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第72話 高血圧

作者: 山中幸盛

 幸盛は年貢の納め時と観念し、昨年九月から血圧を下げる薬を服用し始めた。

 いったいいつ頃から血圧が高くなったかといえば、平成三年の春、幸盛が三九歳の時に妻がクモ膜下出血で倒れてから劇的に高くなったと記憶している。

 それ以来毎年、初夏の頃に受ける職場の健康診断の際に血圧を測定すると、係の女性から必ず、

 「少し高めですね、もう一度測り直しますから、そちらで深呼吸してください」

 と同じセリフを判で押したように言われ続けてきた。再測定の結果はギリギリセーフ。その辺りの数値から上がるでもなく下がるでもなく、二十年以上もの間、『やや高め』の血圧を維持し続けてきたのだ。

 そしてここ数年間というもの、カラー刷りのリーフレットをおみやげに持たされてきた。「高血圧は『沈黙の殺人者』とも呼ばれ、自覚症状が不明確な状態で進行し、脳卒中や心臓病など命にかかわる病気を引き起こします」と脅されるのだ。いわく、「適正体重を保とう」、「塩分は6グラム未満に」、「禁煙しよう」、「お酒は適量に」、「十分な休養でストレス解消を」、「軽い運動を生活リズムに」、「カリウム豊富な食事を」等と無理難題を押しつけてくる。

 還暦を過ぎているのでさすがに考えた。血管も弱くなっているだろうし、まだ書きたい小説が書けないでいる、今ここで死ぬわけにはいかない、と。そこで楽天で一万二千円ほどの血圧計を購入し、オマケについてきた『血圧管理手帳』なるものに、毎日朝晩血圧を測定してグラフをつけていった。その結果、やはり、上は百六十前後、下も百十前後といずれも高い。そこにタイミングよく、自宅から徒歩で五分もかけずに行ける場所にクリニックが開業した。禁煙はまだ当分の間できそうにないので、これはもう、薬の力を借りるしか他に手立てがないではないか、と、悟達した次第。


 「最初は弱い薬から始めてみましょうか。最もポピュラーなやつです」

 と、医師が勧めてくれたのが『ブロプレス錠8』で、錠剤を飲むことがヘタクソな幸盛でも、小粒だし朝に1錠飲むだけなのでなんとか続けられた。しかし、68錠飲んでも効果が薄かったので、次に試されたのが「グレープフルーツジュースによって薬の作用が強まることがありますので、同時に飲むのは避けてください」という恐ろしい注意書きのある『ユニシア配合錠HD』という薬だった。グレープフルーツに含まれるどんな成分が作用するのだろう、と、そんな好奇心とは無関係に、この薬の効果はてきめんだったので今日までずっと服用し続けている。

 ところで、なぜ68錠という中途半端な数かというと、最初に出されたのは28日分だったのだが、二回目の際に、

 「薬ですが、地震とかの災害に遭うかもしれないので、なるべくたくさん出してもらえませんか?」

 とダメ元で医師に頼んでみたところ、

 「いいですよ、では、40日分出しましょう」

 と気前よく応じてくれたのだ。以来、毎回40日分を出してくれるので、ものすごくトクした気分でいられる。行くたびに医療費として千五百円近くぼったくられるし、薬局でも『薬剤料』の他に『調剤技術料』とか『薬学管理料』なるわけの分からない料金を加算されて二千二百六十円も強奪されるので、28日分と40日分ではその差はとてつもなく巨額になるのだ。いやあ、勇気を出して頼んでみるもんだわさ。

 幸盛はシャイな性格なので、物を買う際は滅多に値切ることをしない人間なのだが、血圧の薬は一度服用し始めたら止められないことを知っていたし、この場合は心底から、災害などで薬が手に入らなくなった場合を想像して医師に頼むことができたのだ。


 今年もまた、健康診断のための問診票が配られてきた。その中の一つに、喫煙しているかどうかの項目がある。喫煙していますか、一日何本吸っていますか、とかいうお節介な調査だが、これで昨年はひどい目に合った。

 正直に一日10本吸っていると記入したばかりに、指導のための呼び出しがあったのだ。子どもじゃあるまいし、喫煙が身体に悪いことぐらい重々知ったうえで吸っているのだから放っておいてくれと言いたい。ところが先方も仕事だから手加減はしない。勤務時間内に最寄りの保健所に出頭せよと命じてきた。こちらは同僚に負担をかけたくないので無視していたら、先方は職場の事務方と直属の上司に圧力をかけてきて幸盛が作業現場から戻ってくる時間帯を聞き出し、昼休みに弁当を食べている最中に直接電話で呼び出しをかけてきたので万事休すだ。

 上司も同僚も行けと言ってくれるし、先方も仕事でやっていることなので行くしかなくなった。公用車を借りて出向いてみたら、個室で保健婦らしき女性と差しで向き合い、煙草がいかに身体に悪いかをねちねちと説教された。

 あんなことは、もう、うんざりだ。だから、今年の問診票には煙草は止めたとウソを記入した。先方も顔が立つし、同僚にも迷惑をかけずに済むのでバンバンザイだ。ん?


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