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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第四章
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第七十五話

 校舎にある会議室の一つ。

 ミコ先生が席に着くのを確認すると、私は喋り出します。


「それでは全員揃いましたので、臨時の会議を始めたいと思います。本会議の進行は私こと、カオリ・パヴィーアが務めさせて頂きます。よろしくお願いします」


 私は軽く頭を下げると、周りの面子を見ます。

 出席者は、私を含めて5名。

 当学院の長を務める、キクナ・ミラノ学院長。

 Aクラスの担当講師である、ミコ・レッジョ・ディ・カラブリア

 Bクラスの担当講師である、マキコ・アレッツォ。

 Fクラスの担当講師と一年の学年主任である、ナナシ・オリスターノ。

 そして最後に、学院長補佐を務める私。


「本日の議題は、転入生であるノノさんの所属クラスの決定についてです」


 そうここに居るのは、闘技場で行われたノノとミコ先生の模擬戦の場に居合わせた人達です。

 そして集まったのは、ノノをどのクラスに入れるかを話し合うためです。


「まず、意見のある人は居ますか?」

「――Aクラスだ」


 一番最初に口を開いたのは、ミコ先生です。

 全員が注目する中、ミコ先生は続けます。


「ここに居る全員はノノの実力をしっかりと目に焼き付けた筈だ。最初の一本は、私が舐めていたから取られた一本かもしれねぇ。それでも私が遅れを取ったのは事実だ。そしてそれ以後での戦闘でも、ノノはしっかりと着いて来た。私の全力にだ。最初のように一本こそ取られなかったが、こっちも幾つか痛いのを貰っている。実力的にAクラス以外は考えられねぇだろ」


 そしてもうこれ以上は言う事は無い、とばかりにミコ先生は腕を組みます。

 Aクラスは7つあるクラスの最上位。生徒の中でも、顕現や術のレベルが高く、かつ戦闘能力の飛び抜けた生徒達が集まるクラスです。

 確かにノノの実力を考えると、Aクラスが相応しいかと私も思います。


「他に意見はありませんか?」


 私は周りを見ます。

 すると、一人の手が上がります。


「どうぞ、マキコ先生」


 挙手をしたのは、大柄な体格をした女性――マキコ先生です。

 彼女の身長は2メートル近くあり、鍛えられた身体には無駄な脂肪は一切無く、分厚い筋肉に覆われています。

 それでいて格闘戦よりも術の方が得意で、かつ理知的な話し方をするのですから、見た目と中身のギャップはかなり乖離しています。


「ミコ先生の仰る通り、確かにノノ君は『娘』との契約速度、肉体強化や武器顕現の錬度、術の威力や精度。そして高い戦闘能力とセンスを持っています。若干、使える術の種類が少ないのが気になりますが、それでも現時点でAクラスでも遜色のない実力を持っていると言えるでしょう」


 マキコ先生の言葉に、皆が頷きます。


「しかし上位クラスへの配属は反対です。最初から上位のクラスに入った場合、下位のクラスにて学習するであろう知識や基礎技術を身に付けないまま、既存の能力だけを高める可能性があります。幸い彼女はまだ一年生です。下位のクラスから始めた方が、『乙女』としての幅も広がるため、本人にとっても良いのではないでしょうか?」


 マキコ先生は周囲を見渡し、最後にミコ先生に視線を移します。

 ミコ先生もその視線を受け止めたため、二人は睨み合う形となります。

 実はこの二人、いつもこのように意見が真っ二つに別れるのです。まるで事前に、二人で打ち合わせをしているのではないかと疑うくらいに。


「私からもよいでしょうか?」


 続いて挙手をしたのは、ナナシ先生。

 彼女は、いつもニコニコと微笑みを絶やす事のない教師です。

 しかしそれ故に何を考えているか分からないため、私は少し苦手でもあります。


「ナナシ先生、どうぞ」

「はい」


 ナナシ先生は微笑みながら発言します。


「私もマキコ先生の意見に賛成で、ノノさんは下位のクラスに配属した方が良いかと思います。理由はマキコ先生が述べた通りですが、もう一つだけ付け加えます。それは他の生徒の反発を招く恐れがあることです」


 そのまま続けます。


「現在のクラス分布は、1~2年がE、Fクラス、3~4年がDクラス、5~6年がCクラスに大半の生徒が所属していいます。この中で彼女をAクラスに配属した場合、他の生徒達が納得せずに顰蹙を買う恐れがあります。またそうでなくても、やる気や自信を失う生徒が出てくる可能性もあります」

「だがノノ君なら、すぐにクラスが上がると私は考えています。そうなった場合、結局他の生徒からは不満が出るのではないでしょうか?」


 ナナシ先生の意見に疑問を投げかけたのは、マキコ先生です。


「そうなった場合は、仕方がないでしょう。ただし上位のクラスに比べると、同じクラスで実力がはっきりと確認できる分、納得のいく生徒も多いと考えます」

「ふむ……そういう事ですか」


 頷くマキコ先生。

 各クラス毎の訓練は、基本的に別々に行います。

 そのため下位クラスの生徒で、自分より上位のクラスとの実力差を、正確に把握している者は少ないです。


「ではマキコ先生とナナシ先生は、ノノさんの技術習得と他生徒への影響さえなんとかなれば、上位クラスでも問題ないという認識で合っていますか?」


 私が確認すると、二人は頷きます。

 どうやら齟齬は無いようです。


「では、こういう案はどうでしょか?ノノさんをAクラスに配属し、訓練には他のAクラスの生徒を付ける。そして下位のクラスで学ぶ事をその生徒に教えさせれば、技術習得の漏れは無くなります」


 私はマキコ先生を見ます。


「そして他生徒への影響ですが、しばらくの間はこれは割り切ってしまいましょう。ただしノノさんの実力を示す必要はあると考えるため、来月に開かれる『乙女練武祭』に参加して頂きます」


 私の意見を聞いて、三者三様の笑みが返って来ます。

 不敵な笑みを浮かべるミコ先生。

 興味深そうに笑うマキコ先生。

 相変わらずニコニコしているナナシ先生。

 『乙女練武祭』とは、学院の生徒達の日々の研鑽の成果を発表するために、生徒同士が闘い合う大会の事です。

 大会の参加資格を持つのはCクラス以上の生徒ですが、全生徒が観戦するため、ノノの実力を示すにはうってつけの機会です。


「御二人共、如何ですか?」

「私の方は問題ないですね」

「私も異論はありません」


 二人はノノの実力を認めてはいるのですが、他の要素がネックになっていました。

 ですのでその問題さえ解決できれば、Aクラスに配属というミコ先生の意見に反対する理由は無くなります。


「ミコ先生はどうですか?」

「あぁ、問題ないぜ」


 さて、これでノノさんの配属先はAクラスということで、思ったよりもすんなりと決まりかけた矢先――


「よろしいかしら?」


 これまで沈黙を保ってきた学院長が口を開きます。


「学院長、何でしょうか?」


 他の三人も学院長に注目します。


わたくしもノノさんのAクラス配属については、異論はありませんわ。ただし――」


 そこで言葉を一旦切ると、学院長は私達を見渡してから続きを告げます。


「ノノさんは、将来的にはSクラスに移動させようと考えていますの」


 その言葉に、ここにいた誰もが何故?と疑問を浮かべます。


 Sクラス――それは学院内でも特殊な生徒を集めたクラスです。

 契約する『娘』が膨大な力を持っており、それを制御できない生徒。

 健康上の理由から日常生活に支障をきたしている生徒。

 能力は高いが、人格に問題のある生徒。等々。

 そんな一癖も二癖もある生徒のいるクラスに、一体どうしてノノが?


「今から話す内容は、くれぐれも他の人には話さない様にお願いします。それでももし守れないという方は、今すぐ退出して頂いて構いません」


 学院長はそういって少しだけ待ちますが、席を立つ者は居ません。

 当然です。

 ノノのSクラス移動。皆がそれに納得の行く説明を聞きたいからです。


「よろしいですわ。さて皆さんは、先のノノさんとミコ先生の模擬戦を見て疑問を抱きませんでしたか?ノノさんが10歳という年齢にも関わらず、『乙女』として高い能力を持つ事に」


 確かに、ノノの能力は10歳にしては飛び抜けています。

 それに私は知っています。学力測定で3年生の修了試験で満点に近い点数を出したことを。


「その答えが、前述のSクラスへの移動の理由でもありますわ」


 そして、学院長は告げました。


「ノノさん――彼女は、『タリア』と直接契約を結んでいます」

「――!?」


 まさか!?

 いえ、確かに直接契約を結んでいるのであれば、ノノの高い能力にも納得がいきます。

 『乙女』史上、直接契約を結んだ『乙女』は僅か数人。

 そしてその誰もが優秀で、他の『乙女』が敵わないほどの能力を持っていました。

 しかしそれは――。


「――それが本当であるのならっ!!」


 声を上げたのはナナシ先生です。

 この時ばかりは、いつもの笑顔が消えていました。


「……いえ、失礼しました」


 しかしすぐに自分が声を荒立てた事に気付き、そのまま黙り込んでしまいます。

 私はナナシ先生が同様するのも分かります。


 直接契約をした『乙女』が有名であるのは、理由があります。

 彼女達にはこれまで、その高い能力を存分に発揮する機会があったのです。

 そしてその機会はいつも、歴史に刻まれるような大きな災いや事件の渦中でした。

 つまりノノも、いずれ大きな事件に巻き込まれるもの。そう考えられます。

 他の先生方の顔を見渡すと、同じ事を考えているのか皆、難しい顔をしています。


「もう一度言いますわ、彼女は特別です。ですから、くれぐれも扱いには注意をして下さい。私からは以上ですわ。カオリ」


 そして学院長は私を見ます。


「そ、それではこれで、臨時の会議を終了致します。お疲れ様でした」


 こうして私達の動揺が収まらないうちに、会議は終了しました。



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