第七十話
(凄い体験をしてしまった……)
結局、ミノリに全身を洗われてしまいました。
そうれはもう、髪の毛の先から足の指の間まで隈なくとです。
私も最初の内は抵抗を続けていましたが、脇の下や脇腹などの弱点を付かれてぐったりとして、最後はミノリのなすがままでした。
(女の子同士では、洗いっことか普通なのでしょうか?)
まぁ、私は一方的に洗われた方ですが。
今、私が居るのは脱衣所です。
隣では、お風呂上がりの濡れた身体を拭くミノリがいます。
雪のようだった白い肌はほんのりと上気し、桜色に染まっていて凄く色っぽいです。
「あの、どうして私の身体を洗ったのですか?」
私はミノリに訊きます。
するとミノリは、
「困っていたから、お風呂の入り方が分からないと思った」
あっけらかんと答えます。
……えと、つまり石鹸が切れて困っている私を、入浴の仕方が分からないから困っていると勘違いして代わりに身体を洗ったという事ですか!
「あれは石鹸が切れて困っていたのです。ちなみにどうしてそう思ったのですか?」
「綺麗だから、もしかしたら貴族かなって」
ミノリは私を指差します。
(……へ?私が……綺麗?)
うーん。まぁ綺麗云々は置いておいて、確かに貴族であれば身の回りの世話を使用人がするので、一人でお風呂に入れないのかもしれません。
しかし、
「私は貴族ではありません。それに小さい子でもないので、一人でお風呂にだって入れます」
私がそう言うと、ミノリは私の頭に手を置きます。
「……小さい」
「うぐっ!」
私は言葉に詰まります。
自覚はありますが、私は同年代の子供に比べて小さいほうです。
……別に気にしてないもん!その内、大きくなるんだいっ!
しかもミノリはそのまま、私の頭を撫でます。
明らかに、小さい子扱いですね。
「とにかくっ!次回からは気を付けて下さいっ!」
まぁ何か悪意があってやったことではないので、これ以上怒るのも気が引けますし。
それにミノリのお陰で、湯船に浸かる事ができたのは事実ですから。
私は、はぁと溜息を付きます。
するとミノリは私の頭から手を退かすと、
「あげる」
と何かを手渡してきます。
私が受け取ったのは、ミノリが使用していた石鹸です。
「えと……いいのですか?」
「お詫びのしるし。ごめん」
ミノリは謝ります。
この石鹸。私の使っていた石鹸より泡立ちが良くていい香りがするため、実は気になっていたのです。
使用済みとはいえまさか頂けるなんて、嬉しいです。
「ありがとうごさいます!大事に使います!ミノリさん……」
お礼を述べた後、私はふとある事を思い出します。
『学部では先輩の『乙女』に対して、『お姉様』と呼ぶ慣習があるの』
確かコノカが言っていた言葉です。
「あの、これからはミノリさんの事を『姉様』と呼んでいいですか?」
私が確認をすると、ミノリは少しの間きょとんとしていましたが、やがてこくんと頷きます。
「ありがとうございます!ミノリ姉様。あ、私の事も好きに呼んで下さい」
「……ノノ」
「はいっ!」
やっぱりミノリは悪い人ではないみたいです。
「そういえば私達の他にも何人かが入浴していた筈ですが、いつの間にか居なくなっていますね。どこに行ったのでしょうか?」
私は脱衣所を見渡します。
ミノリに身体を洗われている時、何人かがそそくさと浴場を出て行くのが視界の隅で見えていました。
「この時間帯は食事に行く娘が多いから、浴場は結構空いている」
ミノリが教えてくれます。
でも私達以外に誰も居ないのは、空いているってレベルではないと思うのですが……気のせいでしょう?
「少ししたら、私達も食べに行く」
「あ、はい」
私達は休憩所で少し休むと、今度は食堂に行って晩御飯を頂きました。
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寮の部屋の窓を開けると、夜気を感じます。もうすぐ夏とはいえ、まだ少し寒いです。
私は、半ば日課となりつつある夜空の星を眺めます。
(やっぱり綺麗だなー)
星を見る度にナナの事を思い出します。
ナナは元気でしょうか?私と同じ様に、こうして星を見ているのでしょうか?
私は、今日は色々……本当に色々あって疲れました。
まず街中でハルカにぶつかって、双子に因縁をつけられました。
えーと、他の人たちの印象が強かったせいで、黒い下着しか思い出せませんね。
それから道に迷い、ユカリに宿に連れ込まれて襲われました。
何とか逃げ出す事には成功したものの、失った物――パンツは大きいです。
……思い出すと背筋がぞっとします。この話はこれ以上はやめておきましょう。
学院に着いてからは、キクナ学院長と話をして、気絶しそうになるほど抱きしめられました。
ナナとも知り合いみたいなので、また学院長とはお話がしたいと思います。……ただしハグには気を付けないといけませんが。
後、カオリにはずっと睨まれていたので、早く誤解が解けるとうれしいです。
寮では、ルームメイトのミノリと仲良くなりました。
勘違いから、お風呂では凄い体験をしてしまいましたが、いい人です。
お風呂の前は話し掛け辛かったのですが、気付いたら普通に会話できるようになっていました。
(……こうして振り返ってみると、濃い一日でしたね)
しかし、何とか無事に学院に入学することができました。
明日以降もこんな感じだと、少し困りますが。
そんな感じで今日の出来事を反芻していると、後ろからミノリに呼ばれます。
「ノノ、私は寝るけど、まだ起きている?」
「私も、もう寝ます」
私は窓を閉めると、真ん中のベッドに横になります。
ミノリがランプの明かりを消します。
「おやすみです、ミノリ姉様」
「おやすみ」
真っ暗な部屋の中。私が目を閉じるとすぐに睡魔が来て、そのまま眠りに落ちていきます。




