再会の旅路 7
「魔物が逃げないのは変だと思っていたけど……まさかこんな物があるなんてね」
アリカは目の前の光景に、ため息をつきたくなった。
彼女の目の前にあるのは、丘と見間違うようなほど大きな土の塊。
しかし、その土塊には所々に穴が開いており、その中から蜂型の魔物が次々と飛び出して来ていた。
もはや疑う余地もない。あの土塊は魔物の巣なのだ。
「どうりで、魔物達が退かない訳ですね」
サラサが厳しい表情で魔物達を睨みつつ、ナイフを構える。
魔物がアリカ達へと襲い掛かってきたのは、この巣を守る為。
その為に退く事なく、死に物狂いで襲い掛かってきていたのだ。
「どうしますか、お嬢様?」
話している間にも、巣から魔物は飛び出してきており、次々と増えていく。
そしてその中には、ひときわ大きなサイズの魔物の姿もあった。
数多くの魔物と、それよりも強敵になるであろう巨大な魔物。
少女達には厳しい戦いになるだろう。
だが、今さら逃げ出すのも難しい。相手は素早いうえに、空を飛ぶ事ができるのだから。
「あれがこの巣の女王蜂かしら?」
しかし、魔物の群れを前にしても、アリカが怯む事は無かった。
「いいじゃない、やってやろうじゃない」
強気な言葉を口にして、アリカは自分を奮い立たせる。
サラサも戦う覚悟を決めて、アリカの前へと立った。
「これくらいの事で、止まってなんかいられないのよ!」
想いの丈を吐き出すと同時に、アリカは魔術を行使する。
「炎よ、我が敵を打ち払え! 火炎球!」
今、少女達の戦いが始まった。
「おい! あれを見ろ!」
山道からアリカ達の姿を捜していたセトナは、木々の間から立ち昇る煙を発見した。
馬車から身を乗り出して良く見てみると、時折、炎が吹き上がる様子も見える。
「あれは……アリカさんの魔術ですかね?」
あんな場所で、炎が自然に吹き上がる訳がない。
一番可能性が高いのは、魔物によるものか、もしくは魔術によるもの。
「……少し急ぐぞ」
森の中から大きな火柱が上がったのを確認したスタンは、馬へと鞭を打ち、馬車を勢い良く走らせ始めた。
「あ! おい馬鹿! 急に進ませるな!」
振り落とされそうになったセトナが慌てて馬車へとしがみ付き、スタンへと文句を言うが、返事は無い。
馬車はどんどんと速度を上げ、険しい山道を進んで行く。
「師匠、師匠、師匠! こんな細い山道でそんなに速度を出したら……!」
少しでも外側へとズレたら、そのまま崖下へと真っ逆さまだ。
涙目になりかけているエルがそう訴えるのだが、
「黙ってないと舌を噛むぞ!」
スタンは手綱を緩めることなく、さらに速度を上げるのだった。
「ハァ……ハァ……」
サラサが前へと出て魔物を牽制している間に、アリカは威力の高い魔術を唱え、魔物の群れを焼き払う事に成功した。
あとは魔物の巣である土塊を破壊すれば終わると思ったのだが、
「……まだ出てくるのね」
魔物の巣からは、新手の魔物の姿が現れていた。
その中には、通常よりも大きなサイズの魔物が二匹。
さらにはそれ以上に大きな魔物が、巣の中から這い出てきたのだ。
「……こっちが本物の女王蜂って訳ね」
「お嬢様……」
絶望的な状況を前に、サラサの顔に焦りが浮かぶ。
「これくらい……」
アリカにも、今の状況が絶望的なのは分かっている。
しかし、諦めるという選択肢は彼女には無かった。
今までも、命の危険には何度も遭った事がある。
死を目前にして、諦めかけた事もあった。
「これくらいの事で……」
だが、アリカはどんなに厳しい状況であろうとも、諦めない男を知っている。
自分が大怪我をするのも厭わず、無茶ばかりをしてきた男だ。
だから、
「これくらいの事で諦める訳ないでしょ!」
そんな男に会いに行こうというのだ。
「私だって、少しは無茶をしないとね」
不敵な笑みを浮かべて、アリカは魔物の群れを見据える。
その姿に、サラサも戦意を取り戻す。
「さぁ、掛かってきなさい!」
アリカの叫びに応じて、魔物の群れが蠢き始めた。
徐々に横へと広がっていき、アリカ達を包囲しようとする。
しかし、その動きは唐突に止まった。
魔物達は何かを警戒するかのように、顔をあちこちへと彷徨わせ始める。
「……何?」
魔物達を迎え撃とうとしていたアリカ達だったが、魔物達の行動の意図が読めず、困惑する。
そんな彼女達を無視し、魔物の群れが一斉に上へと顔を上げた。
「上に何かあるの?」
つられるように上へと顔を上げた少女達は、空にぽつりと浮かぶ影を見つけた。
その影は、人の形をしていた。
「お嬢様、あれはもしかして……!」
サラサがアリカへと何かを言おうとしたその時、太陽を背にして落下してきた影は、そのまま女王蜂へと向かい、
「風弾炸裂!!」
魔術で作り出した風の塊を叩き付けた。
風の塊が炸裂し、周囲一帯に嵐のような風を巻き起こす。
「何なのよ、いったい!?」
アリカは咄嗟に顔の前へと腕をかざし、巻き起こる暴風と土煙から顔を守る。
やがて、風が止み、土煙が晴れた頃、一つの人影がアリカの目の前へと降りてきていた。
「よぉ、久し振りだな」
聞き覚えのある声に、アリカは思わず顔を上げる。
そして、アリカの目に映ったのは、
「スタン……!」
久し振りに見る、スタンの顔であった。
「無事なようで何よりだ。サラサも平気か?」
「……はい、スタン様」
久し振りに会ったというのに、スタンの態度は軽いものだった。
久々の再会なのだから、もう少し嬉しそうにしてくれても良いだろうと思う反面、スタンらしいといえばスタンらしいかと思ったアリカは、苦笑いする。
「ええ、何とかね。ところでスタン。アナタ、どこから現れたの?」
「ああ、山道からお前達の姿が見えたんだが、下へと下りる道が見つからなくてな……崖から飛び降りてきた」
簡単な事のように言うスタンだったが、その高さは相当なものだったはずだ。
普通なら、無事で済むはずが無い。
「アンタは、また無茶な事を……」
スタンの無茶な行動に対して、文句を言いたかったアリカだったが、スタンが何の為にそんな無茶な事をしたのかへと思い至ると、その文句を飲み込み、代わりにため息を吐いた。
「まぁ……ありがとね」
「なに、気にするな。いつもの事だろ?」
「……そうね」
スタンの気軽な言葉に、アリカは笑う。
確かに、スタンが無茶な事をするのはいつもの事。
だからこそ、スタンからは目が離せないのだ。
「さて、アリカもサラサも大丈夫そうだし、そろそろアレを片付けないとな」
スタンが指し示したのは、彼らを警戒するように飛びまわっている魔物の群れ。
暴風により、あちこちへと吹き飛ばされた魔物の群れだが、風が止んだ今、態勢を整え、再びスタン達へと襲い掛かろうとしていた。
暴風の塊をぶつけられた女王蜂も、多少動きは鈍くなっているものの、その身体からは怒気が溢れ出ていた。
「やれるか?」
問い掛けに対し、アリカは強気の笑みを見せる。
「当然でしょ」
サラサも同意するように、力強く頷いていた。
それを確認したスタンも笑みを浮かべ、
「それじゃあ、やるとしようか」
腰の短剣を引き抜き、魔物の群れと対峙するのであった。




