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第二章 筒の話 ②

 それから十日ほど経った、ある日の昼下がり。

 リズは一人、街の職人協会を訪れていた。

 協会の建物は、王城前広場の一角にある。規模こそ比較にならないものの、城と同時に視界に収めても何ら見劣りしない豪奢な建物だ。王家がローゼリアの政治の中枢なら、協会は商業の中心である。ましてこの職人の国においてその影響力はいかほどのものか──建物一つにもそれが現れているのだった。

 リズはおのぼりさんよろしく迷いに迷った末、建物二階奥の時計士協会に辿り着いた。だがドアを開けた途端、受付の女性に妙に驚いた顔をされてしまう。ひょっとしてあたし変な格好してるのかなと顔を赤くしながらも女性に話しかけると、

「あら、そうだったのね。ごめんなさい、てっきり迷子なのかと思っちゃって」

「……あはは」

 リズは愛想笑いを浮かべたあと、軽く肩を落とした。そりゃあ、見た目十歳を超えたばかりくらいの子供がいきなり事務所に入ってきたら勘違いするよなあ、と思う。迷子扱いされた点も、実際建物内で右往左往してしまっていた以上は文句が言いづらい。

「本当にごめんなさいね。はい、これ要綱よ。申し込み用紙も同封されているから」

「ありがとう」

 女性が差し出した封筒を受け取ろうとした時、リズは受付の後方に広がる事務所スペースから、二人の人間が自分を見つめていることに気付いた。

 一人は見るからに温和そうな顔つきの、老年に差し掛かったあたりの年齢と思われる男性だ。少々心もとなくなった頭髪は適当に流し、けれど鼻にかけた眼鏡にはどこか洒脱さがあって、いかにも街の時計屋さん、といった風体をしている。

 もう一人も男性だった。まだ若い、痩せぎすの人物である。尖った鷲鼻が多少気難しげな印象を与えているが、整ったマスクをしている。既婚者かどうかは勿論不明だが、独身だったら事務所の女性陣からのアプローチに日々頭を悩ませていることだろう。

 だが若い男性の方の視線は、見つめているという表現ではやや的を外していたかもしれない。正確には──リズを睨んでいる。なんだか嫌な視線だった。この程度で萎縮するような少女ではないが、それにしてもなぜ不審者を見るような目で自分が見られるのかがわからない。受付の女性から試験要綱を受け取っていた姿も見ていただろうに。

「どうしたの?」

「あ、すいません」

 リズは慌てて封筒を受け取った。中身の確認は後ででいいやと思ってさっさと退出しようとしたところ、背中から呼び止められる。

「ちょっと、お嬢ちゃん」

「はい?」

 仕方なく振り向くと、予想に反してリズを呼んだのは時計屋さんのほうだった。にこにこした顔で、ちょいちょい、と手招きされる。リズはつい子犬のようにとっとっとと彼に近寄った。

「なんですか?」

「いやいや、別に大した用があるわけじゃないんだ。ただ、お嬢ちゃんみたいな小さ──可愛らしい子が試験だなんて、最近じゃ珍しいことだから」

「はあ」

 たしかに珍しいかもしれませんけど、とリズは無難な答えを返した。一瞬失言が聞こえたような気がしたが、そちらは取り合えず流すことにする。

「おっと。自己紹介がまだだったね」

 時計屋はガシュパール・メイヤーと名乗った。驚いたことに、この組合の長、つまりローゼリアの時計職人の頂点に位置する人物だった。ということは、当然最高位資格である特級時計技工貴士の免状も持っているのだろうし、業界全体での影響力も大変なものであるはずだ。

 リズは権力におもねるような性格ではないが、それにしても気さくな人だなとガシュパールを見やる。と、その後ろから先ほどの若い職員がまだ自分を睨んでいる姿が目に入った。

 ほんとにいったいなんなのよとリズが小さく肩を竦めると、何か不穏な空気を感じ取ったのか、「ん?」とガシュパールが背後を振り返る。それから、がっはっはと笑い声を上げた。

「あいつが気になるのかい? いい男だからなあ」

「いえ、そういうわけじゃなくて」

「まあ目つきは多少悪いが、普段からああだから許してやってくれ。あれでも一応ここでは長いんだ。名をカイル・クロックワーズという。事務員の場合は時計士の資格は必要ないんだが、彼は時計士あがりなんだよ。君もわかないことがあったら彼に尋ねてみるといい」

 ガシュパールはリズが聞いてもいないことを次々と並べ立てる。カイルと呼ばれた男が大きく舌打ちして事務所の奥へと姿を消した。それに気付いていないはずもないのに、特に気にした風もなくガシュパールが「さて」と話を続けようとする。実際大した人物なのだろうが、この協会の長も些か性格には癖があるようだった。

「それで、リズ君は今回は初級技士の試験を受けるのかな?」

「はい。と言っても、まだわからないことだらけなんですけど」

「ふむふむ。まあその年じゃあ仕方ないさ。よし、なら僕が一通り教えてあげよう。若い後輩を導くことこそが協会の勤めだからね」

 そうガシュパールが提案した直後、受付の女性が「会長」と声を挟んだ。

「な、なんだねモナ君」

「いつものことですし、止めても無駄なことはわかってますけれど。一応他のお仕事たくさんあるんですから、十五分でお願いしますね?」

「う、うむ……わかった」


 ◇


「いや、すまんね。モナ君は仕事熱心なんだが、どうも僕には人一倍厳しくて」

「会長さん相手だからだと思いますけど」

「そ、そうかな? いやあ、尊敬されるのも楽じゃないね、わっはっは」

 いやそういうことじゃなくてとリズは否定しようと思ったが、やめた。多分、目の前の人物は熱心に人の話を聞くタイプではない。なんだかんだで強引にリズを建物の共用休憩所まで連れ出した点からも、それは確かである。

「じゃあ時間も少ないし、早速本題といこう」

 ガシュパールはそう切り出すと、試験の概要の説明を始めた。

 リズが協会を訪れたのは、彼に話したとおり、初級資格の取得のためだ。ローゼリアにおける正時計士の資格は初級時計技士から特級時計技工貴士までの8段階に分かれており、その第一段階から独立開業権を有する。これとは別に、開業権のない資格として補助時計士のルートも存在しているが、リズは補助士の過程は飛ばすことにしていた。かなり無茶な試みではあったが、少女がそうしたことには二つの理由がある。

 一つは、両親との約束のためだった。

 先日、両親より『クォランスィネ』にリズ宛の手紙が届いた。リズが修行先を飛び出したことについて師から両親に連絡が行ったらしく、手紙の文面は彼らの心配と怒りがよく表れたものだった。稼ぎなどあるはずもない小さな娘が馴染みのない町で暮らそうというのだから、それは無理からぬことである。スィーの店のことを師匠も伝えてはいたようだが、両親にしてみれば見知らぬ人物のもとへ転がり込んだ点に変わりはなく、手紙は「他人様に迷惑をかけてないで早く修行先に戻るように」と締め括られていた。

 だが、両親の言うことに理解は示しつつも、リズも素直に従うことはしなかった。少女は「もう少しここにいさせてほしい」という趣旨を率直に綴った手紙を返信した。すると、両親からは条件付でそれを認める内容の返事が届けられたのである。

 その条件とは、時計士として一定の稼ぎを得るようになること。ただし、直ちに収入を得る段階まで至ることは現実的ではないとして、まずは一ヵ月後に控える年に一度の試験に合格すること、と綴られていた。そして半年後までにどこかの店の雇われになれたならば、リズの主張を正式に認める、とのことだった。

 それは、父がかつて時計士を目指していたこともあって、現実的な譲歩と言えた。

 というのも、両親が想定しているのは、補助時計士の資格なのである。

 ここローゼリアにおいて、補助士とはまだ本当の意味での職人ではない。この資格を得ることは、『実店舗での修行』を許されたに過ぎないのだ。住み込みで働き、技術を磨きながら、店主より給料を支払われる──そうした、いわば実践修行の場を、補助資格の取得者は得られるようになるのである。

 そして協会はこの実践修行に最大限の便宜を図る。職人の育成に熱心なこの街であれば、半年もあれば雇われ先を見つけることに労苦はない。

 だが──それではリズの望みは叶えられない。それが二つ目の理由に繋がるのである。

 それは、シンプルな願いだった。リズは、『クォランスィネ』にいたいのだ。補助士として他の時計店に住み込み修行したいわけではない。つまり、『クォランスィネ』で暮らしながら半年後に稼ぎを得るためには、ここで開業する必要があり──補助士ではなく、正時計士とならなければいけないのだった。

 しかし、試験は年に一度である。一ヵ月後の試験で不合格となれば、もはや挽回の機会はない。リズは修行先だったロックワーズに戻らなくてはならなくなる。そればかりか、無謀な娘に呆れて両親が自分のもとへ連れ戻そうとするかもしれない。そうなった時に、自分に賛同してくれる祖父は、既にこの世にいないというのに。

 しかも──

「リズ君? どうかしたかな?」

「あ、いえ。ちょっと試験の内容に驚いちゃって」

「うむ。そうだろうそうだろう。ローゼリアの職人は他国からも憧れの存在だ。職人の国として、そう見られるよう長年努力してきた。自然、試験の難度も他国より高くなる。ここでの初級は、他国での中級レベルと言って大げさではないからね」

「ですよね……」

 誇らしげに語るガシュパールとは対照的に、リズは浮かない返事をした。自分に才能がないと思っているわけではないが、経験のなさは重々自覚している。けれど初級であればある程度誤魔化しも効くだろうという甘い見込みは、あえなく崩れ去ってしまったようだ。

 ガシュパールより受けた初級時計技士の想定技能レベルの説明によると──ローゼリアは合格者に「シックスマスターピースの補修技能」を求めている。「シックスマスターピース」とは、時計作りの六大傑作と言われる複雑機構のことだ。クロノグラフや永年カレンダーもそれらの一つである。そのあまりの複雑さゆえに、当時の加工技術では一つの懐中時計に収めるのは一~二つが限界であるとされ、それらの品ですら民間人には手の届かない高値がつくため、もっぱら取引の場を宝石オークションに移している──それほどの技術なのだ。無論、あくまで補修であって一から組み立てるのとはわけが違うが、その分を差っぴいても協会の求める水準の高さには驚くばかりである。

 ガシュパールは、一つこんな話をしてくれた。

 古物時計にままあることなのだが、中を開いてみたら手の施しようもない状態となっていた、という依頼は多い。分解してようやくそれがわかるということもざらだ。だが協会は修理を請け負った者に、そうした場合でも必ず元の状態に組み立てて返す責任を課している。たとえまったく動く望みがなくても、である。

 しかし時には、分解しておきながら元に戻せなくなってしまった、というケースも当然のように出てくる。その場合、協会は時計を引き取って無償で修復作業を引き継ぐ。顧客に迷惑をかけないようにそうやって配慮する一方、請け負った時計士には厳罰を科す。軽くても一等級の降格で、時には資格を剥奪された事例すらある。

 厳しい話である。だがそれが、この国の職人を束ねる組織としての矜持なのだろう。

 ガシュパールと別れて帰途に着いたリズは、道すがらため息をついた。

「どうしようかなぁ」

 シックスマスターピースには、ごく最近の発明も含まれている。リズが手をつけたこともないような機構が課題とされる可能性もあるのだ。ましてそれを制限時間内で修理するとなると、無謀というほかない。自分の経験のなさがこういう時に恨めしかった。申し込み受理期限ぎりぎりまで頑張って展望が見えなかった場合は、補助士の方面に妥協することも考えなければならないのかもしれない。

 しかし、一旦他の店に行ってしまったら、たとえその後正時計士の資格を取得して独立可能になったとしても、はたして自分は『クォランスィネ』に戻ってくることが出来るのだろうか。リズには、どうしてもそういう未来が想像出来ないでいた。

 自分とスィーの関係は、始まりから今に至るまでずっとあやふやだ。どうして一緒にいるのか、自分でも上手く説明できる気がしないし、二人で紡いでいる糸はまだまだ細い感じがする。もし今の時点で一旦離れてしまえば、その糸を再び結ぶことは出来ないような──なぜかそんな予感が頭を離れないのだ。

「ただいまー……」

 漠然と考えていたよりも、自分は難しい状況下にある。そのことに思い至ったリズは、沈んだ声でそう告げながら『クォランスィネ』の扉をくぐった。

 だが、いつもなら必ず返ってくる「おかえりなさい」の声がない。

「あれ?」

 どうしたんだろうと店内を見回すと、裏の倉庫への扉が開け放たれているのが見えた。

「倉庫整理かな」

 だとしてもえらく無用心な話だ。王都なだけあってゼフィールの治安は決して悪くないが、物には限度というものがある。しょうがないなあと腰に手を当てて呟いてから、リズはなんとはなしに作業スペースを避けて正面のカウンターに近づいた。今日だけは少し、時計の修行から離れていたかった。

「ん?」

 カウンター前の、殆ど専用と化している椅子に座ったリズは、テーブルに一枚の紙が置かれていることに気付いた。スィーをそのままデフォルメして小さくしたような可愛らしい人形が、重しがわりに載せられている。

「ええと……裏の倉庫にいます。用があったら大きな声で呼んでください──って、えええええ」

 紙に書かれた文章を読み上げたリズは、内容を理解して──思い切り脱力した。

「これじゃよっぽどうるさくしないと気付かないってことじゃないのよぅ……」

 無用心どころの話ではなかった。スィーはリズ以外の誰かが訪れる可能性など、はじめから考慮していないのだ。実際その可能性は高いし、現に手紙を見つけたのが自分であることに違いはないのだが──それにしても、である。

「そりゃ『こっち』には売れない雑貨しか置いてないのかもしれないけどさ」

 アルマンドの手による作品は全て倉庫に収められている。つまり盗まれても困るようなものは店内にはない。だがそれでも、リズには考えられない感覚だった。やっぱり自分はここに留まった方がいいのかもしれないと、そんな風にスィーのそばにいる理由を作り出した──その時、リズの目はカウンターの向かい側の棚に置かれているものを視界に捉えた。

「……『クォランスィネ』の道具、出しっぱなしだし」

 前言撤回、だった。アルマンドの作品が一つ、仕舞われないままになっている。

 それは、先日スィーが見せてくれた遠隔地の風景を映し出す筒だった。ただリズの記憶では、スィーはあの後すぐ、筒を倉庫に戻しに行ったはずだが──

「あ。これ、あの時のと違う筒だ」

 よく見れば装飾部分に僅かな違いがあった。全体の形はまったく同じなので、別の用途のものには見えない。壊れた時のための予備だろうか。

「ずっと奥に仕舞っちゃってたから、交代で外に出してあげてるのかな」

 棚には先日セインが外枠を研磨した鏡も置かれている。リズに褒められたことがよっぽど嬉しかったらしく、「しばらく飾らせてほしい」とスィーに許可を求めてからセインが並べたものだ。他に飾られているのは、小さな人形や先日リズが贈った花細工。スィーは売り物以外の個人的な品については、このカウンター裏の棚に置くようにしているのである。

「でも、無用心だよねえー」

 リズはカウンターの横から回りこんで棚に近づき、筒にぽんと手を乗せた。他の品ならいざ知らず、こんな簡単に手の届く位置に大事な『クォランスィネ』を置いちゃだめでしょ、と思う。

 そして、それから──なんとなく手を置いたまま、ふと考え込んでしまう。

「んー、と」

 意味もなくきょろきょろと周囲を見回す。空いた方の手で髪の先をもてあそぶ。鼻歌まで口ずさんでみる。明らかに挙動不審である。

「だーれもいないよねー……?」

 いませんよねーと小声で呟く。もちろん返事はない。別にこそこそする必要などないのだが、人気のない店内の空気がリズにそう仕向けていた。

「……うん。じゃあせっかくだし」

 そもそもスィーに許可を取れば断られはしなかっただろう。一度は使わせてくれた道具なのだ。ただ、「覗き見するみたいですし」と彼女自身が躊躇いを覚えていたものを、興味本位で自分に使わせてくれと言うのは褒められた話ではない。

 だけど今自分は、もっと褒められないことをしようとしている──。

 それでも少女が筒を手にとってしまったのは、だから、魔が差したとしか言いようのないことなのだろう。

「うわぁ……やっぱり凄い」

 スィーの定位置に立って、筒を天井の装置に向ける。それからレンズを覗き込めば、視界に広がるのは活気に溢れた街角の風景。物売り、大道芸人、呼び込みが立ち並ぶ中、慣れた様子の住民がそれらをいなして行き過ぎていく。そろそろ夕暮れの時刻だからだろう、晩御飯の材料を求める婦人がもっとも多く、あちこちの店先で値下げ交渉しているらしき姿が目に入る。音こそ聞こえないものの、人々の動きを目を追うだけで熱気は充分に伝わってくるようだ。リズは夢中になって筒の中の光景に見入る。

 ややあって、店内の時計が六回、オルゴールのような澄んだ音を鳴らした。ミニッツリピーター──これもシックスマスターピースの一つである──を内蔵した柱時計が六時を告げたのだ。

 そして、それとほぼ時を同じくして筒の中の映像が切り替わった。リズは一瞬戸惑ったが、すぐにスィーが言っていたことを思い出し、これは外の鏡が回転して映し出す先を変えたのだと理解する。

 しかしこの時映った映像は──

「○×△■◇=*※ーーーー!?」

 リズは素っ頓狂な声で叫んで、筒からばっと身を離した。弾みで取り落としてしまうが、運良くカウンターの上に転がり、レジ台にぶつかって止まる。

「は、はだ、はだ、はだ……!」

 口が上手く回らなかった。顔が真っ赤になっている自覚もある。少女は頭から湯気を出しながら、その場にぺたんと尻餅をついてしまった。

「リズ!? ど、どうしたのですか!?」

 その時、リズの声を聞きつけたスィーが倉庫から顔を出した。そして床に座った少女の姿を見つけて慌てて寄ってくる。

「だ、大丈夫ですか!? 怪我をしたのですか!?」

 必死な様子のその声に、しかしリズはきちんと応じられない。ただふるふると力なく首を振りながら、指で筒を指し示す。スィーはリズに負傷している様子がないことを見て取って、ほっと胸を撫で下ろしたが、筒を見るなりきょとんとした。

「これは……この筒がどうかしたのですか?」

 リズはこくこくと頷いた。それから身振り手振りで、とにかく中を見てと伝える。訝りながらも素直に従ったスィーであったが、筒を覗き込んだ途端、

「~~~~~~~~!?」

 先ほどのリズと同様に叫びを上げて、筒から顔を離した。だが『クォランスィネ』の管理人としてのぎりぎりの抑制が働いたのか、ぎくしゃくした動きなりに静かにテーブルの上に筒を置く。

 それから下を向いて一度深呼吸をすると。

「~~~~~~~~! ~~~~~~~~! ~~~~~~~~!!」

 再び叫びながら、今度は店内をあちこちに駆けずり回り始めた。決して広いとはいえない場所だが、壁や売り物にぶつかる手前で器用に、ほぼ直角に折れ曲がって衝突を避ける。おそらくは無意識の行動だろう。スィーは見るからに我を失っていた。頭の上から蒸気を立ち昇らせ、背中のぜんまいねじをくるくると高速で回転させながら走り回っている。顔はリズと同様真っ赤だし、目の中では渦が回っている。刻んできた時の長さはリズと比較にならない彼女だったが、『こういうもの』に対する耐性という点では、似たり寄ったりのようだった。

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