第七話
「今日は改めて魔獣について勉強したいと思います」
とある日の午前中。
子供達を前に女神――ナナは授業を行っています。
教室に居る子供の数は、私を含めて4人。
私は他の子供達と同様に、小さな机と椅子に座って話を聞いています。
「まず、魔獣を見たことの有る子は居ますか?」
ナナの問いに対して、何人かの子供が「死んでるのなら!」と手を挙げます。
(私はばっちり、退治されるところも見ましたけどね!)
ちなみにそれが自慢する事なのか、自虐する事なのかはよく分かっていません、
「では魔獣の事を知っている子は居ますか?」
今度は子供達全員の手が挙がります。
もちろん私も手を挙げます。
「ではトール君。魔獣について知っている事を教えて下さい」
名前を呼ばれたのはボーズ頭の少年。
彼は子供達の中では最年長の10歳。
体も一番大きく、この中ではガキ大将的なポジションに居ます。
トールは大きな声で「はい!」と返事をすると、元気に立ち上がります。
「魔獣っていうのは危険な生き物のことで、人や獣を襲うんだ!」
「はい、そうですね。トール君の言った通りです。魔獣は危険な存在です」
ナナの言葉を聞き、トールは椅子に座ります。
ナナは説明を始めます。
「魔獣は普通の動物とは違い、目に付いた生き物を片っ端から襲います。外見も様々な姿をしていて、とても大きい獣のような個体も居れば、小さな虫みたいな個体も居ます。そうですね、普段見かけない生き物が居たら、それは魔獣と思って下さい」
そしてナナは辺りを見渡します。
「では、そんな魔獣を見つけたらどうしますか?カナデちゃん」
唐突に名を呼ばたのは、トールの後ろに座る少女。
彼女はトールの妹で歳は6歳。
長く伸びた明るい茶色の髪を一本のお下げにしていて、花を模した髪留めで纏めています。
カナデは急に指名されたためか、あたふたとしながら立ち上がります。
「えと、あの、その……に、逃げる?」
自信無さそうに答えるカナデ。
上目遣いでナナを見る様子はどこか小動物を連想させます。
「はい良く出来ました。逃げるのが正解です。魔獣は凶暴で危険なため、大人が束になっても敵いません。もし近くに大人が居たら、魔獣の事を教えて、気付かれない様に一緒に逃げて下さい」
ナナの答えにホッとしながら座るカナデ。
「また魔獣は村の中には入れません。実は村には結界が張ってあるため、低位の魔獣は結界を越えて村に進入することが出来ないのです。そのため村の外で魔獣を見掛けた場合でも、村の中まで逃げてくれば安全です」
なるほど。だから村に居れば魔獣に襲われる事は無いのですね。
しかし私はある疑問が湧きます。
「先生、質問があります」
ちなみに授業中は「母様」ではなく、「先生」と呼んでいます。
他の子が「先生」と呼んでいる手前、私だけが「母様」と呼ぶのはよくないと思います。
若干、ナナが呼び方に不満気なのは気にしてはいけません。
「はい、ノノ。何でしょうか?」
「先程、低位の魔獣って仰いましたが、結界を超えて来るような魔獣も居るということですか?」
「確かに上位の魔獣に関しては結果の効果はありません」
ナナの言葉を聞いて、カナデが肩をびくっとして硬直します。
他の子供も、心なしか不安げにナナを見つめます。
「でも大丈夫よ!そんな強い魔獣が近づけば、真っ先に私が気付いて退治しちゃいますから!」
ナナが力強く胸を張ります。
実際にナナの魔獣退治を目撃している私は、それがとでも頼もしく見えます。
そしてそんなナナの様子にカナデも安心したみたいです。
しかしそのカナデに向かって、トールがちょっかいを掛けます。
「カナみたいに弱虫だと、魔獣に見つかったら逃げ切れなくて食べられちゃうかもな!」
面白半分に脅かすトール。
それを聞いて自分が魔獣に食べられるのを想像したのか、カナデが涙目になります。
「えっ!?……う、うぅ」
「あー、……大丈夫だカナ。何かあっても俺が魔獣をぶっ倒すから!」
さすがに言い過ぎたかと、妹を励まそうと豪語する兄。
しかし、
「トールみたいなバカじゃ無理だよ!」
横合いから突っかかるのは、トールの隣に座る子供。
名前はアンリ。歳は10歳。
赤茶のショートカットで活発な子です。
ズボンを履いているため、私は初めて会った時は男の子かと間違いましたが、彼女は歴とした女の子です。
「何、妹苛めてるんだか。それに先生の話、聞いていなかったの?魔獣には大人でも敵わないんだから」
トールに食って掛かるアンリ。
「うっ、俺が大きくなったら騎士になって、魔獣より強くなるんだよ!」
「トールじゃ無理でしょ、私より頭悪いし」
「何だとっ!」
「何さっ!」
そのまま取っ組み合いの喧嘩をしそうな勢いです。
実はこの二人、事ある毎にこうやって衝突しています。
まぁいつものことなので慣れましたけど、そろそろ――
「トール君もアンリちゃんも静かに」
教室に響くナナの声。
口調こそ穏やかですが、異様なプレッシャーを感じます。
「……」
二人の子供もそれを感じたのか、睨み合うのを止めてしまいます。
そして教室全体が静寂に包まれます。
「トール君はお兄ちゃんなんだから、妹のカナデちゃんには優しくすること。アンリちゃんもトール君にバカとか言ったら駄目よ」
優しく子供達を諭すナナですが、その目は笑っていません。
そして注意されているのはトールとアンリの二人の筈なのに、残る私とカナデも畏縮してしまいます。
「分かりましたか?分かったら『ごめんなさい』をしましょうね」
二人はカクカクと頷くと、妹や互いに対して「ごめんなさい」と謝ります。
カナデも想像の魔獣よりも圧倒的な存在であるナナにびっくりしていましたが、兄の謝罪を受け入れます。
二人が謝った所で、カーンカーンと村の鐘が鳴ります。
「あら、もうこんな時間。とにかく魔獣に会ったら、絶対に逃げること!先生との約束ですよ」
そう言って手を叩いて、授業を終わらせるナナ。
その様子に子供達も緊張した体を弛めます。
本日の教訓『女神は決して怒らしてはいけない』