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葬送行進曲/孤独の森

 あの日から3年の月日がたって、俺は、自分が強くなったと勝手に思い込んでいた。本当は、全然強くなんかなかったのに。


『シンディア様』

「何だよ?セリアルツヴァーレ」

 剣を鞘に収め、声の主の方へ振り返る。その声の主にシンディアがつけた名は『セリアルツヴァーレ』。最初はセリアルツヴァイだったのだがそれではいくらなんでも酷いと言った魔凛がツヴァーレに改名した。シンディアは文句たらたら、といった感じであったが。

 セリアルツヴァーレはシンディアが始めて契約を結んだ召喚獣だ。姿はハーピーと似ており顔と上半身が女性で、下半身は鳥の姿をしており背中に翼を持っている。だが、ハーピーのようではなく、セイレーンのように美しい顔立ちで、声は春の穏やかな風のように綺麗だ。風を操り空を軽やかに翔る。この召喚獣の正式名称は知らない。

 師匠である魔凛すら知らないらしいから新種かよっぽどの珍種ではないかという考えに落ち着いた。マスターであるシンディア当人はそれを気にするどころか俺だけが持ってるなんて特別っぽくてカッコいいじゃん! と思っているらしい。

『そろそろお帰りになりませんとお二人が心配なさってしまいますよ?』

「わ、分かってるって、セリアルツヴァーレ」

 すっかり鍛錬に夢中になっていたシンディアはははっとわざとらしく笑った。その背後で奇怪な爆発音が轟いた。

「なんだっ!?」

 ばっと振り返るとシンディアの目には赤く燃え上がる場所が見えた。

「あそこは……」

 あそこは、家だ。アイシェリアと魔凛がいるはずの、家だ、という言葉は口から出なかった。出せなかった。

『シンディア様!』

 ばさりという音を立ててセリアルツヴァーレが浮く。

「あ、ああ。行こう」

 ぱしっとセリアルツヴァーレは翼を羽ばたかせ高く飛んだ。

(どうか、どうか、無事でいてくれっ!)


 人は憎いから、嫌いだから戦う。だけど、愛しいから人を憎みもする。愛しい人が居るから、人は守るために戦うんだ


「アイシェリア! 魔凛! いるなら返事をしてくれっ!!」

 セリアルツヴァーレに家の前まで送ってもらい、その後は自身の足で走っている。風の属性であるセリアルツヴァーレを炎の傍にいさせるのはあまりよくない事だ、とシンディアが考えたからだ。

「二人共っ、何処にいるんだよっ!!」

 お願いだから返事をしてくれ! と少年のまだ大人になりきれていない声が森に響き渡った。

「アイシェリア、魔凛……何処にいるんだよぉっ」

 泣き声でそう言ったシンディアの耳にざっという物音が入った。

「アイシェッ!?」

「違う」

 物音がした方向を向いたシンディアの目の前に現れたのは、愛しい妹のアイシェリアでも、師であり婚約者でもある魔凛でもなかった。

「アンタがシンディア?」

 と不信気な目を向けてくるのはシンディアより少し年上っぽく見える少女だった。

 くるっとした大き目の瞳は赤く、赤紫の髪に大きな赤い魔石が付いたリボンをつけている。

「そ、そうだけど」

「ふぅん。じゃ、いいや。アンタ殺すと菊牙怒るしさ」

 そう言ったかと思うとその少女はシンディアに背を向け立ち去ろうとした。

「まっ、待てよ!!」

「んあ?」

 しかしシンディアはその少女が自分の目の前から消えてしまう前にその少女の腕を掴んだ。

「お前、アイシェリアと魔凛を、薄い金髪と紫の髪の女を見なかったか!?」

「はー? あー、うん。見たけど」

 こっくりと深く頷いた少女を見てシンディアは顔を輝かせた。

「マジで!? どこで、どこで見たんだ!?」

「どこでって。あそこだけど」

 けろっとした顔で少女が指差したのは炎の中心あたり。

「あん中の家の中だけど? あぁ、でも頭は持ってるぜ。もう一人は取り逃がしちまったけどよ」

 と炎の向こうにある家から目をそらした少女は手に持っていたものをシンディアに見せた。

「魔凜っ!!」

 ヒッとシンディアは喉を引きつらせ悲鳴に近い声を出した。今シンディアの目にあるのは 少女に薄紫の髪を掴まれぶら下げられた魔凛の頭だった。

「お前がやった、のか……?」

「そうだけど」

 そう涼しい顔で言う少女にシンディアはつかみかかった。

「何で! 何で魔凛をっ!」

「何でって、それが光からの任務だからやっただけだ」

 自分を睨みつけるシンディアに少女はにこっと微笑んだ。

「光?」

「うん、光。全てを受け入れてくれる清き光、我らが主!」

 肩を掴んでいるシンディアの手を叩き落とす。

「なんで? 何でだよ! お前も俺と一緒なのに、何で!!」

「一緒にするなよ!!」

 シンディアの手をはじいたその手で少女は彼の肩を押した。

「俺は光に求められた、受け入れられた、特別な存在なんだ! お前達みたいな汚らわしい魔人とは違う!!」

「なっ!」

 突き飛ばされたシンディアはしりもちをついた。

「俺は光に選ばれた存在なんだ!」

 少女は泣き声にも近い声で叫んだと共に恐ろしい量の気をシンディアに向って発した。己の周りにある気を使って攻撃をしたり回復をしたりする【気使い】だ。あふれ出た気はシンディアをふっとばし背後にあった木へ叩きつけた。

「がっ!」

 木に当たったときに切れたらしい首から血がだらっと出る。その感覚すら、もう分からない。

「くっそ!」

 だんだんかすんできた瞳に薄い金髪の少女の姿が見えた気がした。

「アイ……シェ」


 そうだ、アイシェリアは何処だろう。俺の大切なアイシェリア。守らなきゃいけない存在。アイシェリアはまだ生きてるのかな?

 アイツは取り逃したって言ってたって事は生きてるんだよな? 魔凛が助けてくれたのかな?

 だったら、だったらさ。こんなところで負けるわけにはいかないよな、シンディア。




「お兄ちゃんっ!」

 再び瞳に光を取り戻したシンディアの前に薄い金色の光を持つ少女が飛び出した。

「アイシェリア!」

 抱きつこうとしたシンディア。しかしその体はアイシェリアの前ではじき返された。

「え?」

 驚きに目を見張るシンディアに向ってアイシェリアは微笑んだ。

「やっぱり。そうだったんだね」

 あまりにも哀しげな微笑を浮かべるアイシェリア。その瞳はシンディアの首に向けられていた。

「どういう事だ……」

 自分の首、さきほどあの少女の気を受け、傷ついた場所を触る。

「青?」

 普通赤まである血が青色、それも微かに光を放っている。

「なぁっ、何だよこれぇ!」

 シンディアはその血を見て驚いた。今までどんなに血が出てもこんな色じゃなかったからだ。

「……青」

「え?」

 しかし悲鳴に近いあの少女の声でふっと我に返らされた。

「青の光っ! 何でお前が!?」

 少女はぼとりと手から魔凛の頭を離した。

「青の光……?」

 何だよそれ、と呟きながらシンディアはその場に立ち上がった。

「アンタ、なんか知ってんのか? コレの事」

 すっとシンディアが自分の首元を指しながら言うと少女はビクッと体を震わせた。

「し、知らない! 俺は何も知らない! 俺は何も知らないんだ!!」

 また少女の叫び声と共に気が発せられた。

「っ!」

 シンディアがそれから逃げようとする前にアイシェリアが前に向きかえった。

「お兄ちゃん、逃げて」

 ポソリとそう呟くとアイシェリアは真正面から少女に向き合った。

「バカっ!! お前をおいて逃げれるかよっ!」

 一緒に逃げるぞっ! とアイシェリアの腕を掴もうとした手は拒まれた。

「ダメ、逃げて。逃げて、生きて! お兄ちゃんは生きなきゃいけないのっ!!」

 叫びながらも、どんどん迫り来る気の塊を避け続けるアイシェリア。

「お願いっ! 私なら大丈夫だから!! 大丈夫だから……逃げて」

 そう囁くように言った瞬間アイシェリアは倒れた。あの少女が立ち止まったアイシェリアの足に向けて気の塊をぶつけてきたのだ。

「アイシェリアッ!!」

 名を叫んで近づこうとするシンディアを、アイシェリアを許さなかった。

「大丈夫っ!」

 ぐっと力をいれて立ち上がるアイシェリアの右足からだらだらと血が出、下の草を赤く染めていく。まるで自分が怪我をしたかのように痛そうな顔をするシンディアに向ってアイシェリアは術を放った。

「ぐあっ!」

 いきなりで不意をつかれたシンディアはあっさりとアイシェリアの封印術を真正面から受けた。

「アイシェリアッ、何を!」

 馬鹿な事はやめろ! と叫ぶシンディアに、アイシェリアは微笑を向けた。

「ごめんね」

「えっ!?」

「ごめんね、お兄ちゃん。お父さんのこと。私の事怖かったでしょ? でも、もう大丈夫だよ。今、返すから」

 そして少女と共に燃えさかる炎・・森の奥へと進んで行ってしまうアイシェリア。

「ッ、嫌だ! 嫌だ、嫌だ、嫌だアイシェリアァァァァァ!!」

 俺は、その背中を見つめるしか、出来なかった。

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