はじまりの町 2
スタンと名乗った男は、襲い掛かってくる子鬼の群れを、難なく斬り倒していった。
魔物の群れに怯むこともなく、次々と魔物を倒していくスタン。
その姿はリッカに、物語に出てくるような英雄の姿を彷彿とさせるのに充分だった。
半数近くを倒された魔物の群れは、敵わないと悟ったのか、散り散りに森の奥へと逃げ去っていく。
危険が無くなった事を確認したスタンは、剣を納めるとリッカの下へと歩み寄る。
「立てるか?」
「ああ……」
倒れているリッカへと手を差し伸べるスタン。
差し出された手を、呆然とした様子で掴もうとしたリッカだったが、途中で我へと返り、その手を止める。
リッカの目は、スタンのことを訝しんでいた。
「アンタ、さっき鍛冶屋だって言ったけど本当か? 冒険者じゃないのか?」
先程の、魔物相手の凄まじい戦いぶり。
それは到底、一介の鍛冶屋が出来るようなものではなかった。
それに、リッカの目に映るスタンの格好。
長旅用の頑丈な外套を羽織り、その下に剣と革の胸当てを身に着けている。
スタンの今の格好は、リッカが酒場でよく見かけた、冒険者達の姿とよく似ていた。
「ん? ああ、冒険者として活動する事もあるが、本業は鍛冶屋なんでな」
質問に対し、素直に答えたスタンだったが、リッカはスタンの言葉を途中から聞いてはいなかった。
スタンの手をはね除け、リッカは自力で立ち上がる。
「……助けた事を恩に着せる気はないが、随分な態度だな?」
「別に、アタシが助けてくれって頼んだ訳じゃないよ。冒険者のような連中に、助けて貰いたいとも思わないね!」
リッカの態度に、スタンは軽く肩を竦める。
どうやら目の前の少女は、冒険者を嫌っているようだ。
だが、そういう人間がいても仕方のない事だとスタンは思っていた。
この世界には、冒険者と呼ばれる人間が数多くいる。
未開の地を踏破し、珍しい宝や遺跡を発見し、名声を得る者。
人々の脅威となる魔物を排除し、英雄と呼ばれる者。
そのように、人々から褒め称えられる者がいる一方、暴力にものを言わせて横暴に振る舞う者、依頼料と称し、人々から金品を奪う者など、質の悪い人間も冒険者の中にはいる。
故に、冒険者に対する人々の態度は様々だ。
だから少女のこの態度も、スタンには理解できるものだった。
「そいつは悪い事をしたな」
リッカの態度を特に気にした様子もなく、スタンはあっさりとそう述べた。
その事に、リッカは少し気が引けてしまう。
自分が嫌っている冒険者だとはいえ、彼が助けてくれなければ、今頃自分がどうなっていたのかなど、リッカにも分かってはいるのだ。
それなのに、つい感情に任せて差し出された手をはたいてしまった。
だが、今更謝るのもバツが悪く、リッカは胸中で、もやもやとした思いを抱え込んでしまう。
「すまないんだが……」
そんな時、スタンの方から声が掛かる。
「……何よ?」
「少し聞きたい事があるんだが、いいか?」
リッカは不機嫌そうな顔のまま、黙っている。
だが、拒絶するような態度を見せてはいない。
どうやら話を聞いてはくれるようだと判断したスタンは、そのまま言葉を続けた。
「この近くに小さな町があるらしいんだが、知らないか?」
この辺りには、町と呼べるものは一つしかない。
もちろん、リッカの住んでいる町だ。
「アンタ、あの町に何の用なのよ?」
リッカの住んでいる町は、はっきり言って田舎だ。
特産と呼べるような物もなく、周りに広がるのはのどかな風景ばかり。
余程の事がなければ、訪れる理由もないだろう。
警戒心を顕わにし、リッカはスタンの事を睨み付ける。
だがスタンは、そんなリッカの視線に動じる様子はなかった。
「なに、旅の途中で仲間とはぐれてな。近くの町を集合場所にしてあったから、そこで合流するつもりなのさ」
町へと行く目的を、あっさりと話すスタン。
「ふ~ん……」
スタンのその様子を観察していたリッカだったが、嘘をついているようには見えなかった。
リッカは少し考えた後、
「付いてきなよ」
スタンを町へと案内する事にした。
「いいのか? 道を教えてくれるだけでもいいんだぞ?」
リッカの提案は、スタンには意外だった。
リッカの今までの態度から、教えてくれない可能性もスタンは考えていたのだ。
スタンの問いかけに対し、リッカは苦々しい顔で答える。
「本当は冒険者を案内するなんて御免だよ。けど、冒険者に借りを作ったままってのは、もっと嫌なのさ」
「一応、助けた事を借りだと思ってくれてる訳か」
しまったとばかりに、顔をしかめるリッカ。
つい余計な事を言ってしまったようだ。
「うるさいわね、付いてくるの? 来ないの? グズグズしていると置いていくよ」
スタンから顔を背けたリッカは、スタンを残し、森の出口へと向け、歩き始める。
「それじゃあ、よろしく頼む」
さっさと歩いていくリッカに苦笑いしつつ、スタンもその後へと付いて行くのだった。