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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
断章
65/113

第六十三話

前話の続きです。

 わたくしの名前はキクナ・ミラノ。

 私が貴族の姓を捨て、『乙女』になったのは、貴族というものに嫌気が差したからでした。


 10歳になる少し前、私は顔も知らない貴族の一人と婚約させられました。

 貴族の宿命とはいえ、未だ恋の一つも知らない当時の私からしてみれば、それはただの枷でしかありません。

 それでも相手が素敵な……せめて人並みな殿方であれば、私も婚約を受け入れたでしょう。

 しかし初めて会った婚約相手は、丸々と肥えた子豚のような貴族でした。

 その上ひっきりなしに汗を流し、ツンと据えた臭いに、私は我慢が出来ませんでした。


 私がこの状況から逃げるために、目を付けたのが『タリアの乙女』です。

 『乙女』になってしまえば、例え上位貴族であろうと『乙女』の組織への影響力は無いため、私を連れ戻すことはできないでしょう。

 家とは縁を切る事になりますが、こんな婚約を認める家には未練はありません。

 また『乙女』であれば、婚約を破棄するための言い分としても角が立ちません。


 私は立派な淑女になるという名目で家族に偽り、『タリアの乙女』の学部に入学試験を受けました。

 そして見事に入学を果たし、17歳で『タリアの娘』と本契約を交わしました。

 こうして私は貴族の身分を捨て、自由を手に入れたのです。


 私が彼女――ナナと再会したのは、私が『乙女』になって数年が経ってからの事です。

 軍部に所属していた私達は、偶然にも同じ隊に配属されたのです。

 隊のメンバー紹介の時、私は一目見てナナに気付きました。

 銀色の髪に琥珀の瞳。

 忘れるはずがありません。私の貴族時代に居た唯一の友達(家来)でした。

 ナナとは、お披露目の期間である数日間の思い出しかありません。

 しかしその間は、私達はずっと一緒でとても親しく過ごしました。

 お披露目が終わるとナナは辺境に戻り、私も『タリアの乙女』の学部に入ったため、それ以来会うこともありませんでしたが。


 それがこの様な所で再会するなんて、夢にも思いませんでした。

 しかも二人とも『乙女』だなんて、これは素敵な偶然――いいえ運命ではないかと、私は舞い上がってしまいました。

 そのためナナに話し掛けた時も、ついつい昔の様に話してしまいました。


「お久しぶりね、ナナさん。私の事は昔みたいにキクナ様と呼んでも良いのですわよ!」


 と。

 ナナはちらっと私を見ると、そのまま立ち去ろうとします


「ちょ、ちょっと!私を無視して、何処へ行こうというの!」


 ナナの手を掴んで、引き止めます。

 するとナナは、


「……誰?」

「なっ!?」


 どうやら私の事を覚えていないみたいでした。


「ほ、ほら昔、あなたのお披露目パーティーで一緒に居た……」

「知らない」

「そんな!?」


 私は改めてナナの顔を見て、そこで初めて気付きます。

 彼女の視線は氷みたいに冷たく、まるで初めて見た頃の、いえそれ以上に人形の様な感情を感じない顔付きをしていました。

 私が呆然と固まっていると、ナナは私の手を振り払い、そのまま離れていきました。


 その日の夜。

 私はナナとの事を考えていて、なかなか眠りに付く事ができませんでした。

 子供の頃。ナナは相変わらず緊張の為に社交場では無表情でしたが、私と二人きりの時は、天使の様に可愛く微笑んでいました。

 それなのに何故あんな顔を?……いくら考えても答えはでません。

 このままでは埒が明かないと判断した私は、部屋に備え付けての机に向い、ある手紙を書きました。


 数日後。

 ナナとの再会以来、私は彼女と禄に話をしていません。それでも気付いたら、彼女の姿を目で追ってしまいます。

 ナナは他の誰とも話しをせずに、いつも一人で居ました。

 今日の訓練の内容は、対人を想定した一対一の模擬戦です。

 私の対戦相手は、ナナでした。

 数メートルの距離を置いて向き合う私達。

 判定役の合図で、試合が始まります。


(まずは様子見を――っ!?)


 ナナは開始の合図と共に、一気に突っ込んできます!

 ナナの戦闘スタイルが分からない為、最初は様子見をしようと決め込んだ私はぎょっとします。

 それでも冷静に水弾の術を詠唱し終わり、水弾を放ちますが、ナナは速度を落とさずにかわします。


(速いっ!接近戦に持ち込むつもり!?)


 案の定、ナナは身の丈もある大鎌をその手に顕現します。

 私もそうはさせじと再び水弾を放ちますが、ナナには当たりません。

 そして一気に距離詰めたナナは大鎌を振るいます。

 一閃目はなんとか後方に下がりながらかわしましたが、続く追撃の二閃目が私を捉えます。


「――壁よ!」


 なんとか詠唱省略で障壁の術を発現します。

 これを防いだら、距離を取って別の術で対応する――そう考えていた私の目の前で、障壁は砕け散りました!


(――っ!)


 大鎌の威力に驚きつつも、なんとか身体を捻って一閃を回避します。

 しかしバランスをくずした私は、そのまま地に転がってしまい、急いで起き上がろうとした所で首元に大鎌が突き付けられます。


「参りましたわ」

「……」


 ナナは大鎌を消すと、無言でその場を離れます。

 私はその背を見送る事しか出来ませんでした。


 ……。


 私が宿舎に戻ると、部屋の机の上に手紙が置いてありました。

 差出人は……私の実家からです。

 ナナがどうしてああなったかを知るため、私は数日前に手紙を出し、実家に辺境伯の調査を依頼しました。

 既に縁は切れているため、駄目元で出した手紙でしが、実家もそこまで薄情ではないみたいです。

 私は早速、便箋を開封すると、中の手紙を読み始めました。

 手紙には辺境伯の事しか書いてありませんでしたが、それだけで十分です。


「……そうだったのですか」


 私は手紙を読み終わり、ナナに何があったのかを知りました。

 ナナが12歳の頃、魔獣の襲撃で辺境伯の住む街が壊滅したこと。

 その時に辺境伯と夫人は亡くなったこと。

 一人娘であるナナの行方は知れないことが、手紙には綴られていました。

 私は部屋のベッドに倒れこみ、天井を眺めます。

 行方が知れない筈のナナ。今こうして『乙女』になっているということは、もしかしたら両親を殺した魔獣への復讐を考えているのかもしれません。

 それにナナの顔を見る限り、過酷な体験を乗り越えてきたであろうと想像できます。


『キクナ様』


 記憶の中のナナが私を呼びます。

 あの頃、ナナは私の家来になると約束しました。例えナナがそれを覚えていないとしても、私が覚えていれば約束は有効です。

 ですから……。私はナナの笑顔のため、ある決意をしました。


 そして翌日。

 今日の訓練も模擬戦です。

 昨日の模擬戦で、ナナは私を含め数人の『乙女』にも圧倒的な強さで勝利していました。

 そのため誰もが、ナナの相手をすることを敬遠しています。

 そんな中、私は手持無沙汰にしているナナに話しかけます。


「ねぇナナさん。よろしければ私と賭けをしないかしら?」

「……」


 ナナは興味が無いのか、私の声を無視します。

 それでも、私は話し続けるのを止めません。


「今から私とあなたで模擬戦をして、勝者が敗者に一つだけ、何でも好きな命令をすることが出来るの」

「……」


 流石にこう、あからさまに相手にされないと、いっそ清々しいとさえ思ってしまいます。


「もちろん敗者はその命令に絶対服従する事。それで、どうかしら?」

「……」

「もしかして、私に負けるのが怖いのかしら?」


 ぴく。


 ナナの眉が釣り上がります。

 これはどうやら、もう一押しが必要みたいです。


「まぁ、昨日勝ったのは偶然。偶々ですからね。私に恐れをなして、むしろ勝負を受けないのは賢明と存じ上げますわ。おーほっほっほ!」


 しばらくじっとしていたナナですが、私の高笑いを聞くと口を開きます。


「……いいよ。その勝負、受けてやる」

「ふふん。そうこなくては」


 思ったよりも簡単に挑発に乗りました。

 私達は準備をすると、昨日の様に距離を取り向かい合います。

 そして、判定役の合図で試合が始まりました。

 開始直後、ナナはこちらに向けて突っ込んできます。


(……思った通りね)


 昨日の模擬戦でも、相手に関わらずナナは速攻で勝負を決めにいきます。

 そして術を防御することは無く、全てを回避。その中には、詠唱省略による障壁の術でも十分に防げるような術も有りました。

 しかしそれでも強引にかわしているのを見て、私はある予想を立てました。


(ナナは障壁の術が使えない)


 試しにナナの前方で水弾の術を爆発させますが、自分に当たらないと判断したナナは構わずに突っ込んできます。

 やっぱり。この時点で予想は確信に変わりました。

 これで術を当てさえすれば、私の勝ちは決まった様なものです。

 私はとっておきの術を詠唱しながら、ナナが近付くのを待ちます。

 そして昨日の様に、距離を詰めて放たれた大鎌の一閃を――っ!かろうじてかわしました。


(――昨日よりも一撃が鋭いっ!)


 そして続く二閃目。

 今度は障壁の術ではなく、先程から詠唱していた術を放とうとした瞬間。

 こちらの意図を悟ったのか、ナナは急に飛びのき距離を取ろうとします――が、


(――勘が良いですけど、遅いですわ!!)


 私の放った、雷の術がナナを襲います!

 そして――。


 ……。


「……んっ」

「あら、お目覚めかしら?」


 私の膝を枕にしていたナナが起きたようです。


「……何をしている?」

「あ、あなたが中々起きないから、やり過ぎたかなって看病していただけよ。別に他意はないのですわ!」

「そう」


 素直に納得されると、何かこう釈然としませんわね。


「……最後に使った術は、何の術?」

「あら、私が素直に教えると思って?」


 私の返事に、ナナは少しむすっとします。

 そして、ぶっきらぼうに言います。


「それで、命令は何?」

「えっ?」

「勝者が敗者に命令できるんだろ」

「え、えぇ……そうでしたわね」


 拗ねた表情が可愛くて、忘れていましたとは言えませんわ。

 それより、私の命令は決まっています。


「私の命令は簡単よ。今後、私の事はキクナ様と呼ぶこと」

「……何で?」


 若干、嫌そうな顔で聞き返すナナ、


「な、何でもいいじゃありませんの。勝者の命令は絶対でしてよ!」

「……変なヤツ」

「――なっ!?あなたこそ、いつも一人で変な娘ですわよ!」


 よりにもよって、ナナに変なやつ呼ばわりされるなんて!昔に比べると、随分と生意気になりましたわね。

 そんな私を余所に、ナナは起き上がると言います。


「次に私が勝ったら、命令は撤回させるから……キクナ様」


 多少、名前が棒読みなのは気になります。

 こうして私はしばらくナナとは好敵手ライバルとして、切磋琢磨する日々を過ごすことになりました。


 ナナが私を呼んだ時、無表情だった口元が少しだけ笑った様に見えたのは、きっと気のせいではないでしょう。



人物紹介の第二章に書いた、ツンデレ乙女ことキクナ・ミラノさんでした。

ツンデレ難しいれす。

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