「おい、なにやってんだ?」
それは毎日、耳にしている聞き慣れた声。ゆっくりと顔を上げると、そこに呆れ顔の弟の康介と、心配げな顔をした幼馴染みの奏が立っていた。
どうしてここに?という疑問もそこそこに、疲れ切っていた私は「はあぁぁぁ」と、お腹の底から絞り出すような深い息を吐いた。
「こうすけ〜今、あんたの顔見て無性にホッとしたわ〜」
「は? なんだよ急に、気味悪ぃな」
多少引き気味にぶっきらぼうに口を開く我が弟ーーやはり身内が側にいると、セイフティスペースができる気がする。そして、そんな私にしゃがみ込んで心配そうに様子を覗うように覗き込むのは、弟の友人の奏。
「珠里、大丈夫? なにかあった?」
そんな奏の心配そうな緑かかった薄茶の瞳を間近で見て、思わず仰け反る。
うぉぅ! 近っつ! 奏のイケメン顔が! ま、眩しい!!
私は手を前に振って奏から微妙に距離を取ると、再び顔を伏せる。
「いやいや、大丈夫だから。ちょっと色々あって疲れただけで何もないよ?」
「珠里、それ何もないって言ってない。色々あったって、それは困り事? もしそうなら必ず力になるから相談してほしい」
そんな真摯な奏とは対照的に
「奏、そんなに心配する事ねーって。どうせ姉ちゃんの困り事っていっても大した事じゃねーよ。また、しょーもねぇ事考えて自分の頭で処理できないだけだろ。まぁ、話くらいは聞いてやるから何かあんなら言って見ろよ、三人寄ればなんとやらっても言うしな」
と面倒くさげだが、一応心配してくれている?康介。さすがに実弟だけに姉の本質の見極めは的確だ。
ーーけど、奏ほどまでとは言わないから、もうちょこっとくらい、姉に優しくしてくれたってーークッスン。
私は「はぁ」と小さいため息をつくと、今思っている事を口に出す。
「あのさ。『乙女ゲー』のヒロインって、よく考えたらすごいと思わない? 不屈の精神っていうの? あんなに沢山のイベントを一人でこなして、色んなタイプの人達との人間関係築いてさ、しかも意地悪なライバルまで相手して、って、よく出来てるな〜って思って」
「は?」
「え?」
私の言葉に康介と奏がきょとんとしている。
「もし、それが現実に起こったらマジで怖いって! それこそ根性論でどうにかなるものでもないんだよ! 人間には限界ってもんがあるんだから、あんな次々にイベントなんてこなせないっつーの! しかもフラグ立てる必要さえないのにだよ? なのに変に絡まれたりとか、なんでそーなるのって、こっちはなるじゃない! もうっ、わけわかんない!」
「俺はそんな姉貴がわかんねぇけどな⋯⋯」
「珠里、少し落ち着いてーー」
一度不満を口に出してしまうと、だんだん言葉に力が入って、やや興奮気味に拳を握りしめて熱く語ってしまう。そんな私に対してドン引きの弟と、困惑しながらも宥める優しい奏。しかし勢いづいた私の口は止まらない。
「だから、やっぱりイベント云々は『乙女ゲー』の世界だから楽しいんであって、現実に起こったら大変だってことよ。しかもリセット出来ないんだから、最終的にどこに行きつくかわからないんだよ? 怖いよね? 怖いでしょ?」
「⋯⋯」
「うん、それは確かに怖いね」
弟は私から視線を外して返事すらしてくれず、やはり奏だけが私の話を真剣に聞いてくれている。ーー本当に奏はいつも優しいなぁ。それに比べて康介の薄情者め! 弟、交換したい⋯⋯
「はあ〜、それを考えたら、やっぱ『乙女ゲー』は最高だわ。なんと言っても多彩なドラマがあるし、選択に失敗してもリセット出来て何度でもやり直せるし、キャラはみんな魅力的だし、声優さんもステキだし、女の子の夢が全て詰まってるっていっても過言じゃないわ! ああ、いっその事、小説や漫画のように異世界転生とか出来ればいいのにな〜」
「⋯⋯」
「うん、でも、それはすごく困るかな。珠里がいなくなったら残された方は辛いし悲しいよ。だから、どこにも行かないで?」
相変わらず無言の弟はこの際無視!
ーーああ、奏はなんて素直ないい子なんでしょう! しかも、そんな切なげに言われたら、お姉さんは胸が痛くてしょうがないよ。
思わず奏の頭をよしよしと撫でてしまう。だって、頭が丁度いい位置にあったもんだから、ついね。
すると康介が呆れ混じりの息を吐く。
「奏、お前の献身ぶりには、ほとほと呆れるくらい感心するよ。けど、これでわかっただろ? 姉ちゃんの困り事なんざ、大したことねーって。心配するだけ損ってもんだ」
「なっ! ちょっと康介! あんたねーー」
弟の小馬鹿にしたような口ぶりにカチンときて、文句をつけようとすると、弟がジロリと睨む。
「じゃあ、一体何に困ってるんだ? 言ってみろよ。ただし、その『乙女ゲー』がどうたらこうたらは、俺達の理解の範疇じゃねぇから、いくら語ったところで無駄だぜ。まあ、奏なら話に付き合ってくれるだろうけどな。俺はくだらねー話なら付き合う気は全くないからな」
「あんたね!くだらねーって、私がどれだけ大変な目にあったと」
「だ~から、その大変な目って、なんだよ?」
「だから、えーっと、えっと、⋯⋯あ、あれ?」
改めて聞かれると、どういうわけか答えられない。というか、すでに『乙女ゲー』で脳内変換されていたので、現実の出来事をまとめて文章にするのは難しく、何をどう話せばいいのか言葉に出て来ない。そもそも弟達に相談するような大した内容でもないので、単に自分がバタバタしてただけのような気がする。
「えーっと、その、ほら、なんだっけ?」
思わずヘラっと笑って誤魔化すと、康介の目が糸目になった。そして壁に片手をつき、腰に手を当てて大きなため息をついている。
「いや、ホントに色々あったはあったんだけど、人に話すほどの事でもなくって、困ってるってわけでもなく、ただバタバタしてただけで、え〜と、なんかゴメン」
康介はともかく、一応心配してくれている奏に向かって謝ると、奏がフッと笑う。
「珠里が大丈夫ならいいんだよ。けど、たまに珠里は一人で抱え込んでしまうから本当に心配なんだ。だからどんな些細な事でもいいから、何かあれば話して? 俺じゃ頼りにならないかもしれないけど、それでも珠里の力になりたい。俺は何があろうと珠里の味方だから」
真摯な視線と、どこまでも甘やかされているような優しい言葉。こんな優しいお兄ちゃんがいる奏の妹の凛音ちゃんが羨ましいゾ! そんな私には、まことに可愛くない口悪な弟しかいないとは。
「奏、ありがとう。奏は本当に優しいね。それに比べて康介は実の姉に冷たすぎる。はあ⋯⋯弟、交換したいわ」
「はん、俺だってこんなお馬鹿な姉を持って逆に可哀想だろ。身内の恥は家族の連帯責任だからな」
それを聞いて、寧ろ自覚があるだけに反論できず。
「うぅ〜だったら、いっその事、奏の家の養子になりたいなぁ。そうしたら素直で可愛い弟と妹が出来るし、紗菜さんとも仲良しだし、有島家なら私が多少お馬鹿でも、みんな優しいから笑って許してくれそう」
すると、それを聞いた奏の表情に難色の色が浮かぶ。
「いや、それはちょっと⋯⋯珠里と『姉弟』には、なりたくないかな」
ガァァァァン
あの優しい奏にまで拒否された。
ーーいや、当然といえば当然だ。幼少時から散々私の醜態を見続けてきて、実の弟でさえ心底嫌がる私を奏だって、それは例外ではないだろう。だけど、私の味方だって言ってくれたのに、養子とか冗談話だったけれど、まさか速攻拒否されるとは。私って、そんなに恥ずかしいかなーークッスン。
「⋯⋯だよね。はぁ、さすがに、こんな不出来な姉なんかいらないよね」
「いや、そういう事じゃなくて! 珠里とは今のままがいいっていうか、珠里が嫌って事じゃなくて、もっと違う方向のーー」
私の様子に珍しく慌ててフォローを入れる奏の優しさが痛くて、奏の言葉を遮るように言葉を被せる。
「いや、奏、気にしないで? 自分でもわかっているからダイジョ~ブ、ダイジョ~ブ。しかも、ちょっとした冗談なんだから間に受けないでよ〜 実際、私が出ていったらお父さんが泣いちゃうもん。一応可愛い一人娘なんだしさ」
私の言葉に康介も遠い目をして頷いた。
「あ〜確かに、父さんは、ああ見えて姉ちゃん溺愛してっからな。泣かれるとかなり鬱陶しいな。⋯⋯まぁ、奏なら問題ないとは思うけど。ーーあのさ、姉ちゃん。そんなに有島家に入りたいんなら養子とか面倒な事考えなくっても、もっと簡単な方法があんじゃねーの?」
康介の言葉に私は片手を振って答える。
「だ~から、養子とか冗談だって言ってるでしょ。もうっ、あんたまで間に受けないでよね。それにあんたがいくら嫌がったところで、私とは切っても切れない実の姉弟なんだから、そこは諦めなさいよ。それと今の話、お父さんとお母さんにはナイショだからね? それこそ、何お馬鹿な事言ってるの!って絶対に怒られちゃうから」
「⋯⋯奏、一応聞くけど、これは『俺』が言ってもいいのか?」
「ーーいや、どっちにしろフライングするし、それは自分の言葉で直接本人に言いたいから。でも今はまだ時期早々だってわかってる」
「はぁ〜だよなぁ⋯⋯まぁ、頑張れや。俺としては、あまりお勧めできねーケドな」
康介と奏がなにやら肩を寄せて、ぼそぼそと小声で話している。まぁ、大方、私の対応をどうするかの話をしているのだろうが。
そういえば、二人は何しに、ここに来たんだろう? なんかあったっけな?
【8ー続】




