第八十五話
私の部屋に、新しい同居人が増えた。
その同居人の名前はノノ。
小さくて可愛らしい少女だ。
ノノが部屋に来た時、私は心の中で緊張していた。
久しぶりのルームメイト。私の世話焼きがうずうずとしている。
だからつい「真ん中のベッドが空いているから……」とぶっきらぼうに言った後、もっとしっかり説明すれば良かったと後悔していた。
私は自分のベッドの上で本を読みながら、気付かれない様にノノを観察する。
綺麗な子。昔のハルカみたいだ。もしかしたらノノも貴族かもしれない。
だから貴族とはかけ離れたここでの生活に慣れるには時間が掛かると思い、何か困った事が発生して、私に声を掛けてくるのを期待していた。
しかし私の予想に反して、テキパキと荷物の荷解きをするノノ。
その様子から、見かけの割りにしっかりしているのが見て取れて、私は少しだけがっかりした。
荷解きが終わった後も何か考え事をしている様子で、私から声を掛けるのを躊躇ってしまった。
なんとかノノに声を掛けると、一緒に大浴場に向かった。
大浴場に着いた時から、ノノはキョロキョロと周りを見て、何となく落ち着かない様子だ。
私が脱衣所で服を脱ぐと、ノノも倣うように服を脱ぎ始めた。
もしかしたら一人でお風呂に入った経験が無いのでは?私はそう思った。
そして浴場でお湯を浴びたまま、固まるノノを見た時、私の予感は確信へと変わった。
気付いた時にはノノを呼んで、小さい頃にハルカの身体を洗ったときにみたいに、ノノの身体を洗い始めていた。
始めの内こそノノは抵抗していたが、やがて何か叫ぶと後は大人しくなった。
お風呂から上がった時、私は久しぶりに心地良い達成感を得ていた。
その後でノノが貴族ではないと知り、ノノに怒られたのだが、お詫びに石鹸を渡したら許してくれた。
そしてノノにあの言葉を言われた。
「これからはミノリさんの事を『姉様』と呼んでいいですか?」
どういう意図でノノがそう聞いてきたかは分からなない。
しかし私はもう一度だけ「お姉様」と呼ばれたかったから、気付いた時には首を縦に振っていた。
「ありがとうございます!ミノリ姉様」
私を呼ぶその姿が、一瞬だけ昔のハルカの姿に重なって見えた。
しかしすぐにそれは消え去り、目の前にはノノが残る。
ハルカに対して後ろめたさを感じてはいたが、「姉様」と呼ばれて嬉しいという自分の気持ちは偽れなかった。
そして私の前で楽しそうにするノノの姿に、私の心も弾んでいた。
だから今度こそは、何があっても「お姉様」でいようと、固く心の中で思った。
それなのに昨日、ノノに「ミノリ先輩」と呼ばれた時には、動揺して冷静ではいられなかった。
結果、ハルカがノノに何かしたと決め付けてしまったが、よくよく考えればハルカがノノに危害を加えるとは思えなかった。
だからきっと何か私の知らない事情があるんだ。
(そのことを知るために、私はノノとしっかりと話をしなくてはいけない)
私がそう決意した時には、寮の四階までの階段を上りきった所だった。
ノノが寝ているかもしれないから、音を立てない様に静かに部屋の前まで行くが、
「――!!」
部屋の中からは、何か言い争う様な声と、ドタバタと騒いでいる音が聞こえる。
この声はノノ……ともう一人誰か居る。
誰だろう?ノノは休んでいる筈なのに…・・・?
私は心配しつつ、そーっと部屋の扉を開けて顔を覗かせると、そこには――
ベッドの上で、自分より大きな少女を押し倒すノノの姿があった。
(……うん。元気そうで良かった)
私は安心した。
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――時を午前まで遡ります。
ユカリから一通りのあらましを聞いた私は、寮の自室に戻ることにしました。
そろそろ午前の授業も終わる時間のため、今居る空き教室に誰か来るかもしれません。
「それじゃ私は部屋に戻ります」
「もう少し、僕に付き合ってくれてもいいんじゃないかな?」
私を引き止めるユカリ。
折角、ユカリとも友達になれたので、私ももう少し話をしたいとは思います。
しかし一応、私は気分が優れないので寮の部屋に戻っている事になっているため、寮に誰か来たら困ってしまいます。
「いえ本来であれば、私は寮の部屋で寝ていることになっているので……」
「それならノノの部屋で話をすればいい」
良いことを思い付いたとばかりのユカリ。
寮に戻っても特にやる事も無いため、ユカリとお喋りをするのもありかもしれません。
しかしミノリに断りも入れずに、ユカリを部屋に入れるをはちょっと……。
「大丈夫さ。実はノノが来る前に、何度かノノの部屋には行ったことがあるんだよ」
渋る私に、ユカリが声を掛けます。
「うーん……少しだけですよ」
こうしてユカリの頼みを断れなかった私は、ユカリと共に寮の部屋に向かいました。
そして――
「お邪魔します」
「そうぞ、適当にくつろいで下さい」
私の言葉を聞いたユカリは、真ん中のベッドに腰掛けます。
……どうして真っ直ぐに、私のベッドに腰掛けたのでしょうか?
いえ、さっき部屋に来たことがあるって言っていましたので、きっと空いているベッドを覚えていたのでしょう。
ユカリの隣に座るのに何か危険を感じた私は、机の方の椅子に腰掛けます。
「綺麗に片付いてるね」
「何を期待しているんですか?」
「何って、色々だよ」
そのままベッドに倒れて、うつ伏せになるユカリ。
そして枕に顔を埋めて一言。
「フガフガ……ノノの良い匂いがする」
「――今すぐ止めないと、窓の外にぶっ飛ばしますよ」
私の言葉に、慌てて身体を起こすユカリ。
「ハハハ、やだなー冗談だよ、冗談!」
笑って誤魔化そうとするユカリ。
私は早くもユカリを部屋に招いたのを、後悔しています。
まったく油断も隙もありませんね。
「ところで、ユカリはこの部屋に来たことがあるって言っていましたが、どういう経緯なのですか?」
「あぁ、それならノノやミノリとは別に、この部屋に住んでいるもう一人の娘とは友人でね。今は学院には居ないんだけど、それまで何度か遊びに来たことがあるんだよ」
「なるほど」
私は使われていないベッドの方を見ます。
この部屋のもう一人の住人はユカリの友人だと判別しました。
ユカリと気が合うのですから、変な娘じゃなければ良いのですが。
「その娘は今――って何やっているんですか!?」
気が付けばユカリは、その手に白い布切れ――私の下着を広げていました。
「いや、開けたら入っていたんだ」
ユカリはベッドの下の収納を指差します。
「だからって、取り出す必要はないでしょう!返して下さいっ!」
椅子から立ち上がり、ユカリから下着を取り返そうとします。
しかしユカリも立ち上がり下着を頭上に掲げたため、私の身長では手が届きません。
「ノノ」
「何ですか!?」
私はぴょんぴょんと跳ねますが、ユカリは手を動かして下着をジャンプの軌道上から反らします。
くっ!そういえば今思い出しましたが、最初に会った時に取られた下着はどうなったのでしょうか?
「ノノには白ばっかりではなく、他の色も似合うと思うよ」
「余計なお世話ですっ!」
その言葉に頭に来た私は、ユカリのボディに一発お見舞いします。
「――ぐふっ」
ユカリの腕が下がります。
(今なら届きます!)
私は跳躍しユカリから下着を取り返すことに成功しますが、勢い余ってそのままユカリを巻き込んで、ベッドに倒れ込んでしまいます。
「痛てて、まさかノノの方から抱き付いてくるなんて……優しくしてくれよ」
「しませんっ!誰のせいですか!」
私は身体を起こそうとします。
今の体勢は、私の両手がそれぞれユカリの顔の横。右膝がユカリの足の間にあります。
これでは第三者が見た時に、私がユカリを押し倒した風に見えなくもありません。
もしも誰かに見られたら、またあらぬ誤解を招いてしまいます。
しかし、
ガチャ、キィ……。
扉の開く音に首を回すと、そこには心配そうに顔を覗かせているミノリの姿がありました。
(しまった!ミノリに見られてしまいました)
しかし「これは誤解です」と口にするより先に、ミノリは私と視線が合うと安心した表情になります。
「えぇっ!?何でほっとしているのですか!?」
クンカクンカ……スーハースーハー!
どうしてもこの面子だと、ノノがツッコミ役になってしまう。




