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運命の人

運命の相手はデレない

作者: くまこぶた

運命の人のつづき

 運命を感じる瞬間を、ある人は「ビビッときた」と言った。その後、早々に彼らが破局したことから、そんなもので運命はわからないことがわかる。つまり、そんな相手を見つけることなど常人には不可能なのだ。だから、前回は運命の人にかすりもしなかったわけだ。

 しかし、いまの私には呪いのようなお助けアイテムがある。仮面の男様が授けてくださった左指の赤い糸だ。これを辿れば運命の相手は見つかるだろう。ハタ迷惑にも自殺を考えるような悩みを抱えた青少年が、この糸の先にいるわけだ。本当に勘弁してほしい。

 うっかり中学生の頃に戻って最初の数日間、私は家庭の事情から体力的にも精神的にも追い詰められていた。テンションが振り切りハイになっていた。睡眠時間が三時間を切るのは当たり前、朝夕の新聞配達、家での内職、歳を偽ってのラーメン屋でのバイト。その合間に運命の相手探し。


 だから、こんな目にあってしまった。そう私は思っている。

 「お許しください、マイマスター」

 河原の石の上で正座させられている私は、学ランの少年に土下座した。決して、某テレビドラマの影響ではない。これは私の誠意である。

 「っ、この痴女が」

 顔を上げることはまだ許されていないため表情は読めないが、声音で最悪の機嫌だとわかる。眉間にはしわが刻まれていることだろう。

 「お前、二度と往来で抱きつかないはずじゃなかったか? 」

 「……はい」

 「はっはっは」

 笑顔を見せことのなかった彼が、初めておくってくれたのは斯様な乾いた笑いでした。どこまでも理想とはかけ離れている。なんてこった。

 私はふるふると震え、どのような弁明をしようか考えを巡らせていた。

 徹夜明けで判断力が鈍っていた。

 野生の本能のようなもので吸い寄せられるままことに及んでしまった。

 身も心も疲れ切っていたため心の清涼剤としてどうしても彼の匂いを嗅ぎたかった。

 もう、変態です。おっしゃる通りの痴女でございます。

 「あのな、お前これ見ろ! この鳥肌! お前に会ってから俺の日々に平穏はなくなった 」

 見上げれば彼もふるふる震えている。そして、おぞましいものを見るような視線を私によこす。

 ああ、こんなはずじゃなかったのにっ!



 あの日、私は近所のお姉さんから譲ってもらった高校の制服に身を包み、あてもなく街をさまよっていた。バイトの時間までまだあったからだ。バイト先のラーメン屋のおっちゃんは、人がいい分いい加減なところがあって学生証を見せなくても高校の制服を着ていれば高校生として雇ってくれた。給料も応相談の手渡しだ。現金の収入源が無事確保でき、当座の光熱費は心配がいらない。宮田家に関してなら、ここまで順調ではないかとつい鼻歌が漏れる。浮かれ気分の私は、市街地からだいぶ離れた河原で足をとめた。耳に届いたのは、子どもたちの帰宅を促す鐘の音。見れば、ずいぶん短くなった日は地平線に沈みかけ、犬たちはご主人さまと散歩中だ。どこかの学校のジャージを着た一団が掛け声とともに傍を通りすぎていった。夕餉の香りや家路を急ぐ子どもたちのはしゃぎ声も聞こえる。

 

 目を落とすのは、赤い糸。

 

 この糸は、いつも彼方へ伸びている。引っ張ってみても手ごたえはない。糸を辿ることは三日で諦めた。

 ただ、行動範囲を広げればもしかしたらと思い、私は暇があれば街を歩いていた。

 足元の石を拾い、川に向かって投げる。回転を掛けたそれは二、三度跳ねて水底に沈んだ。それに倣うように夕日も沈んだらしい。空が藍色に変わり、あたりはずいぶん静かになった。

 興がさめた私は遊歩道に戻って市街地を目指す。ブレザーのポケットに手を突っ込み、マフラーで口元まで覆う。なんだか、急に寒くなった気がした。

 通信機能を止められて久しい携帯電話を引っ張り出し、時刻を見る。今から戻ればちょうどいいだろう。ふと、目を携帯電話から上げれば、進む先に中学生らしい一団が見える。これから塾なのだろうか、じゃれているさまがかわいらしくて目を細めた。

 宮田美紀は、九月からもう二カ月学校に行っていない。前回もそうだった。文化祭は参加できたけれど、中学最後の体育祭は欠席してしまった。同窓会ではいまだに、いや未来では恨み節をよく聞いたものだ。私はなかなか足が速いのだ。

 思った通り、その一団は有名な進学塾の前で止まった。高校受験を戦う少年少女よ、がんばりたまえ! 心の中で激励をして、私はその横を通り過ぎた。受験など眼中にない私には縁遠い場所である。

 駅が近づけば飲食店も多くなる。一般家庭の夕餉とはまた別の匂いが鼻をくすぐるため、早くも私は今日の賄いの予想を始めた。チャーハン、レバニラ、野菜炒め……。いかん、よだれ! 慌ててマフラーを外せば大変残念なことになっている。クリーニングに出すお金なんてないのに。肩を落として申し訳程度にハンカチでよだれをぬぐった。

 よくよく見ればマフラーの端、毛糸がほつれているではないか。

 ふんだりけったりだな、マフラー氏!

 

 しかし、糸を手繰ろうとして目を疑う。

 

 違う!


 私は反転して全速力で糸を辿った。糸の先が反対方向を向いたのは、ついさっき。 進学塾の前、たむろす彼らの中に姿を見つけた。

 なんで気づかなかったんだろう?

 走りながら泣きそうになる。

 見なくてもはっきりわかる。

 彼だ、彼しかいない、彼だけが私の心をふるわせる。

 

 これは、運命だ。


 「見つけたーー!! 」

 

 そうして私は彼と出会った。


 

 その後、いきなり叫びながら初対面の少年にタックルをかます、という事件を起こした私は、たいそう彼と彼の仲間をおびえさせた。なぜか、私が彼を思うほど彼は私に運命を感じてはくれず、むしろ、

 「なんだお前! うせろっ! 消えろっ! 警察呼ぶぞ! 」

 という、前回の人生三十余年でも言われたことのない罵倒をいただく始末であった。

 私は泣きながら謝罪を繰り返したが、もうなんのこっちゃ頭が混乱していたので、

 「やっと見つけた運命の人だったので、つい」

 とのたまい、さらに彼をどん引きさせた。

 その様子を見た彼の仲間は、彼に一目ぼれした女子高生が熱烈なアプローチをした、と解釈した。暴漢の類ではないとわかると、彼の仲間は彼を冷やかす立場に回り、直に騒乱はタイムアウトの時を迎えた。


 さて、それからの私と彼だが、一歩間違えばストーカーと被害者の関係という、なかなかギリギリなラインにいる。ストーカー規制法がまだ確立していない時代故である。

 バイト前に、進学塾前で待ち伏せをしたり、河原で待ち伏せたり……すみません。

 そして会うたび彼への禁止事項が増えていく。

 叫ぶな、待ち伏せるな、匂いを嗅ぐな、抱きつくな、後をつけるな、などなどなど。

 ご覧のように守れずに河原で説教はいつものことである。


 ちらりと上目づかいに彼を見る。

 目が合えば彼は苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 神様、恋は盲目です。

 ときめく胸に呼吸がとまる。

 好きだ、好きだ、好きだ、好きだ。

 にへらと、私の顔がゆるんだのに気づいた彼は

 「ひっ」

 と、悲鳴をあげた。


 こんなはずじゃなかったのに。

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