はじまりの町 9
赤々と輝く太陽が今にも沈もうとしている頃、スタンは町はずれへと辿り着いた。
近くに生えていた木の陰へと身を隠し、屋敷の様子を確認する。
周囲を高い塀に囲まれた屋敷の入口には、見張りの男が一人。
スタンが確認した時と変わりは無く、見回りの人影などは見えなかった。
この付近には、自分達に敵うような相手など存在しない。
その驕りが、この杜撰な警備体制なのだろう。
スタンは見張りの目をかい潜り、屋敷へとさらに接近する。
この辺りには背の高い草や木など、身を隠せる物が多くあり、接近するのには便利だった。
見張りの男は壁へと寄りかかり、つまらなさそうに欠伸をするだけで、スタンに気付いた様子は無い。
入口へと充分に近付いたスタンは、隠れていた草むらから飛び出し、一気に距離を詰める。
見張りが、自分へと迫るスタンを見つけた時には、すでに遅かった。
スタンに懐へと潜り込まれ、腕を掴まれたと思った次の瞬間、
「かはっ……!?」
背中から地面へと叩きつけられていた。
口の中から空気が漏れ出る。
身体に走る痛みが思考を妨げ、男は自分の身に何が起きているのか分からなかった。
しかしスタンは、男が冷静さを取り戻すのを待ちはしない。
自分が投げた男へと蹴りを放ち、その身体をうつ伏せにした。
「動くなよ?」
男の腕を素早く拘束し、抜き放った短剣をその首筋へとつき付ける。
「大声を出すと……分かるよな?」
首筋へと当たる冷たい感触。そして背後から放たれる殺気に、声を出そうとしていた男は慌てて口を閉ざした。
「よしよし、理解が早くて助かるぜ」
男の態度に満足したスタンは、笑みを浮かべる。
「さて、少し聞きたいことがあるんだが……いいか?」
軽い口調で質問してくるスタン。
だが、その言葉に底知れないものを感じた男は、必死になって首を縦へと振るのだった。
建物の奥の方にあり、巨大な屋敷の中でも、特に大きく作られている広い部屋。
部屋の四方には造形の凝った石柱が拵えられており、奥の方には小さな舞台のようなものが見える。
祝い事や人を集める機会があれば、ここで宴を開くのだろう。
部屋の片隅には、もはや使われる事がない机や椅子が、埃まみれの布を被っている。
そんな広間の中央で、リッカは荒くれ者共に囲まれていた。
リッカの足には、一緒に連れて来られた子供が二人、恐怖に震えながらしがみ付いている。
「リッカ姉ちゃん……」
「大丈夫よ、アンタ達は私が守るから」
自身の恐怖を必死に押し殺し、リッカは子供達に励ましの声を掛ける。
その光景を、周りにいた男達は愉快そうに笑う。
人を嘲ることを目的とした、不快な笑い声。
子供達はその不気味な笑い声に、小さな体をさらに竦ませる。
そして、そんな子供達を守るように虚勢を張るリッカの姿は、男達を楽しませていた。
反抗的な態度を取った為、見せしめの意味合いも込めて連れて来られたリッカ達。
しかし、それだけならば時間を掛ける必要はない。
手っ取り早く痛めつけ、町中へとその姿を晒せば、それで済む。
それをせずに時間を掛けてネチネチと甚振っているのは、要するに暇潰しなのだ。
その証拠に、リッカ達はここに連れて来られてから、脅かされはするものの、直接的な暴力は受けていなかった。
だが、男達もこの余興にそろそろ飽きたのだろう。
「このまま焦らすのも面白いが、そろそろ次に移るか?」
そう言った一人が、ナイフを弄びながらリッカ達へと近づいていく。
「まずは服でも剥ぐか? それとも少し痛めつけてからにするか?」
「このゲスが……」
近づいてくる男の言葉に、リッカは不快感を露わにする。
だが、強気な態度とは裏腹に、身体の反応は正直だ。
これから起こる事への恐怖で、身体は小刻みに震えている。
しかし、子供達を守らなければいけないという思いが、リッカの心を奮い立たせていた。
子供達を庇いながら、男から少しでも離れようと後退る。
「おいおい、逃げても無駄だぜぇ?」
男の言う通りだった。
リッカの後方にも、囲んでいる男達がいる。
この場から逃げる事など出来ないのだ。
だが、リッカが諦める訳にはいかなかった。
せめて、子供達だけでも無事に帰さなければならない。
「まぁ気の済むまで逃げてくれよ。その方が俺達も面白いからなぁ」
その気になれば、余裕で捕まえられるだろうに、男はリッカを追い詰めようとするだけで、襲い掛かっては来なかった。
男の気が変わる前に、何とかしなければいけない。
そう思うリッカだったが、焦るばかりで何も良い考えは浮かんでこなかった。
暗くなっていく気持ちに引きずられるように、段々とリッカの足も重たくなっていく。
「もう観念したか? じゃあ、じっくりと楽しませてもらうぜ?」
男の手が、リッカの身体へと伸びてくる。
リッカの心が、絶望に飲み込まれようとしたその時、
「そいつは少し待ってもらおうか」
広間の扉が、勢い良く開いた。
男達の意識が、そちらへと向く。
「何だ、てめえは?」
男達の反応から、部屋へと姿を現したのが奴らの仲間ではない事をリッカは悟った。
それならば誰が来たのだろうか?
リッカは慌てて視線を入口へと向ける。
そして、入ってきた者の姿に目を見張った。
「アンタは……」
リッカの目に映ったのは、一人の若者。
不敵な笑みを浮かべたスタンが、そこには立っていた。