第六十話
第38.5話ぐらい。
時期的にセンリが村に居た頃のお話です。
結局、何が悪かったのかは今でも分かりません。
でも、もう少しそうだけ。私が二人に構ってあげられれば良かったと、今はそう思います。
そうすればナナとセンリは争わず、あんな結果にはならなかったでしょう……。
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「ノノ、今日の午後はママの畑仕事を手伝ってくれないかしら?」
「いや折角だから、私と魚釣りに行かないか?いい釣り場を見つけたんだ」
右からはナナ、左からはセンリが私を誘います。
今日はいつもの鍛錬はお休みで、私の午後は自由な時間となっています。
「ちょっとセンリ、ノノに変な遊びを教えないで頂戴!ノノはあなたとは違って、ちゃんとした女の子なのよ!魚釣りなんて興味がないのよ!」
ナナが私の右腕を取り、自分の方に引き寄せます。
いえ魚釣りとか好きです。前世でも小さい頃はよく川に釣りに行っていました。それに外見は女の子でも中身は男なので、ちゃんとしてはいません。
「変な遊びとは何ですか!ナナ殿こそ分かっていないですね。ノノはまだまだ遊び盛りの年頃。つまり家の手伝いより遊ぶ方が大事なのです!」
すかさずセンリも私の左腕を掴み、ナナの方に行かないように阻止します。
確かにいい歳(27+4歳)して遊ぶのは好きですが、家の手伝いも疎かにはしたくはないと思っています。
「何ですって!」
「何ですか!」
睨み合うナナとセンリ。
そのまま私の両腕を互いに引っ張ります。
まるで大岡裁きです。
痛い痛いと泣いて、先に手を放した方について行けば良いのでしょうか。……まぁそこまで強く引っ張られている訳ではありませんが。
とりあえず、
「二人とも、ごめんなさい。今日は既にアンリ達と遊ぶ約束をしていたので、どちらにも付き合えません」
私にも約束があるため、どちらの誘いも断ります。
すると二人の私を引っ張る力が緩みます。
「母様すみません。手伝いが必要と知っていれば、別の日に約束したのですが……」
「いいのよ、こっちは大事な用事ではないから。それに友達と約束したのなら、そちらを優先しなさい」
ナナは私の右手を放します。
「センリさんも折角誘っていただいたのにすいません。また誘ってくれると嬉しいです」
「あぁ、いいんだ。こちらこそ急に誘って悪かった。また別の日に誘うよ」
センリも私の左手を放します。
私に先約があったためか、気まずそうにそのまま沈黙する二人。
なんでしょうか、このどんよりとした空気は……。
「……あの、それじゃ遊びに行って来ます」
私はこの場の空気に耐えかねて、言います。
すると「……行ってらっしゃい」と二人揃った声を聞き、私はこの場を後にします。
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その日の晩。
「それじゃ食事にしましょうか」
食事の準備を終えたナナが言います。
その声を聞いて、四角いテーブルの席に着く私達。
私の正面にはナナが、隣にはセンリが座っています。
今日の主食は夏野菜のグラタンです。茄子、ズッキーニ、鶏肉が入っており、トマトソースと焦げ目の付いたチーズの匂いが食欲をそそります。
私とナナが食べる中、センリはじっとしています。
いつもならセンリの契約する『乙女』――シラクサの腕を顕現して食事をしているのですが、まったくそんな様子はありません。
「センリさん、食べないのですか?」
私は気になって訊ねます。
「あぁ、食べたいのはやまやまなんだが……実は魔力を使い過ぎてしまって、腕を顕現するほどの魔力に余裕が無いんだ」
センリはどこか疲れている感じで言います。
「それは大変です!すぐに休んだ方が良いのではないですか?」
「いや、そこまで大事ではないんだ。それに食べるものを食べないと魔力も回復しないし」
センリはそう言いますが、シラクサの腕を顕現しないと食事もできません。
「うーん……それでは私が食べさせましょか?」
ガタン!
ナナが椅子を倒して立ち上がりました。
「センリ!なんてうらやま……もとい甘えた事を言っているのっ!それに曲がりなりにも私と同じ『六聖女』たるあなたの魔力が、そうそう尽きるなんてことがある訳ないでしょう!」
ナナはその手に持ったフォークをびしっとセンリに向けます。
「そうなのですか?」
確かにナナの言う通り、センリほどの『乙女』の魔力が尽きるなんて少しおかしいですね。
といいますか、何に魔力を使ったのでしょう?
「いや、その……じ、実は数年に一度、私には絶不調の時があるんだよ。その日は魔力が殆ど残っていないんだ……うん。そして今日がまさにその日なんだよ」
しどろもどろに答えるセンリ。
まさかセンリにそんな弱点があったなんて。
心なしか、汗も流して調子が悪そうに見えます。
「それでは仕方ありませんね」
「――ノノッ!?」
「それに母様。食事中に立ち上がりフォークを突き付けるのは、お行儀が悪いですよ」
「……そんな」
私に窘められて、がくりと肩を落とすナナ。
そのまま椅子を戻して、大人しく座りなおします。
対照的にセンリはどことなく嬉しそうです。
「それじゃ、ノノ。お願いしていいかな?」
何故かセンリが先程より元気そうなのは、私の気のせいでしょうか?
そういえば、誰かにあーんをするのはこれが始めてです。
ナナには何度かやって貰ったことがありますが、自分がやるとなると少し恥ずかしいですね。
とはいえ、私から言い出したことです。私はセンリのグラタンをフォークで掬うと、そのままセンリの口元に近づけます。
「センリさん、行きますよ。あー」
私が「ん」を言い切る前に、
ハシッ!
センリの眼前で、一瞬の内に顕現したシラクサの腕が何かを掴んでいました。
その手に握られているのはフォークです。
私のフォークは私が持っています。センリのフォークは、テーブルに置かれています。
残るフォークは……私はナナに視線を移します。
「……いきなり何をするのですか、ナナ殿」
センリはフォークをテーブルに置きます。
ナナの手元にはフォークが存在しません。
「それより、シラクサを顕現させる余裕は無いのではなかったかしら、センリ」
「あっ!」
ナナの指摘に、私は驚きの声を上げます。
たしかセンリはシラクサの腕を顕現させる魔力がない筈なのに、ナナの投擲したフォークを掴み取ったのです。
「センリさん……」
「――うっ」
私に見つめられ、気まずそうにするセンリ。
「どうしてこんなことを?」
「いや、その……すまなかった」
頭を下げるセンリ。
「大方、ノノにあーんをして欲しくて小芝居をした様だけど残念だったわね、センリ!ノノにあーんされるのも、あーんするのも私以外は許さないわよ!」
「母様もフォークを投げるなんて行儀が悪いです!」
「――!?」
驚くナナ。自分が怒られるとは思っていなかったみたいです。
「この際だから言いますけど、最近二人とも変です!事あるごとに争って、間に挟まれる私の立場にもなって下さい。二人とも呆れるくらいに大人気ないです。もう少し仲良くすることは出来ないのですか!」
つい、色々と私の中で溜まっていたものも含めて、一気に吐き出してしまいます。
「ごめんなさい」
「すまない」
項垂れる二人。
少し言い過ぎたでしょうか?いえ、これで二人が仲良くなってくれれば問題ありません。
と思っていると、
「……センリのせいよ」
「……ナナ殿が邪魔するからです」
ぼそっと二人が同時に呟きます。
「……」
「……」
顔を見合わせる二人。
「外に出なさいセンリ……久しぶりに稽古をつけてあげるわ!」
「……こちらこそ。いつまでもナナ殿が知っている私ではないことを教えて上げます!」
席を立つ二人。
「あ……ちょっと、二人とも」
二人はそのまま、外に出て行きました。
あれ?おかしいです。ここは二人が心を入れ替えて、仲良く食事をする流れになると思ったのに。
……どうしましょう。
翌朝。
私が玄関の扉を開けるとボロボロになった二人が、互いに背を預けたまま倒れていました。
二人ともすっきりした顔をしています。
もしかしたら、なんだかんだと言い争っていても二人は中が良いのでは、と私は少し安心しました。
「大変です!村から少し行った先にある丘が……丘が消えて無くなりました!きっと魔獣の仕業です!!」
……村長が駆け込んでくるまでは。




