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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第四章
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第七十九話

 一難去って、また一難。

 食堂の入り口で睨み合う、ミノリとハルカ。

 そしてその脇に居る私。位置的に三人で三角形を描いています。

 私は二人の胸元を見ます。

 ミノリは170センチという身長の割りに、胸はそこまで大きくありません。平均より少し小さい位でしょうか?

 対するハルカの胸は、ミノリよりやや大きく見えます。つまりハルカの方が胸のサイズは大きい、うらやまし……ではなくって!

 ミノリの胸元には桃色のタイ。ハルカの胸元には青いタイが確認できます。

 このことから、二人は同学年ではないと思われます。


(一体、この二人はどういう関係なのでしょうか?)


 そんなことを思っていると、立ち止まる私達に他の生徒も立ち止まり始めます。

 この食堂は校舎に隣接していて、出入り口は校舎側と寮へと続く側の二箇所あります。

 そして今は昼休みの時間帯。

 午後は訓練があるため、寮側の出入り口を使う生徒は少なく、昼食を食べ終わった生徒もこれから食べようとする生徒も、皆がここ――校舎側の出入り口を利用します。

 その上、ミノリとハルカはどちらも目立つ存在です。

 片や雪の様に真っ白い髪を持つ、薄幸の美少女。

 片や燃える様な真紅の髪を持つ、深窓の美少女。

 結果――


「どうかしたのかしら?」

「『白』様と『紅光の君』が何か言い争っていますわ」

「あの銀髪の娘は確か……」


 ざわざわと生徒達が集まり出して、私達を囲って遠巻きに輪が出来上がります。

 『白』がミノリのことなので、『紅光の君』ってハルカのことで間違いないでしょう。

 しかも二人だけでなく、私まで目立っていますよね、これ!

 しかし当の二人は相対に熱中していて、周りがまったく見えていない模様です。


「どうして二人が一緒に……ハルカ、ノノに何かした?」

「はぁ?見当違いも甚だしいですわ。むしろ貴女のせいで、この娘も迷惑している位ですわ。先程だって……」

「何のこと――」

「――そうですわ、いい事を思いつきましたわ!」


 ミノリの言葉を遮るハルカ。

 そして私の手を引き寄せると、そのままハルカが私の背後に回る形になり、私の両の肩に手を置きます。

 すると周りのギャラリーが、ざわざわと反応します。

 しかしそんな事はお構いなしに、ハルカは喋ります。


「ノノさん……でしたわよね?」

「は、はい」

「貴女、私の部屋に引っ越してきなさい。丁度、私の部屋もベッドが一つ空いてますわ」

「……へ?」


 ハルカの突然の申し込みに、私は困惑します。

 そもそも、寮の部屋を勝手に引っ越して良いものなのでしょうか?


「でも……」


 私はミノリの方を見ます。

 折角ミノリとも仲良くなれたのに、そんなすぐにさよならなんて出来ません。


「貴女がミノリさんの手篭めにされたのは同情しますわ。でもだからって、何時までもミノリさんの言いなりになっている必要はありませんわ」


(――ですからそれは誤解ですっ!!)


 否定するために口を開こうとしますが、ハルカは「それに――」と続けます。


「私と一緒に居れば、ミノリを慕う娘達のような他の生徒からも貴女を守ってあげられますわ」


 私にしか聞こえない声で呟くハルカ。

 確かに平穏な学院生活を満喫したいのであれば、とても魅力的な案だと思います。

 しかし――


「……駄目」


 いつの間にか、私の左手を取っているミノリ。


「私は……例え『姉様』と呼ばれなくなっても、今度こそずっと『お姉さん』でいたいから……だからノノとは一緒に居たい!」


 ミノリは、私を引っ張ってハルカから引き離すとぎゅっと抱きしめます。

 そしてそれに呼応する様に、周囲の生徒も更にざわつきます。

 そんな中、私は気付きます。

 もしかしてミノリは、私が『ミノリ姉様』と呼ばなかったから、何かあったと心配しているのでは?


(……何て過保護な!)


 心の中でつっこみます。

 普通、それ位で気付きますか?……まぁ嬉しくなくは、ないですけど。

 しかし気になることがあります。

 ミノリは、「今度こそ」と口にしました。となると、ミノリの過去に何かあったのでしょう。


「――っ!?……今更っ!それでも決めるのは、その娘よ!」


 ハルカは私を指差します。

 ミノリは抱きしめていた私を、一旦離します。

 二人が私を見つめて、言葉を待っています。

 周囲の生徒も、固唾を呑むかのように静まりかえっています。……というか、人が増えすぎです!

 いつの間にか、食堂に居たであろう大半の生徒が集まっているではないですか!?

 この中で何か言うのは、今更ですけど目立つので嫌です。

 しかし、皆が私の答えを待っています。状況が、何か、何かを言わざるを得ません。

 私は緊張で、唾を飲み込みます。


「私は――」


 そして続きを告げようとしたその時、


 ゴォーン、ゴォーンと鐘の音が鳴り響きます。


「――あっ!」


 この場に居た誰もが、同じ声を上げます。

 これって、午後の訓練開始の合図では……?

 慌てた生徒達は、校舎の中に引っ込んでいきます。


「――仕方ありませんわ。この答えはいずれ聞かせて頂きますわ、ノノさん」

「はい」

「私はいつでも待っていますわ」


 ハルカはそうい言い残すと、他の生徒と同じように移動します。


(私はどうすれば!?)


 うっかりしていました。

 そういえばナナシ先生から、午後の訓練ではAクラスという事までは聞きましたが、何処に行けばいいのかを確認していませんでした。

 すると、私の手をミノリが引っ張ります。


「ノノはこっち」


 そのままミノリに連れて行かれる私。


「実は、ノノが来るの、待っていた」


 ミノリは走りながら喋ります。


「私、も、Aクラス」

「そう、だったの、ですか」


 そしてとある教室まで辿り着くと、扉を開けて中に入ります。


「すいません、遅れましたっ!」

「おう、遅かったな」

「ミコ先生!?」


 中で待っていたのは、ミコ先生です。

 どうやら、Aクラスの担当教師はミコ先生みたいです。

 教室内には、私達以外に8人の生徒が居ます。

 その内3人は席に着いており、5人は背筋を伸ばして直立不動の体勢です。

 そして立っている生徒の中には、先程まで一緒に居たハルカの姿もあります。

 ハルカと目が合うと、互いに少し気まずい顔をします。……まぁ、こんなにすぐ再会するとは思いませんですよね


「ノノー、初日から遅刻とはいい身分だな?」

「す、すいません」


 そしてミコ先生はミノリに向き合うと、


「ミノリ、連れて来いとは言ったが、遅れていいなんて一言も言ってないぞ」

「……すいません」


 謝るミノリ。


「さて、全員揃ったので訓練を開始しようかと思う……が、今日に限ってどうしてこんなに遅刻者が多いんだっ!!」


 ミコ先生は、教室の前方にある黒板をバンッと叩きます。

 どうやら立たされている生徒は皆、遅刻した模様です。


「お前ら、Aクラスの生徒がこんなんじゃ、他の生徒に示しが付かねーだろ。罰として、全員着替えて学院の周囲を走り込みだっ!」


 ミコ先生は額に青筋を浮かべています。

 どうやら、相当お怒りの模様です。


「日が沈むまで、ずっと走らせるからな。あと仮契約するの禁止な」


 その言葉に、「えー」と不満の声が上がりますが、ミコ先生の一睨みで静かになります。


「ノノ、お前の分の運動着はこいつだ」


 ミコ先生は何か詰まった袋を投げ付けます。

 慌てて受け取る私。


「それじゃ、早く着替えて正門に集合。一番最後に来た奴には、追加でもう10周は走り込んで貰うからな」


 その声に、皆が教室を出て更衣室にダッシュします。

 私も、ミノリと共に急ぎます。


 この日、ほぼ全ての生徒が学院の周囲を走り込んでいたとか。



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