第九十二話
あっという間に日は過ぎて、『乙女練武祭』当日。
基本的にいつもは淑やかな学院の生徒達も、この日ばかりはどこか浮ついた空気が流れています。
私はミノリと朝食を取りながら、周囲の様子を観察します。
「なんだか皆、楽しそうですね」
「……一年に一度のお祭りだから」
ミノリは平然としながらお茶を啜ります。
私なんて緊張して昨晩はなかなか寝付けなかったため、すこし寝不足気味です。
「……ふぁー」
思い出したら欠伸が出てしまいます。
「……ノノ、寝不足?」
「いえ、大丈夫です。それより、この後はいつも通り清掃をしたら、直接闘技場に向かえば良いのですよね?」
「うん」
私の確認に、ミノリは頷きます。
こんな日でも、生徒達の日課である朝の清掃は行われます。
ただし何名かの生徒は清掃は行わず、闘技場に向かい大会の準備を手伝うそうです。
ただ概ね会場設営の準備自体は昨日の内に、大会に出場しない生徒や教師により済んでいます。
私達――大会の出場選手はそれらの準備が一切免除されているため、他の生徒よりは忙しくなく余裕がありました。
(それでも文化祭とか、大学祭の前準備みたいで楽しそうですね)
私は前世の記憶――クラスやサークルの出し物、それに模擬店を思い出します。
今年は出場するので手伝えませんでしたが、来年は準備を手伝うのも面白そうです。
……。
朝食を食べ終えた私達は、そのまま清掃の担当箇所である校舎の入り口に向かいます。
その途中、
「『白』様、頑張って下さい!」
「三年振りの優勝、期待しています!」
とミノリが数人の生徒に捕まってしまいます。
普段と違ってお祭りのためか、他にも通り掛った生徒が積極的にミノリに話しかけて、あっという間に人だかりが出来ます。
「……ごめん、ノノ!ちょっと待ってて!」
生徒達の間から顔を覗かせるミノリ。
その顔もすぐに周りの生徒達に埋もれてしまいます。
一人ぽつーんと残された私は、少し離れて校舎の壁に寄り掛かります。
(やっぱりミノリは人気があるのですね。やはり私の今後の学園生活のためにも、何としてでも『乙女練武祭』で勝って『白』派の生徒に認めて貰わないと)
そんな事を考えていると、私に声が掛かります。
「おーい、ノノ!」
「おはようごさいます。ミコ先生」
「おう、おはよう!」
やって来たのはミコ先生。
今日も小さな身体にツインテールが決まっています。
「どうしたのですか?」
「実はお前らのチームに伝えることがあってな。えーとミノリは……後からお前が伝えてくれ」
他の生徒に囲まれるミノリを見て、顔を顰めるミコ先生。
どうやらミコ先生も、あの輪に入る気はサラサラ無いみたいです。
「相変わらず凄い人気だな。まぁそれは置いておいて、ノノ達のチームは開会式が終わったらすぐに東門の方の待機室まで来てくれ」
「はい、了解しました。ミノリ姉様にも後で伝えておきます」
「頼んだぞ。もう一人の……えーとなんつったかな?まぁ、そいつにも他の先生が伝えているはずだから大丈夫だからな。……それでだな、コホン!」
軽く咳払いをするミコ先生。
「ノノ達のチームの調子はどうなんだ?」
「えーとまぁ、ぼちぼちでしょうか?」
「あー、それはつまり優勝出来そうって事か?」
「少なくとも上位入賞は狙っているつもりです」
私の言葉にミコ先生は「うしっ!」と小さくガッツポーズをします。
やはり自分の担当するクラスの生徒が出場するため、心配してくれているのでしょう。
「いやー良かった、良かった。お前達のチームはエントリーが遅かったし、ミノリ以外の選手の実力を誰も知らないから、結構な大穴だったんだよ!」
(ん?大穴……まさか)
私は嬉しそうなミコ先生に確認します。
「ミコ先生……もしかしてですけど、賭けをしているのですか?」
「おう。ちょっと先生同士の間でな」
あっけらかんとして言うミコ先生。
その無邪気な笑顔には、何も後ろ暗い事は無さそうです。
「ひょっとして心配してくれたのは、私達のチームに賭けたからですか?」
「それもある。だが考えても見ろ。私は数あるチームの内、一人は優勝経験者とはいえ、初出場の生徒が二人も居るお前らのチームに賭けたんだ。この意味がわかるか?」
「それは……」
「お前達には期待しているってことだ」
私の頭に手を置くコミ先生。
「それにノノとは模擬戦の約束もあるしな。お前達が優勝したら、一緒に美味い飯でも食いに行こうぜ!」
そしてワシワシと私の頭を少し乱暴に撫でます。
髪が乱れますがミコ先生の不器用さが伝わってくるようで、こういうのも嫌ではありません。
「ちなみに、それって優勝しなくても有効ですか?」
「うっ!……せめて、準決勝まで残ってくれないと、私の財布的に厳しいかも」
「――もう、ミコ先生!」
「はははっ。とにかく応援しているから、頑張れよ!」
そういい残して、ミコ先生は離れていきます。
まぁ理由はどうあれ、応援してくれるのは本当なのでありがたいです。
「……ミコ先生、どうかしたの?」
いつの間にか解放されたのか、ミノリが横に居ました。
「なんでも私達のチームは、開会式が終わったらすぐに東門の方の待機室に来て欲しいとのことです」
「ん、分かった。……ノノ」
ミノリが私に向かって、おいでおいでをします。
何でしょう?私は首を傾げならも、ミノリに近付きます。
「……髪の毛がくしゃくしゃ」
ミノリは私の頭に、優しく手櫛を入れます。
さっきミコ先生にやられた頭です。
「ありがとうです」
「ん、直った。早く掃除を済ませて、会場に行こう」
「はい」
そうして私達は、清掃箇所である校舎の入り口に向かいます。
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『乙女練武祭』の会場である、闘技場。
今ここには、200人近くの学院生徒と教職員が揃っています。
「おはよう。ノノ、ミノリさん。隣いいかな?」
「おはようございます。大丈夫ですよ」
「……おはよう」
ユカリは通路側に座るミノリの前を通ると、私の前も通り過ぎて私の隣に座ります。
ちょうど右手にミノリ、左手にユカリと挟まれる格好の私。
「そういえば聞いたかい?僕達のチームはどうやら一番手らしいね」
「ん。ミコ先生から伝言があった」
ユカリの話しに相槌を打つミノリ。
「えと、一番手とは……?」
私は意味が分からず訊ねます。
「そのまんまの意味さ。私達のチームが――」
ユカリが途中まで言いかけたところで、『んっん!』と大きな音で咳払いが聞こえます。
『皆さんご静粛に!……お待たせしました。それではこれより『乙女練武祭』開会式を始めたいと思います』
私は、その声の大きさにびっくりします。
聞こえて来た声は学院長の秘書であるカオリのものです。
カオリの声は、まるでマイクとスピーカーで増幅されたように周囲に響いています。
「大きな声ですね……」
「あ、驚いた?僕も最初はびっくりしたかな。確か『乙女』の術で、声を大きくしているらしいよ」
「へぇー」
ユカリの説明を聞いて感心します。
もしかして気圧を調整して、音の大きさを変えているんでしょうか。
『まずは開会の挨拶。学院長、お願い致します』
皆が注目する中、闘技場の中央に学院長が進み出ます。
真っ直ぐに伸びた背中。
全校生徒が見ているにも拘らず、まったく物怖じしてません。
『皆さん、おはようございます。本日は天気にも恵まれ、雲一つない青空が広がっており、絶好の“戦い日和”です。
本来、私達『タリアの乙女』が闘うべき相手は人に仇なす魔獣。
当学院はその魔獣討伐という使命を帯びた、未熟な者を育てるための場所です。
しかしこの大会に限っては、これまでに培った技術を全て『タリアの乙女』同士の戦いに注いで頂きます。
私は、皆がこの大会で強くなることを望みます。
今年初出場の『乙女』は余すことなく己の実力を発揮すること。以前にも出場したことのある『乙女』は更に高みへ。そして観戦している生徒も、ここで闘う『乙女』の強さを十分に感じ取って欲しい。
これからの五日間。皆さんが『タリアの乙女』として、恥ずかしくない戦いをすることを期待しています』
学院長はそこで一旦区切ると、目を閉じてます。
そして、
『汝、力を発現し/汝、力を発現し』
学院長が口にするのは、『乙女』の術の詠唱です。
『絶対なる零度にて/灼熱の業火にて』
しかし、これは始めて聞く独得な詠唱方法で、普通の詠唱とは異なり文言が二重に聞こえます。
『時さえ凍らせ/生命すら燃やし』
そして学院長の周囲に、目に見えるほど魔力が集まるのを感じます。
『何もかもを停止させよ!/全てを灰塵に帰せよ!』
学院長が詠唱を終えると、その遙か頭上に10数メートルはある巨大な氷塊と炎渦が、同時に現れます。
そして二つが衝突し、派手な爆発音と衝撃が私達に届きます!
「――っ!?」
私は、咄嗟に両手で顔を覆います。
やがて衝撃が去ったのか、私が顔を上げると、周囲の生徒も同じ様に顔を上げて目を見開いています。
空からは、キラキラとした水の雫が降り注ぎ、その美しさに瞠目します。
『ここに、『乙女練武祭』の開催を宣言致します!』
学院長の締めの言葉。
盛大な拍手と歓声の中、『乙女練武祭』は始まりました。
火炎と氷……メ○ローアが出来るのか!?




