第九十六話
『乙女練武祭』二日目。
今日、私達のチームは試合がありません。
そのため他の試合を観戦したり、次の対戦相手チームの対策をする時間に使ったりするのが有意義な時間の使い方なのですが……。
「……んっ、はぁっ!!」
私の目の前で悶える少女。
その艶かしい声に誰か来ないかと、心配で気が気じゃないです。
「アタラシコさん、もう少し声を抑えることは出来ませんか!?」
「す、すみません」
少女――アタラシコが、ベッドに寝転んで仰向けになったまま謝ります。
ここは校舎にある救護室。
教護教諭は闘技場の方に出張っているらしく、今ここには私とアタラシコ以外には誰も居ません。
そんな所で何をしているのかといいますと、
(……本当に、私は何をしてるのでしょう?)
自分でも良く分からなくなっています。
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朝の清掃を終えた後。
ミノリと共に試合を観戦しようと闘技場へ向かうと、入り口にあるトーナメント表の前に仁王立ちしているアタラシコの姿がありました。
「おはようございます。ノノ様、ミノリ様」
「おはようございます、アタラシコさん」
「……おはよう」
朝の挨拶で呼び止められます。
「ノノ様。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「えーと、ミノリ姉様。すみませんが先に行って席を取っておいて貰いませんか?」
「……分かった。昨日と同じ席で待っている」
ミノリは頷くと、先に観客席に向かいます。
「あのーアタラシコさん。いい加減、『様』付けは止めて欲しいのですが」
「そんな恐れ多い事は出来ませんわ」
畏まるアタラシコ。
恐れ多いのであれば、私の言うことを聞いてくれても良いと思います。
「おはようございます、ノノさん」
「おはようございます、皆さん」
アタラシコの後ろから、同じ貴族グループの三人が挨拶してきます。
こちらはアタラシコとは違い、『さん』付けで呼んでくれます。
「昨日の試合は凄かったです。4年生の先輩相手にお一人で戦うなんて!」
「まさかノノさんが出場するなんて、夢にも思いませんでしたわ。私達と同じ一年生なのに凄いですね!」
「次の試合からは、私達も応援させて頂きます!」
応援してくれる三人。
「ありがとうございます。それで、こんな所に揃ってどうしたのですか?」
「そうです!酷いです、ノノ様。どうして私達に『乙女練武祭』に出場することを教えてくれなかったのですか!?私、トーナメント発表の時にノノ様の名前があるのを見て、初めて知ったのですよ!」
アタラシコは私の方に詰め寄ります。
どうしても何もと言われても、それは聞かれなかったからです。そもそも私は、誰にも『乙女練武祭』に選手として出ることを話してはいないのですが。
とはいえ正直に伝えるのも冷たいですので、ここは素直に謝りましょう。
「えーと、ごめんなさい。ちょっと色々と忙しくて、アタラシコさん達に言うのを忘れていました」
「むぅ。次からは絶対に教えて下さい」
不承不承といった感じで引き下がるアタラシコ。
「ちなみに事前に教えていたら、何かあったのですか?」
「それはもちろん、一年生を総動員してノノ様の試合を応援をしました!」
「――それだけは止めて下さい、本当に!」
私は即座に否定します。
ただでさえ人前に出るのにまだ抵抗があるのに、試合前に一年生全員に応援されたら、緊張で動けなくなってしまいます。
「でも、もう既に声を掛けてしまいましたのですけれど……」
「――!?今すぐ止めさせて下さい!大至急!」
「ですが……」
「ほら、他の娘にも応援したい先輩が居るかもしれませんし、それに強要するのは良くないと思いますよ」
「分かりました。ノノ様がそう仰るのでしたら仕方ありませんね。貴方達、他の一年生に集まってノノ様の応援をするのは中止になったと伝えて頂戴」
グループの三人に指示するアタラシコ。
三人は「分かりました」と頷くと、闘技場内に入っていきます。
……ふぅー、危なかったです。というか朝から無駄に疲れました。
「ノノ様。それから、もしよろしければ本日はご一緒に観戦してもよろしいでしょうか?」
アタラシコが聞いてきます。
まぁ、それぐらいなら大丈夫でしょう。
「実はミノリ姉様達と先約がありますので、二人の同意を得られれば、一緒に観戦しましょう」
「はい!」
嬉しそうに頷くアタラシコ。
そしてミノリは、アタラシコと一緒に観戦することをOKしてくれます。
ユカリはまだ来ていなかったため、結果として三人で試合を観戦することになりました。
……。
そして事態が急転したのは、本日一つ目の試合が終わってすぐのこと。
私は、隣に座るアタラシコの様子がおかしい事に気づきます。
「あの、アタラシコさん。大丈夫ですか?」
私は心配になって声を掛けます。
アタラシコは身体がフラフラと揺れていて、なんだか顔色も悪いです。
「だ、大丈夫ですわ。少し寝不足気味なだけですから」
しかし喋るアタラシコの姿は今にも倒れそうで、私は余計に心配になります。
寝不足ということは貧血とかでしょうか。とにかくアタラシコを休ませた方が良いでしょう。
「ミノリ姉様。私、アタラシコさんを救護室まで運んできます」
「……手伝う?」
「いえ、私一人で大丈夫です。ミノリ姉様はそのまま観戦を続けていて下さい」
ユカリもまだ来ていないため、もしユカリが観客席に来た時に、誰も居なければ困るでしょう。
それに昨日の試合後に闘技場を彷徨ったお陰で、救護室の場所はバッチリ記憶しています。
私はアタラシコの前でしゃがみ、背中を向けます。
「さぁ、アタラシコさん、私の背中に負ぶさって下さい」
「……すみません、ノノ様」
「困った時はお互い様です。それじゃミノリ姉様、行ってきます」
私はアタラシコを背負うと、観客席から立ち去ります。
その途中、私の背中からアタラシコの声がします。
「……ノノ様、闘技場の救護室は選手のためのものです。試合に出場しない私がお世話になる訳にはいきません」
「でも休まないと」
「それでは校舎の救護室の方に向かって下さい。あちらならば気兼ねなく休めると思います」
そういうものでしょうか。しかし確かにアタラシコの言う事も一理あります。
闘技場よりも人の居ない校舎の方が静かで、休むのであればそちらの方が良いと思います。
「分かりました。急ぎますので、少しだけ我慢していて下さい」
その言葉に、私の背中にぎゅっと捕まるアタラシコ。
私はアタラシコを落とさない様に気を付けつつ、急ぎ足で校舎に向かいます。
そして校舎の中。
幸いにも救護室に鍵は掛かっていなかったため、そのまま部屋に入り、空いているベッドに静かにアタラシコを寝かせます。
私はアタラシコの顔を覗きこんで様子を見ます。
アタラシコは先程より、心なしか顔色が良くなった気がします。しかし、やはりまだ静かに休んでいた方が良いでしょう。
私が布団を掛けようとすると、アタラシコが遠慮がちに喋り出します。
「……あの、ノノ様にお願いがあります」
「どうしましたか?」
「実はここ最近、不意にあの日のことを思い出して、その……身体が疼くのです」
「……へ、へー」
あの日とは、私がアタラシコを拉致して擽り倒した時のことですよね……?
なんだか嫌な予感がします。
「それで試しに自分でしてみても、あの日と違って全然満足出来なくて、夜になってもあまり眠れなくて」
「ソウナンダー」
私は嫌な汗を流しつつ、動揺のあまり片言になります。
確かに自分で自分の身体をくすぐっても、あまりくすぐったくはなりません。
「ですからあの日の様に、私の身体を弄ってくれませんか?そうすれば、ぐっすりと眠れる様な気がするのです」
(――やっぱり!?)
これは自業自得というものでしょうか。
まさか私がアタラシコを覚醒させてしまったせいで、アタラシコの日常生活に影響が出るなんて考えてもみなかったです。
私はアタラシコの顔を見ます。
よくよく見ると、アタラシコの目元にはうっすらと隈が出来ていて、眠れないというのは本当みたいです。
流石にこのままではアタラシコが辛そうです。
私はため息をつくと、言います。
「まだ具合が良くないため、少しだけですよ」
私の言葉に、ぱぁっと顔を輝かせるアタラシコ。
私はそっと、アタラシコの身体に手を伸ばしました。
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そして冒頭に戻ります。
「あの……声は我慢しますので、やめないで下さい」
いじらしい事を言うアタラシコ。
最近は慣れてきて忘れがちですが、学院の生徒は皆がそれぞれ綺麗だったり、可愛かったりと、比較的に美少達女が集まっています。
そしてアタラシコは、一年生の中でもかなり綺麗で可愛い方です。
その娘にそういう事を言われると、何だかこちらまで変な気分になってきてしまいます。
(これは治療。そう、アタラシコの安眠のため!)
私は再びアタラシコに両手を伸ばし、その手をアタラシコの横腹の方に移動させます。
「――んっ!」
びくっと身体が震えるアタラシコ。
「まだ触れてもいないのに、もう反応するんですか?」
「だ、だって……」
もじもじとするアタラシコ。
私はなるべくアタラシコの顔を見ない様にして、少しずつ手をアタラシコに近づけていきます。
「……くっ……んんっ」
アタラシコの口から、徐々に声が漏れ始めます。
私は手が、アタラシコの身体に触れるか触れないかギリギリの所で停止させ、その状態を維持します。
「ふふっ、んっ……ふふっ」
すぐ触れそうな位置にある手を感じるアタラシコ。
徐々に声も大きくなり、耐え切れなくなったのかアタラシコの身がよじれた際、その動きで私の手がアタラシコの脇腹に触れてしまいます。
「――ひゃっ!?うふっ、ははっ、あははっ!」
大声で笑うアタラシコ。
「しー!静かに!」
私は咄嗟に片手でアタラシコの口を塞ぎます。
しかしなんとそれに反応したのか、アタラシコの身体が仰け反ります。
「んー、んーーーーっ!」
アタラシコは最後に大きく震えると、身体の力が抜けてそのままベッドに崩れます。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ふぁい、ありふぁとうござひまひた……」
呂律が回らないアタラシコ。どうやら満足はしたみたいです。
しばらくはぁはぁと息を付いていましたが、やがて呼吸も落ち着つくと、すぅすぅと寝息を立て始めます。
私はタオルでアタラシコの汗を拭くと、布団を掛けやります。
「ふぅ」
私は一息付きます。
これでしばらくは大丈夫だと思いますが、流石に定期的に同じ事を続けるのかと思うと、なんだか気が滅入ります。
(どうしたものでしょうか……)
少し喉が渇きました。
アタラシコも起きた時に水が欲しいと思うでしょうから、何も入っていない水差しを手に取るとそのまま救護室を出て、水を汲みに行きます。
そして廊下へと続く内開きの扉を開けると、
「うーん、よく聞こえないよう」
「……あ、やばっ!?」
知らない少女が二人、扉のあった位置に耳をあてていました。




