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悲愴交響曲/シンディアとアイシェリア

 此処は小さな村だった。住んでいたのは皆、普通の人間じゃなかった召喚士や魔法使い・剣士など様々な政府から異端とみなされる者が住んでいた。でも、本当に小さな村だったから、まさか軍が来るなんて思わなかった。まさかここに魔人狩りをしに来るだなんて。


「シンディア! アイシェリア!!」

「と、父さん!?」

 何かが破壊される音の煩さに無理矢理起こされたシンディアとアイシェリア。妹のアイシェリアが怯えている事に気が付いたシンディアがぎゅっと抱きしめている腕に力を込めた時、家の扉が開いて父さんが入って来た。

「早くっ、早く逃げろっ!!」

「逃げる!? どうしたんだよ、一体何が……!」

 父に駆け寄ろうと立ち上がりかけたシンディア。

「いっ、いやああああぁぁぁ!!」

 だが、その腕にアイシェリアがしがみついた。

「アイシェリア? どうしたんだ?」

「いやああぁっ! お兄ちゃんいかないでぇ! お願いだからぁ!」

 ぎゅっと痛いほど力を込めて自分を引きとめようとするアイシェリアを見てシンディアは一旦上げかけた腰を下ろした。そして震えるアイシェリアを抱きしめ、耳元で囁いた。

「大丈夫だから。お兄ちゃん、此処にいるからな。アイシェリアの傍にずぅーっと、いるからな」

「うん……」

 そっとアイシェリアの目じりに溜まった涙を拭ってやるとにこっと微笑んだ。だが、その笑顔はすぐにまた恐怖の色に変えた。

「二人共、早く逃げろ! 魔人狩り……がっ!」

 ずるずると体を引きずって寄ってくる自分の父。

「魔人狩り? なあ、何処かやられたのか? 父さんっ!」

 腕の中にいるアイシェリアは剣術師である父の大きな体から滴り落ちている血を見てアイシェリアが怖がっている。そうだと思っていたシンディアはアイシェリアの顔を自分の胸で隠し、父に向き直った。

「あぁ……不意を突かれてしまった」

 どっかりとシンディアの目の前に座り込んだ父。その時、アイシェリアの体がびくりと震えたのをシンディアは感じ取り、微笑みながらすぐ治療するから、大丈夫だと言った。

「父さん、怪我見せてよ」

「ああ、有り難う。だがその前に……」

 すっと自分の首に父の大きな手がかけられ、思わず顔を見上げる。その無機質で、何も映さない瞳を見た瞬間、シンディアは悲鳴を上げた。だが、首にかかった手の力は緩まない。

「お……にいちゃんに」

「ア、シェ……?」

 自分と父の間に挟まれてしまったアイシェリアの助けの声かと見た瞬間、アイシェリアの手がぽぅっと光った。

「お兄ちゃんに触らないでよっ! この化け物ぉーー!!」

 そしてがっと父の胸に光る手を押し付け反対側の壁まで吹っ飛ばした。

「アイシェ、リア?」

 呆然と見つめるシンディアを後ろにアイシェリアは胸に風穴を開けた父に向って走っていった。

「アイシェリア、止めろっ! それは僕らの父さんだぞ!?」

 アイシェリアに向って手を伸ばしてもむなしく空を掻くだけだった。

「やっ、やめろぉぉぉぉ!!」



「アイシェリア、走れるか?」

「う、うんっ! 大丈夫だよ!」

 二人が走る音が廃墟と化した町に響き渡る。他に聞こえるのは、悲鳴のみ。

 魔女狩りの中でこうぼんやりとしていてはいくらなんでもマズイ。だからシンディアは血に塗れたアイシェリアの手を引っ張り町の門近くまで走ってきた。父だった魔物の亡骸を家だった小屋に残して。

「着いた!」

 門に着いた事で少し明るい気持ちになったシンディアが声を上げた時、くすくすという笑い声が二人の耳に届いた。

「そろそろ全滅した頃だと思ってた頃に此処まで来た奴がこーんなガキ二人だとはねぇ」

 門の上から軽やかに女が下りてきた。

「……お前が此処をこんな風にしたのか?」

「だったら――どうする?」

 蠱惑的な笑みを浮かべる唇は真っ赤なルージュ。着けているのも、深いスリットが入っている赤いドレスだ。まだまだ若く見える彼女には少し派手すぎるかと思うが、その二つが彼女の漆黒の髪と瞳を際立たせている。

「どうするって、戦うしかないんだろ!」

「まぁ、そうなるわね」

 と彼女が微笑んだ瞬間、シンディアは家を出る時に持ってきた剣に手をかけた。魔物だった父が愛用していた、細身の剣は灯の手にもしっくりときた。

「その剣!」

「何だよ」

 その剣を見た女が一瞬息を呑むのを見たシンディアはむっとした顔をした。

「そう。アンタ達があの魔物の子供だったのね」

「う、うるさい! お前には関係ないだろっ!?」

 剣を鞘から勢いよく抜き、女に飛びかかる。

「魔物とか、言うんじゃねえよっ!! たとえ魔物だとしてもなぁっ! たとえ魔物でも……っ!」

 そう、俺の父は魔物だった。

 でも、俺は人間だ。そりゃ、ちょっとは魔力あるけど、そんなのこの村じゃ普通だ。だから今まで家族三人仲良く暮らせてこれた。父は魔物だったけど、人を襲わなかったし、食いもしなかった。そう、俺を襲うまでは。

「たとえ魔物でも、あれは俺のっ、俺たちの父さんだったんだ・・!!」

 言葉と共に、涙が出る。その言葉も涙も気持ちも全て、遮るように女は口を開いた。

「はぁん? 魔物を父と言うなんて、アンタも十分魔物ねっ!」

「なっ!」

「あぁ。でも、もうアンタは人間じゃないのよ」

 す、と目の目に指をつきたてられる。

「アンタ達はもう人間といえる存在じゃない。魔力を持つ汚らわしい人間もどき、魔人よ」

「まじん?」

「そう。アンタ達は光に、光から拒絶されたのよ。だから、もうこの世界にはいらない汚れた存在よ。光は何も受け入れない。光は、聖なるもの、汚れ無きもの。アンタは闇。汚れているもの。光にいてはならないもの!」

 女は黒い笑みを零した。

「だっ、だけど! そういうお前も……お前だって!」

 この女から感じる気配は、自分たちと変わらない。

「ええ。妾も魔人よ」

 そう呟いた女は手に持っていたものを解いた。

「おしゃべりはここまでよ。そろそろ他の奴らも死ぬわ。アンタたちも死になさい!」

 女は、鋭い音を立てて己の獲物を地にたたきつけた。相手の獲物はじゃらじゃらと金管のついた鞭のようだ。

「下がれアイシェリア!」

「で、でもっ、お兄ちゃん!」

「いいから!!」

 じゃっと瓦礫をはらい剣をかまえる。

「美しい兄妹愛の一面なんてもう見たくもないのよ。大人しく死になさい!」

 襲い掛かる鞭を剣ではらう。

「誰が死ねるか!!」

 大声でそう怒鳴っても無駄だ。多分この女と自分じゃあ力も経験も差がありすぎる。

せめて、せめてアイシェリアだけでも逃がせられれば……!

「くっ!」

 腕をからみとられて、剣が手から零れ落ちる。

「アイシェリア、逃げろ!!」

 自分から鞭をつかみ、シンディアは叫んだ。

「……や」

 一人だけは嫌。それだったら、先に死ぬ方がずっといいお兄ちゃんと離れるなんて考えられない。そういう精神状態に陥っていたアイシェリアは、震える手を自分の頭にまで持っていく。

「いやああああああっ!!」

 ずっと、ずっと一緒がいい。一人だけになるのは、嫌だ。

「お兄ちゃんを殺さないでよぉぉぉっ!!」

「アイシェリアッ!?」

 自分の後ろから飛び出て、女の下に走り寄る妹。その手が再び、父であった魔物を殺したときと同じように光っているのを見た時、シンディアは大切な妹の事が怖くなった。

「殺さないで、離してよっ!!」

 アイシェリアが女の顔を掴み後方に弾き飛ばす前に、シンディアは自力で鞭から逃れた。

「あああああああぁぁぁっ!」

 女が自分の顔の左側を抑えていた手をどけると、そこは火傷のようになっていた。

「にげ……なきゃ。ねぇっ、逃げなくちゃっ!!」

 服の袖をアイシェリアに強く引っ張られるまでシンディアはずっとその女を見つめていた。炎の煙で見えない女の顔を見ようとして――


「おに、ちゃ。ごめっなさいっ」

 生まれ育った村から走って逃げてきた。いつも父と一緒でしか行かなかった村の外。その少し先に行ったところにある、深い森。

「ごめんなさい……」

 雨が降って、降って、やまなかった。




 この日が出会いだった。全てを受け入れない、聖なる汚れ無き光。全てを受け入れる、悪なる優しき闇。不思議な村の中に封印されていた俺が、初めて見る光と闇の形だった

 こうして、優しき光は暗くなり、闇は紅に染まった。

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