第六十八話
私はキクナ学院長と握手をすると、テーブルに置かれたカップを手に取ります。
カップに注がれたお茶は温かく、いい香りがして落ち着きます。
「あ、美味しいです……」
私はお茶を一口飲むと、感想を声に出します。
向かいでは、学院長がニコニコと微笑んでいます。
それにしても私の見た所、この部屋にはお湯を沸かす設備や器具は見当たらないのに、どうやって暖かいお茶を用意したのでしょうか?
そんな私の疑問を余所に、学院長は話し掛けてきます。
「ところで、ノノさんに聞きたいことがあるのですけど」
学院長は、私が渡した推薦状の他に、もう一通手紙らしきものを取り出します。
「あなたの持ってきた推薦状とは別に、センリ・シラクサからも推薦状を預かっています。それによるとセンリと出会ったのは5年前で、コノカ・トリエステの推薦状の内容とは辻褄が合わないのけれど、どういうことなのかしら?」
学院長が尋ねてきます。
「その件に関しては、えーと……ありました。これをご覧下さい」
私は荷物の中から、ナナが学院長に宛てた手紙を取り出します。
学院長は私から受け取った手紙を裏返すと、差出人の名前を見て凍りつきます。
「あのー?」
「ナナ・ラヴェンナ……」
学院長はナナの名前を呟くと手紙の封を切り、中の便箋を読み始めます。
その間、私はやることがないため、残りのお茶をいただきます。
(あぁ、美味しいです)
学院長の淹れたお茶は癖も少なく、苦味もそれほどではないためとても飲み易いです。
それでいてコクもあって、クッキーとかがあると何杯でも飲めそうですね。
お願いしたら茶葉を分けてくれるでしょうか?でも高そうな気がするので、きっと無理でしょう。
そんな事を考えていると、学院長は手紙を読み終わったみたいです。
しかし顔色は青褪めていて、なんだか調子が悪そうです。
「あの、大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いみたいですけど……」
「……大丈夫ですわ」
学院長はテーブルの上にあるカップを手に取ります。
しかしその手が震えているため、ソーサーとカップの底が触れ合ってカタカタと音を鳴らしています。
それでもお茶を一口飲むと、少しは落ち着いたみたいです。
「確認しますけど、ノノさんはナナさんの娘ですのよね?」
「はい。ナナは私の母様です」
学院長は私の答えを聞くと、自分の額に手を当てて「はぁ」と溜息を付きます。
「10年間、何の音沙汰も無かったから息災とは思っていたけれど、まさか結婚して娘が出来ていたなんて……。せめて教えてくれれば祝福も致しましたのに……」
「え?結婚ですか?」
「え?だってナナさんとは母娘なのでしょう?」
お互いに聞き返す私達。
私はこれ以上混乱が起きないように、学院長に確認を取ります。
「あのー手紙には、私の事は何て書いてあったのでしょうか?」
「えーと『私の最愛の娘、ノノ』と」
「それだけですか?」
「他には『4歳の頃に『タリア』と直接契約した』と」
(いえ、確かに間違ってはいないと思いますけど……)
ナナの手紙は詳しくは書かれていないため、学院長は勘違いをしてしまったのでしょう。
仕方がないので、私は学院長に事情を説明します。
10年前から、ナナが血の繋がってい私を育てていた事。そしてナナが現役の『乙女』である事。
6年前に『タリア』と契約して、『乙女』になった事。
ついでに、センリとコノカとの関係も話しておきます。
「……そういうことだったのね」
先程よりも学院長の顔色は良くなっています。
どうやら誤解が解けたみたいで良かったです。
「それにしても、その……ごめんなさい。きっと話し辛かった事でしょうに」
謝る学院長。
もしかしてナナと血が繋がっていないことでしょうか?
「いえ、お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です」
「そう?」
「母様は私を十分に大切にして、育ててくれました。そして私も、そんな母様の事が大好きです。ですから血は関係ありません。互いに想い合えることが大切なのです。確かに今は離れてしまっていますが、それでも私達の関係や気持ち、そういったものはずっと変わらないと信じています」
私がナナが大好きっていう気持ちは、変わらないのです!
学院長の方を見ると、じっとして動きません。
(……あれ?もしかして私、今もの凄く恥ずかしい事を言ってしまったのではないでしょうか!?)
ふと我に返る私。
冷静になってみると、私は何故こんなにも恥ずかしい事を平気で話せたのでしょう?
この口ですか?この口が恥ずかしい事を喋ったのですか!?
私は口元を押さえます。
「……そうね。私との友情も同じですわね」
学院長はぼそりと何か呟くと、立ち上がって私の方に近付いて来ます。
「ノノさん」
「はいっ!」
私も返事をしながら、反射的に席を立ち上がります。
「私、あなたの言葉に甚く感動しました。互いに想い合えることが大切、とても素敵な考え方だと思いますわ」
学院長は、私の肩に手を置きます。
あまりの褒めっぷりに、私は自分の頬が熱を持つのを感じます。
「私、実はナナさんが『乙女』になる以前からの旧知の仲ですの。ですから困った事がありましたら、何でも私に仰って下さいな。そして――」
学院長は言葉を切ると、唐突に私を正面から抱きしめます。
「ナナさんと会えなくて寂しい時は、いつでもいらっしゃい。こ……こうして、抱きしめて差し上げますわ」
突然ですが、ここでおさらいです。
私の身長は130センチ。キクナ学院長の身長は約160センチで、大層豊かな胸をお持ちです。
そして二人が並ぶと私の顔の位置が丁度、キクナ学園長の胸の位置と同じ位の高さにある訳です。
つまり抱きしめられた私は、学院長の胸に顔を埋めている状態で――
(い、息が苦しいです。……でも柔らかくて、気持ち良いー)
くやしい……!でも抵抗できないのです!
「それから二人っきりの時は、ナナさんの代わりに……お、おかあさ――『キクナ様』と呼んでもよろしくってよ!」
学院長が何か言っていますが、気持ち……苦しくて何を言っているのか分かりません。
あ、まずいです。そろそろ気を失いそうで……。
朦朧とする意識の中、私の耳はガチャと扉が開く音を拾います。
「学院長、失礼しま――な、なな……何をしているのですか!?」
声から察するに、扉を開けて入って来たのはカオリです。
「――こ、これはノノさんが倒れそうだったから、支えていただけですわっ!決して、やましい事は何一つしていませんわ」
そして引き離される私。
「ぶはっ!はぁ、はぁ……」
私は数十秒ぶりの新鮮な酸素に、肩で息をします。
恐るべし学院長(の胸)!
カオリが現れなければ、危うく意識を持っていかれる所でした。
あれは……人間を駄目にするモノ(胸)です。
「そ、それで、寮長はどうしましたの?」
「部屋の前で待機しています」
「そう。カオリもご苦労様でしたわ」
そして学院長は、私に向き直ります。
「ノノさん、今日は色々あって疲れているでしょう。学院の事については、明日以降にまた説明致します。今日は寮で、しっかりとお休みになるといいですわ」
そして私の耳元に顔を近づけて、
「そ、それから先程の事は、他の人には内緒ですわよ」
少し照れたような声で囁きます。
先程の事――抱きしめられた事であっていますよね?
私は頷くと、「失礼します」といって部屋を退出します。
ちなみに私が部屋を出るまで、カオリがじっとこちらを睨みつけていました。
(……とりあえず次に学院長と二人きりになる時は、色々と覚悟が必要ですね)
私はそう心に言い聞かせます、
胸囲の格差社会
センリ>キクナ>(超えられない壁)>コノカ>>>ナナ




