第八十二話
ユカリの提案を断った私。
「理由を聞いてもいいかな?」
「勿論です」
私はユカリに答えます。
「確かにユカリの提案は魅力的です。ユカリと……仲良くなるだけで、今の状況が改善するのですから」
むしろ楽に解決するためには、ありがたい位です。
「しかし、そもそもユカリの言っている事が真実だとは限らない訳です。むしろ今朝の事を知っている分、私を騙そうとしているのではと疑わしくも思います」
「それに関しては、僕を信じてもらうしかないね」
首を振るユカリ。
「まぁ、さっきの話を聞く限り、十中八九は本当の事を言っていると思っていますが……」
「ならどうして?もしかして僕の事が嫌いなのかい?」
「別に嫌いではありませんよ」
危険人物だとは思っていますが。
それにその欲望に忠実な姿は、ある意味で尊敬できます。
「私が断った理由は一つです。私が私であるためにです」
「それは?」
首を傾げるユカリ。
「ユカリがこの学院に来たのは何故ですか?『乙女』になるためですか?」
「勿論『乙女』になって、ずっと女の子と一緒に居たいからだよ」
胸を張るユカリ。
私はその正直な答えに苦笑します。
「私も『乙女』になるためです。そして信念があります。守られるだけの自分ではなくて、誰かを守れる力を手に入れることです」
更に根っこの部分には、ナナと一緒に居たいからという理由がありますが、これは言わなくても良いでしょう。
「ですからユカリの提案を受けた場合、ユカリに全て頼り切ることになります。しかしそれは、ユカリに守られているのと変わらないことだと思います。それでは駄目なのです。私は、守られるだけの存在になるつもりはありません」
それにこんな事も自分の力で解決出来ない様では、ナナやセンリに顔向けが出来ません。
「ですから今回の件は、自分の力で解決します。申し訳ありません」
「謝ることじゃないよ。でもそうか、それじゃ仕方ないね」
少し寂しそうなユカリ。
そんなユカリに私は言います。
「ですがユカリのお陰で、私は救われました。こんな自分にも、手を差し伸べてくれる人が居るのだと。ですから――」
そう、ユカリは凍りつきそうだった私の心に、暖かい風を吹かせてくれました。
「ありがとうございます」
感謝の気持ちを込めた言葉をユカリに送ります。
それを聞いたユカリはしばらく固まっていましたが、
「……いや。どういたしまして」
やがて言葉を受け取りました。
「それで、ノノはこれからどうするんだい?」
「どうとは?」
「上級生からは目の敵にされ、同級生からはいじめられる今の状況をどう解決するってことさ」
「まさか心配してくれるのですか?」
「僕は優しいからね。それに僕の提案を断ったんだ。気にもなるさ」
ユカリの疑問。
確かに全校生徒が敵であるならば、私一人の力で今回の件を解決するのは難しいでしょう。
しかしユカリと出会えたことにより、あることを思い付きました。
「それでしたら一つ考えがあります。ユカリ、私の友達になりませんか?」
私の言葉に不可解な顔をするユカリ。
「僕の提案は、さっき君が断ったじゃないか」
「それはそれ、これはこれです。ユカリと友達になることとは関係ありません。それとも、ユカリは自分が助けた相手しか友達になれないのですか?」
「そんな事は無いさ」
ユカリはややムッとして答えます
しかし何かに気付いたのか、その顔がおもしろいものを見つけた様な表情になります。
「仮にノノと友達になったとして、友達になった僕は何をすればいいのかな?」
「私に手を貸して下さい」
「具体的には?」
「私への情報提供です」
私が今回の件について、今一番欲している物は情報です。
現状の状態が性格に把握できていないのに、物事を解決に導くことなんて出来ないでしょう。
そんなところこに、ふらっと現れたのがユカリという好機です。
ユカリの提案――ユカリに全て任せるのであれば、私の信念が許しません。しかし助力であれば素直に受け入れられます。
ユカリの情報があれば、今回の件について解決の助けになると私は考えます。
「成程。しかしそれなら友達になる必要はないんじゃないか?」
「そうでない場合は対価が必要になります。ユカリが無償で働くのではない限りですが。しかし私にはユカリに支払える対価を持っていません」
勿論、身体を要求されても払うつもりはありません。
「ですが先程、友達になれば助けてくれると言ったのはユカリです。もちろん友達だからといって、助けられるのが当然だと思っていません。ユカリが困った事があれば、私に出来る範囲で手をお貸しします。それにユカリとの関係をただのギブアンドテイクのままで終わらせるのが勿体無いと、私は思っています。つまり――」
一旦区切り、再び喋り出します。
「私はユカリの事、結構好きです。ですから純粋に友達になりたいと思っています」
うん。青春しているな私。
結構、恥ずかしい事を言っているとは思いますが、これは本音ですから仕方ありません。
ユカリの様子を窺うと、ユカリも照れているのか少し頬に赤みが差しています。
「ノノ」
ユカリは私の肩に手を置きます。
「何ですか?」
「友達ではなくて、僕の恋人にならないかい?」
(……!?)
「何を言ってるのですか!?」
「僕は本気だよ」
「尚更、たちが悪いです!それにさっき逃げていった娘とかは恋人ではないのですか?」
私は、肩に乗った手を払いのけます。
「残念ながら、彼女達は友達ではあっても恋人ではないよ。だからどうだい?」
再び手を私の肩に手を乗せるユカリ。
えーと、ユカリの友達になりたいと言ったら、恋人になって欲しいと告白されました。
どうしましょう……。
「大体、どうして私なんですか?」
とりあえず理由を聞きます。
自分で言うのも何ですが、友達居ないし、胸も小さいチンチクリンですし。
恋人にしたい様な相手では無いと思うのですが。
「やっぱり一目惚れかな。最初にノノを見た時に、普段は小さい子を対象にしない筈の僕の食指が動いたんだ。そして今日話して、それが間違いでない事を確認した。ノノと一緒に居ると、何かおもしろい事が待っている予感がする。だから僕はノノが好きだ!僕の恋人として傍に居て欲しい!」
真剣な表情で語るユカリ。
正直な所、ユカリの好意は嬉しいです。
なんといっても初めて告白されたのですから。
しかし今の自分は女の子であるため、さすがに少しびっくりしています。
百合百合な関係についてはやっぱり……いえ、中身が男だから問題ないような気もしてきました。
ですが、
「あ、あの好意は嬉しいのですが、ユカリのことを恋人としては見れないので、……ごめんなさい!」
私はユカリの告白を断ります。
ユカリの事は好きですが、あくまで友達としてです。
やっぱりそれ以上の関係については、今はまだ考えられません。
「……分かった。今は友達で十分だよ。しかし、ゆくゆくは絆を深めて恋人になろうじゃないか!」
ポジティブなユカリ。
なんだか否定するのも悪い様な気がしてきました。
「えーと、とりあえずよろしくお願いします」
私は肩に置かれたユカリの手を取り、握手をします。
「こちらこそ」
ユカリも私の手を握り返してきます。
こうして私に、学院での友達一号が出来ました。
「それから、身体が疼く夜はいつでも呼んでくれて構わないからね。すぐにその寂しさを埋めてあげるから」
……少し変態的な友達ですが。




