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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
断章
64/113

第六十二話

第?話ぐらい。

時期的に昔のお話です。

 わたくし――キクナ・ミラノが始めて彼女に出会ったのは、9歳の頃でした。

 もっとも当時は二人とも貴族の一員であったため、姓は今とは異なっていましたけど。

 その時、彼女は7歳。

 この国の貴族は7歳の時に初めて、家族以外の貴族にお披露目――社交デビューをする習慣があります。

 その為、私達が出会ったのも彼女を含めた数人のお披露目パーティーの時でした。


 彼女が現れた時、誰もが彼女に目を奪われました。かくいう私も例外ではありませんでした。

 今晩の主役である少女達が登場した時、一番最後に現れたのが彼女です。

 初めて目にした彼女は一言で表すなら、人形の様です。

 透き通るような白い肌。絹の様に繊細で柔らかそうな銀の髪。まるで作り物みたいに整った顔。宝石の琥珀をそのまま埋め込んだかと錯覚しそうな瞳。

 しかし、


(――綺麗。……でもどこかぞっとするような)


 他の少女達は笑顔を浮かべているのに、彼女だけは無表情でした

 その顔には何の感情も浮かんでおらず、空虚な眼差しも相まって、見る者に恐れを抱かせるように思えます。

 順に少女達が名乗りを上げます。

 そして最後に彼女が名乗ります。名乗る時の声も硬質で、感情を感じることが出来ません。

 彼女の姓に私は聞き覚えがありました。

 それは西の辺境伯のものです。

 頻繁に魔獣が出没し、特産品も無く豊かではない土地。そこを治める家の名でした。

 そして、確か辺境伯には一人娘しか居なかったはずです。

 その為に多くの者が関わりを持っても実りがないと判断して彼女には話し掛けず、他の少女達を優先しました。

 たまに物好きな人間が彼女に話しかけますが、彼女の反応が芳しくないため、すぐにその場を立ち去ります。


 私の家はこの国でも力のある上位貴族でした。

 そのため私の元には、ひっきりなしに様々な思惑を持った人間が話し掛けてきます。

 私も貴族の娘であるため、成すべき勤めは果たす所存でしたが、所詮9歳の子供です。

 上辺ばかりのおべっかや中身の無い話を聞く内に、いい加減にうんざりしてきていました。

 そのため、私は少し気分が優れないから夜風に当たりたいと、一時庭に避難することにしました。


 避難した庭先。

 一人夜風にあたっていると、一人の少女が泣いているのに気付きました。

 空の月は雲に隠れていて、丁度影の中に居る少女が誰かはこちらからは分かりません。


「どうかなさったの?」


 私は何故か声を掛けてしました。

 面倒な挨拶を避けるために庭に来たのに、どうしてか庭で泣く少女の事を放って置く事が出来なかったのです。

 少女は私に気付くと、泣く声を止めます。


「どなた様かは存じませんが、お、お気遣い感謝します」


 可愛い声が返ってきました。

 どうやら少女からも私の姿が見えないか、もしくは私の事を知らないみたいです。


「それより、どうして泣いていたのかしら?」

「……」

「答えなさい」

「は、はいっ!」


 慌てて少女は返事をすると、再び泣き出しそうな声で説明します。

 それによると、少女は今日が初めての社交デビューであること。

 しかし極度の緊張で、まともに喋れなかった事。

 その為、自分から話し掛ける事も出来ず、他の人間に話しかけられても禄に返事をすることが出来ず、みじめになって会場から逃げ出してきた事を話しました。


「それでここで泣いていたと」

「……はい」

「それはお気の毒に」


 さすがに少し可哀想に思います。

 それに私と同じく会場から逃げてきた事に、どこか共感を覚えていました。


「実は私も、他の貴族の相手をするのが面倒で逃げきたのよ」

「そうなのですか?」

「そう。だからこの事はお互いに内緒よ」


 私は人差し指を立て、口元にかざします。

 するとクスクスと少女から笑い声が聞こえました。


「やっと笑ったわね。ねぇ、もう少し私とお喋りをしない?」

「わ、私なんかで良いのですか?」

「ここには私の他に、あなたしか居ないでしょう」

「はい!ありがとうございます」


 それからしばらくの間、私達は時を忘れて話し込みました。

 それによると少女は、今日の為に地方から出てきたらしいです。

 他にも家族構成や好きな食べ物など、とりとめのない話をしました。

 とはいっても少女は話すのがあまり得意ではなく、主に私の方が話し掛けて少女は聞き役に徹することが多かったです。

 私にとって何よりも新鮮だったのは、少女は私の話を誇張せずに驚いたり、純粋な反応を返すことでした。


(もし同年代の対等な友達が居るとしたら、こんな感じなのかしら)


 私にはこれまで、対等な相手が居ませんでした。

 上位貴族であるため両親は厳しく、何人かいる兄達ともあまり話をしません。

 唯一、社交場には同年代の娘達が居ましたが、その娘達も私の家を知ると機嫌を損ねない様に従順になるか、私を持ち上げるばかりのつまらない娘しか居ませんでした。

 そのため、本音で語り合える関係――友達というものを、私はいつも心の底で求めていました。


(もしかしたら、これは友達を作るチャンスなのでは?)


 私達は互いに相手の正体を知りません。

 私は上位貴族。この会場には私の家以上の位を持つ貴族は居ないため、少女はそれより下の位でしょう。

 それでも今この瞬間に友達になってしまえば、後で互いの事を知ったとしても、この先も同じ関係でいられるのでは?と淡い期待を抱いてしまいます。


「ね、ねぇ。あなた……」

「はい。何でしょうか?」

「もし良かったら……そう、もし良かったらなんだけど……」


 私の声は少し上擦ってしまいました。どうやら柄にも無く緊張しているみたいです。

 これまでどんな社交場、どんな相手にでもそつなくこなすことが出来たのに、目の前の少女にだけは期待と不安を感じて、思うように喋れませんでした。


(――それでもこんな機会はめったに無いわ。勇気を出して!)


「あなた、私の――」

「……?」


 少女は私の言葉を待っています

 私はごくりと唾を飲み込むと、一気に言い放ちます。


「――家来になりなさい!」


(私のお馬鹿!意気地無し!なんでよりにもよって、『家来』だなんて口にしてしまったのかしら!?)


 私は空回りしつつも、恐る恐る彼女を見ます。

 彼女はしばらくきょとんとしていましたが、


「はい!喜んで」


 と嬉しそうに返事をしました。


(……あぁ。しかも承諾されてしまいましたわ)


 時既に遅しとはこの事です。

 それにしても、誰かも知れない人間に家来になれと言われて、頷いてしまうこの少女もどこかずれているのでは?そう思います。

 とはいえ、今ならまだ訂正することが出来ます。


「あ、あのね。今のは友だ――」


 「友達と間違いましたの」と言い掛けた時、風と共に雲が流れ月明かりが私達を照らしました。

 そして私は今まで話していた少女の姿を目にします。

 少女の正体は、今日のパーティーで人形の様だと思った、辺境伯の娘でした。

 ただしその表情には人形には無い精気が宿り、瞳も光輝き、まるで天使の様に愛くるしさを振り撒いていたのです。

 少女の変化に、私は続く言葉を継げられず、ついまじまじと少女を見つめ続けました。


「それで、貴女様の事を何とお呼びになればよろしいのでしょうか?」

「――ハッ!そ、そうね。私の事はキクナ様とお呼びなさい!」


 少女の言葉に、私は反射的に答えてしまいます。

 ……またやってしまいました。しかも様付けです。


「それではどうぞ私のことは呼び捨てで――」


 少女は嬉しそうに笑います。


「――ナナとお呼び下さい。キクナ様」


 それが私ことキクナ・ミラノと、彼女――ナナ・ラヴェンナの始めての出会いでした。



長いので前後編に分割します。

やっちゃったぜ!

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