第六十九話
学院長の部屋を後にした私は、廊下で引き合わされた寮長と一緒に寮に向かいます。
校舎から出ると、いつの間にか空が茜色に変わっています。
「学院の生徒達が生活をする寮は、全部で二棟ある」
私の前を、身長140センチ位の小さな少女が歩いています。
この案内してくれている少女は、寮長のミコ・レッジョ・ディ・カラブリア先生。
舌を噛みそうな長い名前ですが、「ミコ」が元々の名前で、「レッジョ・ディ・カラブリア」というのが『タリアの娘』の名前らしいです。
若干、口調が乱暴ですが、小さい娘が偉そうにしているみたいで可愛いです。
ミコ先生は学院の講師をしていて、寮長も兼任しているらしいです。
「その内、私が寮長を務めているのは第一号寮の方だ」
ミコ先生は長い髪の両毛をサイドでまとめて、ツインテールにしています。
そのためにさっきから肩に掛かったお下げが、歩く度に左右にピョコピョコと揺れていて、それが可愛くてつい目で追ってしまします。
「ちなみに寮には生徒だけでなく教職員も住んでいるから、あまりはしゃいだり、羽目を――っと着いたぞ。ここがお前が今日から住む事になる第一号寮だ」
そうしてミコ先生に案内されたのは、4階建ての建物です。
「大きいですね」
「そりゃ、ここでは学院の生徒の半分が生活をしているからな」
そう言うと、ミコ先生は寮に入っていきました。
私も遅れないように、慌ててその後を追います。
寮に入ると私達は4階まで階段を上がり、廊下の奥の方まで進みます。
そしてミコ先生は、「410」と書かれた部屋の前で立ち止まります。
「おーい、ミノリ!居るか?」
ミコ先生は扉を叩きます。
しばらくするとドアが開き、中から一人の少女が顔を覗かせます。
現れたのは、身長が170センチ位の真っ白い髪をショートにした少女。
顔付きがきりっとしているためか、大人っぽい雰囲気を漂わせています。
「居るなら返事くらいしろよ」
「はい」
白い少女――ミノリは、抑揚のない声で答えます。
「ミノリ、この小さいのはノノ。お前の部屋の新しいルームメイトだ」
「よろしくお願いします」
私は頭を下げます。
ミノリも軽く会釈を返してきます。
しかしミコ先生に小さいといわれると、なんだか納得できません。
「ノノ、この白いのはミノリ。後のことは、全部こいつに聞け」
そう言うとミコ先生は、今来た廊下を戻っていきます。
しかし、すぐにまた引き返してくると、
「そうだ、忘れてた!ノノ、明日はメシ食ったら迎えに行くから、部屋で待っていろよ!」
それだけ言って、手を振ると去って行きます。
ミコ先生は、結構アバウトな人みたいですね。
残された私は、ミノリの方を見ます。
「……入れば?」
「はい。お邪魔します」
私はミノリに勧められるまま、部屋に入ります。
部屋の中は結構、広いです。
ドアの側にある壁に向かい合うように、机が三台並んでいます。
そして通路を挟んだ反対側には、同じようにベッドが三台、間隔を空けて並んでいます。
他にも収納用のクローゼットなどもあり、旅の途中で宿泊した宿よりも豪華です。
「真ん中のベッドが空いているから……」
ミノリはそれだけ言うと、一番手前のベッドに腰掛け本を読み始めます。
どうやらミノリは、物静かな人みたいです。
ちなみに一番奥の窓際に近いベッドには荷物が置いてあるため、他にも住人がいるみたいですね。
とりあえず私は、自分の荷物を降ろして整理を始めます。
といっても大した荷物も無いため、服をベッドの下の収納スペースに仕舞って、小物を机の引き出しに入れると荷解きは完了してしまいます。
そうすると私は特にやることがなくなります。
ミノリに話し掛けて寮の事とか色々と話を聞きたいところですが、ずっと静かに本を読んでいるため、声を掛けて邪魔をしたくはありません。
仕方ないのでそのままのんびりしていると、ミノリの方から声を掛けてきます。
「お風呂に行くから、準備して」
ミノリは本を閉じて立ち上がります。
その言葉に、私のテンションが一気に上昇しました。
(お風呂っ!)
コノカから聞いたことがあります。
学院には大浴場なる広いお風呂があり、それが睡眠以外の唯一の楽しみだと。
旅の途中に寄った街にも公共のお風呂はありましたが、人が多いのとそこまで広くなかったため、あまりゆっくりと寛げませんでした。
私は急いで着替えやタオルを準備をすると、ミノリと共に部屋を出ます。
--------------------------------------------------
大浴場のある建物は、寮から歩いて数分の所にありました。
建物に入ると、まず椅子などが置いてある休憩スペースがあり、数人の少女達が楽しそうに話し込んでいます。
その奥の扉をくぐると脱衣所があり、ミノリはそこで服を脱ぎ始めます。
私も倣って服を脱ぎますが、ふと横目でミノリの身体を見ると手が止まってしまいます。
(眩しいです……)
シミ一つない綺麗な肌に、無駄な贅肉の無いスレンダーな身体。
他にも裸の少女は居るのにミノリは群を抜いて綺麗であるため、私は思わず見惚れてしまいます。
(……ハッ!?あんまりまじまじと見るのは失礼です)
私がぼけっとしている内に、ミノリは浴場に向かいます。
私も脱ぎかけの服を脱ぐと浴場に向かいます。
浴場への扉を開き、もくもくと立ち込める湯気を掻き分けて進むと、私は感激のために立ち止まってしまいます。
広い空間に、湯船に張り巡らせた大量のお湯。まるで前世で行ったスパや、温泉宿みたいです。
さっそく湯船に近寄って、お湯を浴びる私。
お湯の温度も、丁度良い塩梅です。
しかし私は、身体を洗おうとしたところであることに気付き、一気に絶望のどん底に叩き落されました。
(――そんなっ!?まさか……石鹸が切れているなんて!?)
なんてことでしょう。そういえばこの間、身体を洗った時に全部使い切ったのを失念していました。
がっくりとする私。
身体を洗わないと、湯船に浸かる事はできません。
ただでさえ旅の汚れもあるため、ルール違反をするなんてとんでもないです。
仕方ありません。今日はお湯を浴びて、汗を流すだけで我慢しましょう……。
そう落ち込む私の肩を、誰かがチョンチョンとつつきます。
「はい?」
「こっち来て」
振り返るとミノリが立っています。
何でしょうか?とりあえずミノリに付いて行きます。
「ここ座って」
淡々とした口調で話すミノリ。
とりあえず言われた通り座ります。
するとミノリは私の背後に回って――突如、頭からお湯を掛けられました!
「――っ!?……え、え?」
私が振り向くと、ミノリはタオルで石鹸をこすっています。
そして十分に石鹸が泡立つと、そのタオルを私の背中に当てます。
「ひゃっ!?」
不意に背中に当たる感触に、思わず声を出していまいます。
しかし、ミノリが優しくタオルで背中を擦ると、段々とそれが気持ち良くなってきます。
……誰かに背中を流して貰うのは、ナナと別れて以来です。
もしかしたらミノリは、私が石鹸を持っていないことに気付いたため、こうして背中を流しているのではないかと思います。
(少し話し掛け辛い雰囲気はありましたけど、実は良い人なのですね……)
私がそんな事を考えていると、いつの間にか背中を洗う手が肩に移動して、そのまま胸の方にまで伸びていました。
「ちょ、ちょっと待って下さい!前は自分で洗えますからっ!」
「いいからじっとして」
抵抗する私を取り押さえようと、ミノリが押さえ付けようとします。
すると私の肩甲骨の辺りに、何か柔らかい物が押し付けられました。
(――これは!?)
感触としては、学院長に抱きしめられた時に感じたものに似ています。
それでも学院長ほどのボリュームは感じられません。
しかし肌と肌が直接密着しているためか、学院長の時よりも温かく、そして柔らかいながらも張りのある感触が返ってきます。
「うひゃっ!」
私が気を取られている内に、ミノリは強引に身体を洗おうとして、泡立てたタオルが私の脇腹をなぞります
「だ、駄目で、んっ……!」
わ、脇腹は弱いのですっ!
「もうやめ、あっーーー!!」
浴場に私の声が響き渡りました。
一方、その頃のバール村。
ナナ「ノノの食器にひびが!?――まさかノノの身に何かあったのかしら!?」




