【5】妄想女の擬似デート?⑨(~鉢合わせ)
【5ー⑨】
…………私は今、猛烈に後悔している。
………ああ、私はどうして、あの時、たい焼き屋に寄り道などしないで真っ直ぐフードコートに戻らなかったのだろうか? …………いや、それよりも初歩的な選択ミスだった事を今頃になって気付かされる。
そもそも買い物やお茶をするくらいなら、自宅近くのお店でも良かったのだ。それなら同じ学校に通う生徒達との遭遇率も低かったのに。
それなのに私は隣町にある自分の通う学校近くの休日には学校関係者が沢山集まりそうな大型ショッピングモールに、しかも通りすがりの女の子達が思わず振り返らずにはいられないほどのイケメンである我が校の『学園の王子様』をお供に連れて来てしまった。どう考えても、目立つ事この上ない。
ーーいやいや、初めはモールには一人で行くつもりだったし、その後、駅前近くにあるバイト先にそのまま直行する予定だったから、深く考える事もせず何となしに、その場の流れるままに来てしまったのだが………自分で決めた事とはいえ、やはりこうなった原因は我が弟、康介の所為でもある。
あんにゃろーー帰ったら覚えてろ!!
「珠里っ!!」
その声にギクリとしながら振り返ると奏がこちらに走って来る。
「珠里! 電話が中々繋がらないから心配したよ! ここにいたんだーーよかった」
そんな奏は今まで私を探して、この広い店内中を走り回っていたのだろう額には薄っすらと汗を滲ませて呼吸が少し乱れたままに安堵の深い息を吐く。
私はその姿を見て、う~ん、やっぱりイケメンくんは走る姿も様になっててカッコいいけど、こういう少し乱れた姿もちょっと色気があって、なんかいい…………
ーーなどと、自分を探しに来てくれた人に対して、非常識にも不埒な事を考えるも、場所が場所なだけに直ぐに我にかえる。
「え、え~っと、ご、ごめんね? 直ぐに戻るつもりだったんだけど、その、ちょっと予定外で寄り道しちゃって。着信も今、気付いてーー今までずっとマナーモードになってて、ええっと、ほんっとゴメンナサイ!!」
私は深々と頭を下げながら奏に謝ると、てっきり怒られると思っていたのに何故か逆に奏の方から謝ってくる。
「いや、俺の方こそ本当にごめんなさい。俺があんな事を言って嫌な態度をとったりしたから、もう怒って帰ったかと思ったーーだからまだ店内にいてくれてよかった」
奏は小さく肩を落とし、その声はどこか不安げで私は慌ててブンブンと両手を振る。
「そんな事無い無い! 絶対あるわけ無いからっ! 逆に私の方が奏がもう怒って帰っちゃったかな?とか思ってたくらいなんだから」
「それこそ絶対あり得ない! 俺が珠里を置いていくはずがないだろ!?」
私の言葉を聞いた奏がいきなり強い口調で否定するので、なんとなく反射的に体がたじろいでしまう。
そして私の背後から伊月のおもいっきり不機嫌な声がそんな奏に向けて掛けられる。
「ーーあのさあ、突然現れたかと思えば、いきなり俺達の存在『無視』って、君って意外と“いい性格”してるんだねぇ?」
伊月の声に私の心臓は銅鑼が鳴らされるように大きく跳ねる。
ーーひえぇぇぇ、い、伊月!!
すると奏は伊月の方に視線を向け、その顔は極寒の冷気を帯びた、まるで背筋が凍りつきそうな冷然な表情で、私が知る限り、そんな奏の顔は今まで見たことが無い。
ーーう、うそでしょう? 奏?? しかも、なんか怖いから! その無表情マジで激コワだから!
私は奏の閻魔大王ならぬ変貌ぶりに、驚くやら戸惑うやらで思わず明後日の方に視線を向けていると、奏がゆっくりと口を開いた。
「…………生徒会長ともあろうお二方がこんなところでナンパですか? 噂ではお二方は教師や生徒達からも大変人望の厚い品行方正で優秀な人物だと聞いていたんですが、どうやら『噂』というものは、あまり当てにはならない様ですね」
「ちょ、ちょっと奏ーー」
奏の言葉の端々から、どうにも雲行きが怪しくなってきたので私はなんとか奏を宥められないものかと話し掛けようとするも、その間を伊月の言葉に上書きされてしまう。
「ふうん? 君ってさ、噂を真に受けるタイプなんだ? まあ、確かに君を見てたら如何にもって感じ? 君も『噂』では温厚で大人しくて優しいイケメン王子だって聞いていたんだケド、実物はかなり違う様だし? 君の言う通り『噂』って本当に当てにはならないよねーーうん、納得」
ビュウウウウゥゥゥゥーーー
何故か私達の周囲にだけブリザードが竜巻の如く激しく渦巻いているような気がする………いや、確かに渦巻いている。
ーーさ、寒い。 季節は春なのに、なんだかスッゴく寒いっ!!
「ーーそういう貴方の方が『噂』を真に受けるタイプでは? しかも噂だけで安易に判断するのは人の上に立つ『生徒会長』としては、どうかとも思いますけどね。ましてこんな公衆の面前で堂々と女子をナンパとか、あまりに軽率過ぎて資質を疑います。
ナンパをするのなら相手はきちんと見てから選んでもらえますか? それこそ貴方達『生徒会』の周りでいつも馬鹿みたいに無駄に黄色い声を上げて騒いでいるような頭の浮かれた女子達なら、よろこんで応えてくれますよ?」
「うっわ、これまた結構なまさかの毒舌クンだった! しかも“王子様”っていうよりか、“魔王様”なんじゃないの? マジで雰囲気『魔王降臨』だから。
君のその実態を女の子達が知ったら確実に退くよね? ーーっつーか逃げるよ? あ、もしかして君ってさ、女嫌い?」
ーーえっ? 嘘っつ、奏が女嫌い??
伊月の言葉に思わず奏の顔を見ると、その表情は確かに伊月が言うようにまさに『魔王降臨』ーーー
奏の綺麗な顔は無表情であるのに怒りのオーラなるものが表層を纏っていて、伊月を睨むその視線は氷の刃そのもの。思わず息を呑むような迫力のある怒りの雰囲気を滲ませた表情があまりにも美し過ぎて、カッコイイを通り越してメチャクチャ怖い!!
しかも普段の奏からは到底考えられないような心臓に悪い毒舌|発言がーー
これならまだ弟の康介の方が怒っていても言葉や態度が表面に出るだけに全然、怖くもなんともないが、いつもは穏やかで優しい奏が怒ると、こんな風になるのかーー
これは康介が頭が上がらないはずだ。私も今、正直すっごく怖いもん。
「ーー質問の意味が分かりません。それが今必要な会話ですか? そもそも俺の事は貴方には何ら関係のない事でしょう?」
「いいや? そんな事はないんじゃない? 先生から話は聞いているだろ? ーーまあ、今はそんな事はどうでもいいか。それより、どうして君が珠里ちゃんと一緒に行動《こうどしているのかーーそこの所ハッキリしたいんだよね?」
「………俺もどうして二年生の貴方が『珠里ちゃん』なんて馴れ馴れしく名前で呼んでいるのかが知りたいですね」
そんな奏と伊月は相応にして緊迫した状態の睨み合いみたいな事になっている。私としては、どうしてこんな展開になっているのか、さっぱり分からずにアワアワするばかりだ。だからなのか、私の体は自然と安全地帯を求めて若村のいる方へと少しづつ移動していっている。
な、なんだろ? 何故か二人が険悪っぽい感じに………しかもお互いの事も知っているみたいだし? もしかして初対面じゃないとか?
ーーいやいや、今はそんな事よりも、この場を収めなければ! 互いに誤解が生じているよねコレ。
「奏! 違う違う! ナンパとかじゃないから! 伊月達は私の知り合いなんだよ」
「………………伊月?」
奏のその一呼吸置いての一言が妙に迫力があって思わずギクリとし、同時に心臓がバクバクいっている。
ひええぇぇ! やっぱり奏がコワいんですケド。しかもこれまた何といいますか、よくドラマとかにある浮気現場を見られて修羅場?的な展開に…………って、ちっが~うから!!
そんな私は奏のブリザードな雰囲気に呑まれて誤解を解く為の言葉が直ぐに出てこずに考えあぐねいていると、伊月は奏と対峙したままフッと不敵な笑いを浮かべる。
「そうそう、君が知らないだけで俺と珠里ちゃんはね、お互い名前で呼び合うくらい昔っからスッゴ~く仲良しさんなんだよ?」
「ち、ちょっと、昔っからって、昨年からでしょ?」
伊月が話を誇張するようにして語るので私がすかさず口を挟むも二人は私の声など聞こえてはいないかのように、すっかり蚊帳の外である。
「ーーそれは香坂さんの完璧な思い違いですね。たかだか昨年からの顔見知りになったくらいで、“昔から仲が良い”などと言葉の使い方が違うんじゃないですか?
それに先輩である彼女に対して態度も馴れ馴れし過ぎます。“一応”は『生徒会長』なんですからチャラチャラした態度や言動はわきまえた方がいいのでは? そんな貴方の一挙一動が生徒会全体の威信喪失にも繋がりかねないと思いますよ?」
「うっわ、これまた随分頭デッカチな堅物思考サンだねぇ? 俺よか若いのに、まるで老成しきったオジサンみたいだよ。君、ホントに高校生?」
「ねえ、ちょっと、伊月ってばーーー」
「…………そういう貴方の方は随分と子供っぽいですよね。 とても義務教育を卒業したとは思えません」
「か、奏、だからあのね?ーー」
そんな私がいくら二人の間に入ろうとしても奏と伊月の間には見えない電磁波でも流れているのか、私の存在は“out of 眼中”
ーーなんか寂しい。 クッスン……………
「う~ん。 年下から若いと言われるのは大変光栄だね。まあ、俺としては、若くして老成したつまんないコンサバ(保守的)高校生よりか、年相応の若者らしく楽しいリベラル(自由)高校生の方がずっと有意義かな? なんせ自由な若者でいられるのは学生時代のこの一時だけなんだからさ。
しかも大人になれば社会的責任が発生して自然と色々制約されてもくるし、それこそ『自由』なんて言ってはいられないからね」
「…………先ほどの言葉を少し撤回します。伊達に『生徒会長』をしてはいないようですね。さすがに小、中学生で今のような発言は出てくるとも思えませんから」
伊月の言葉に対して奏が僅かに柔和な態度を見せるも、それでも二人の間には一向にして冷たい空気が漂っている。
「はあぁ~あのさ、さすがに小、中学生は無いっしょ。自慢じゃないけど俺、これでも一応成績は学年二位保持者だよ? 外見はともかく、頭の中身まで疑われるのは心外だよなあ~
ーーねえ? 入試時で頂点成績だった有島クン?」
「えっ? ウソっ!! 奏って入試一番だったの!? スッゴいじゃん! 信じらんない!!」
伊月の口から初めて聞いた驚愕の事実に私はただただ唖然として奏を見つめる。
ーーいや、奏が昔から頭が良いのは分かっている。なんせ奏の両親からして頭が大変良いのだから、そのDNAは子供にも受け継がれているのは、もはや疑う余地も無い。
けれど実際、奏から成績の話など今まで具体的に聞いた事はなかったので、まさにこの事実には驚いている。
我が学び舎である緑峰学園高校はとにかく偏差値がその辺の一般高校よりも高くて、いうなれば頭の良い子だけが通える学校と言っても過言ではない。
だからこそ同じ中学校の生徒達が誰しも容易には入れないこの学校を私は無謀にも持てる人生全て掛けるつもりで志望したが、そんな私のような凡人が入学出来たのは、まさに奇跡!! おそらく自分の一生の運をここで使い果たしたに違いない。
そして現在の私の成績はというと恥ずかしながら分相応にして、最下層を行ったり来たりーー
…………正直、授業についていくのもギリギリだったりするが、そこはバイト先のマスターや先輩達にテスト近くには家庭教師をやってもらっているので、どうにかこうにか赤点回避が出来ている。
ーーさすがにもう、お仕事多忙な奏のお父さんには頼めない。それでなくとも奏のお父さんには私の入試で家庭教師の時間を取らせてしまい、多大な過労を掛けた上、有島家全体にも大変な迷惑を被らせてしまった。
ーーもしかしたら、私が奏の妹の凛音ちゃんから嫌われているのもそれも原因にあるのかもしれない。ーーううっ、ゴメンね。凛音ちゃん。
「成績の話を話題にするほど驕ってはいません。何事も努力の結果だと思っていますから。………けれど、どうして一個人の貴方がそれを知っているんですか? 入試時の成績は本人以外の生徒には公開されてはいないはずですがーー」
奏の疑問の通り、我が校の合格発表は校舎前にて受験番号が紙に貼り出され、後日、合格通知と入学手続き書類及び入試時の番付が各個人宅に書留郵送されてくるので、成績順などの表立った公開はされてはいない。
ーーそういえば、康介は何番だったんだろ? 色々あって聞いていなかったなぁ。………まあ、聞いたところで教えてはくれないだろうケドね。
すると伊月はちょこんと首を傾げて小さく肩を竦める。
「ーーうん。 君の言う通り勿論、公開はされてはいないよ? だけど、その疑問にしいて答えるなら、俺が『生徒会』所属の『生徒会長』だからかな?『生徒会』は“特定”の生徒の事はある程度知っておかないと仕事にならないんだよ。
ーーまあ、俺達はいわば『管理職』みたいなものだからさ。当人にしてみれば「個人情報の漏洩じゃん」とか言いたいんだろうけど、
ウチの学校ってさ、就職コースも一応あるけど基本は進学が主体だから、個人の成績は本人の意識向上を目的として成績順位は名前、所属クラスを公開するシステムなんだよね。
だから今ここで君の成績の事を言っちゃってもウチの学校の規定違反にはならないでしょ? しかも入学時の書類の個人情報に関する同意書にもサインしているはずだしね。
でもこの成績公開は下位者には晒し者感半端ないとは思うケド、だからこそ成績向上にも繋がるんだから総合的には合理的なシステムともいえるのかな?」
そ、そうだったのか。私も下位層グループの常連者だから成績が貼り出される公開場にはなるべく近付かないようにしている。伊月の言葉通り、あれは確かに“晒し者”感が半端ないんだよ! だからこそワースト10にだけは入らないようにテスト期間中はメチャクチャ頑張るんだけどさーーー
そんな私も個人の成績公開なんて個人情報どうなってんだ!? ーーとか毎回憤慨していたケド、そういや、入学時の書類の個人情報の同意書に直筆サインしたわ。ーーえへへへ、…………忘れてた。
そして自分の遅すぎる理解力にも納得。私、おバカだからなあ………ところで………おや? なんだか少し場が和んできたような?
ーーと、ホッとしたのも束の間、伊月の発言に再び冷たい空気が立ち込める。
「ーーま、そんな事は今はさて置き、話が逸れちゃったケド、君、俺の質問にはまだ答えてくれていないよ? 今日はどうして君と珠里ちゃんが一緒にいるのかなあ? そしてどういう関係なの?」
い、伊月いぃぃぃ~!! せっかく場の雰囲気の改善兆候が出ていたのに、そこでどうして話をふりだしに戻すんだよ!? 事態がまたややこしくなるじゃんか!!
ーーと、私は伊月を睨み付けるも彼の視線は奏のみに熱く向けられていて、やはり私の存在はこんなに近くにいて
“out of 眼中”
…………会話の中には私の存在あるのになあ。ーーなんか寂しい通り越して空しいよねーークッスン2。
【5ー続】




