魔王/大いなる力と優しき王
「まだ起きひんちゅーんかいな、その坊」
「うん、もう少し。きっともう少しで起きるよ」
「どこにそう言える自信があるんちゅーんやいな・・」
声が聞こえる。アイシェリアの柔らかい声でもない。魔凛の涼しくてはっきりとした声でもない
もっと低い、父さんみたいな声。でも…何でこんなに優しく聞こえるんだろう。
声の主が見たくてシンディアは瞳をあけた。
すると、
「ほら、もう少しって言ったでしょ」
という勝ちほこったような声が耳に届いた。
くるりとそちらの方を見ると、
「気分は大丈夫かい?」
とにっこり微笑んでくれた。
自分の体が平気だと分かるとシンディアは慌てて飛び起きた。
「アイシェリアッ!」
しかしその両肩を先ほどにっこりと微笑んでくれた青年が掴んで止めた。
「はいストップ」
「は、離せよ! まだアイシェリアが奥に!!」
その手から逃れようとシンディアは暴れた。
男は頭を横に振った。
「あの場には、君以外いなかったよ」
「……そだ。うそだぁ……っ!」
「うそちゃうっちゅーんや。我と王が行った時にはもうあそこは黒焦げやったってぇの。坊以外虫一匹も見当たらんかったわ!」
我の目が腐っとらんかぎりの! と付け足した男を一睨みしてからシンディアの肩を掴んでいる男は再度向き直った。
「本当なんだ。私とこの者が行った時にはもう君以外の全ては燃え尽きていた。封印結界の中にいた君だけが助かったんだ」
「うそだ! うそだ、うそだ、うそだあぁ……っ!!」
ぼろぼろと大粒の涙を流すシンディアの肩から手を離したかと思うと今度は背と後頭部に手を回して抱きしめた。一瞬バタバタと暴れ、その男の肩や胸を叩いたシンディアだったが、すぐに顔をゆがませ大声を張り上げながら泣いた。全てを失った少年にはその腕の中が温かく、あまりにも優しすぎた。
「俺が、ここで?」
「そう。私達と共に暮らさないかい?」
盛大に泣き喚いてすっきりとしたシンディアにその男は言った。背後にいる男は呆れているようだ。
「此処なら仲間もいるし、人間はいない。住人からは唯一魔人が安全に幸せに暮らせる場所だと言われている」
そうにっこりと微笑んで言われると反論できなくなる。
「でも、俺は」
俺は誰かに守られて一人のうのうとのんびりと暮らしたくなんか、ない。俺は、俺は……。
「強くなりたいかい?」
自分が考えていた事を言い当てられてシンディアはばっと顔を上げた。
「力が欲しいかい? 光を防ぐ力が」
シンディアが答えを言うまでもなく、光の中で激しく燃える光が語っていた。
「分かった、ならば、私が君に力を与えよう」
ばっと青年は立ち、シンディアの手を取った。
「私はこの城の主、月・アーデンハイン。皆からは魔王と呼ばれている。君に名を与えよう」
闇を照らす希望の光となれ、シンディア。光すら眩い光となれ、光を消す最も清き光となれ。
「君の新しい名前は――灯」