第六十一話
第38.5話ぐらい。
時期的にセンリが村を出た後のお話です。
「魔獣が出ました!」
そう言って、我が家に駆け込んで来たのは、この村の村長です。
ぜぇはぁと息を切らせるのはいいのですが、いい加減にいいお年なので無理をしない方が良いと思います。
「それでどんな状況ですか?」
ナナは手元の掃除道具を片付けながら聞きます。
今は朝食後に行われる、家の掃除中でした。
本来はこの後に子供達への授業があるのですが、魔獣が出たため今日は中止でしょう。
「それが――」
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村長の話を聞き終わり、私とナナは村の外へ向かいます。
今回、魔獣が目撃されたのは村の端にある小さな森――秘密基地のあった森から、更に進んだ先に広がる大きな森です。
その途中、ナナは私に言います。
「今回、私は一切手出しをしないわ。ノノ一人の力で、魔獣を討伐しなさい」
「それは――」
私が『タリアの乙女(仮)』になって早2年。
ナナに鍛えられ、センリに鍛えられて、何も出来ない頃より強くなったと思っています。
これまでは魔獣討伐に同行はするものの、ナナが魔獣を退治するのを近くで見ているだけでした。
それが今日、始めてナナに魔獣討伐を任されたのです。
(つまり母様は、私の強さを認めてくれたのです!)
私はそう嬉しく思う反面、魔獣との戦闘にやや気後れを感じています。
なにせ4歳の頃にハリ殻ネズミと遭遇した時は、重症を負って生死の境を彷徨いました。
5歳の頃は『街食らい』と戦闘を行った結果、またも重症を負って、数日間ベッドの上で生活していました。
トラウマ……にはなっていないと思いますが、なっていてもおかしくありません。
「ノノ、どうかしら?出来る?」
私の不安そうな様子を察知したのか、ナナが確認してきます。
私は――
「大丈夫です。母様」
ナナに答えます。
いつまでもナナに守られているだけの私では無いって事を証明してみせます。
「分かったわ。任せたわよ」
「はいっ!」
大森の入り口に到着しました。
そろそろ『乙女』と仮契約をしておいた方が良いでしょう。
(お願い、インペリア!)
私の呼び掛けに応じて、『タリアの乙女』がこの身に宿ります。
(よろしくです。インペリア)
『うん』とインペリアが頷きます。
さて仮契約が済んだため、そのまま森に入っていきます。
ある程度森を進んだ所で、私は地面に真っ直ぐに伸びた溝を発見しました。
そして溝の先には、何かに押し倒された木が確認できます。
(似ている……いいえ、あの時と同じです!)
私は見覚えのある跡を見て、過去の記憶を思い出します。
村長の話によると、目撃された魔獣は赤い殻と無数の棘に包まれていたそうです。
つまり今回出没した魔獣は、私が殺されかけたハリ殻ネズミである可能性が高いです。
「まだ新しいわね。近いわよ」
「はい」
ナナの注意に警戒を強め、更に森の奥へと進みます。
そして、
(――居ました!)
魔獣の姿を発見しました。
紅い殻に無数の棘。見間違えようも無く、ハリ殻ネズミです。
ハリ殻ネズミは4本脚でノロノロと移動しています。どうやらこちらには気付いていないみたいです。
ハリ殻ネズミの攻撃パターンは二通り。正面に転がりながらの体当たり、後方に背を向けて棘を射出。
つまり死角は横方向となります。
私は気配を消し、他の木に隠れながらゆっくりとハリ殻ネズミの左側から近づきます。
ハリ殻ネズミは足が遅いため、ある程度慎重に進んでもマージンが取れます。
あと15メートル。緊張で心臓がどくんどくんと脈打つのが分かります。
……10メートル。音を立てない様に息をしようとして、すこし苦しく感じます。
残り7メートル――まで近づいた所で、ハリ殻ネズミの進みが停止しこちらに顔を向けます。
(――気付かれました!)
その動作でこちらの位置を察知したと判断し、私はそのまま飛び出します!
ハリ殻ネズミは慌てて身体をこちらに向けようとしますが、その動作は緩慢です。
(インペリア武器っ!)
私の腕の中で光の粒子が集まり、必殺の形を形成していきます。
そしてハリ殻ネズミがこちらに向き合う頃には、私はハリ殻ネズミの殻にパイルバンカーの先端を押し当てていました。
――私は引き金を引きます。
ズゴォン!
射出された杭は簡単に紅い殻を貫通し、衝撃でハリ殻ネズミの身体が爆散しました。
辺りに一面に散らばる、バラバラになったハリ殻ネズミの身体。
べちょ。
私にも返り血や、ハリ殻ネズミの一部が降り注ぎます。
(……うわー)
インペリアも『うんうん』と頷いています。
ハリ殻ネズミには殻が有った為、攻撃が弾かれないようにとなるべく威力の高い武器を持つインペリアと契約したら、この様です。
「ノノ、お疲れ様。迅速に討伐できて良かったわよ」
ナナが労いに言葉と共に近付いて来ます。
「母様、ありがとうごさいます」
「でも、ちょっとやり過ぎね」
……ですよねー。
周囲に漂う血の匂い。
そして私の顔や服は、ハリ殻ネズミの血で真っ赤に染まっています。
「それで一人で魔獣を討伐した感想はどうだった?」
「なんだかあっという間でしたので、あまり実感が湧かないといいますか。……むしろこんな簡単に終わっていいのか?と思うくらいです」
今回は自分でも驚くくらい、奇襲がうまくいったと思います。
「ノノがそれだけ強くなったってことよ。でも油断はしてはいけないわよ」
「はい、分かりました」
未だにナナとの模擬戦では、負けてばかりですから。
それに『街食い』などはもっと強かったので、気を付けたいです。
「ところで母様。村に戻る前に近くの川で水浴びをしたいのですが……」
さすがにこの状態のまま、村に戻るのは避けたいです。
「そうね。……ゴホン。ママも汗をかいたから一緒に水浴びがしたいなー」
「それでは、母様も一緒に入りましょう」
「――そうと決まれば、急ぐわよ!」
先導して森から出ようとするナナ。
私もその後を追いかけます。
こうして私の初めての魔獣討伐は、思っていたよりも簡単に終わりました。
……。
「ノノ、どうして服を着たまま川に入るの!?」
「えーと、服も一緒に洗えるからですけど?」
「……そうね」
何故か悲しそうなナナでした。
ナナ(でも服が濡れて透けているノノも可愛いわねっ!)
ラヴェンナ『……』




