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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
断章
62/113

第六十話

第38.5話ぐらい。

時期的にセンリが村に居た頃のお話です。

 結局、何が悪かったのかは今でも分かりません。

 でも、もう少しそうだけ。私が二人に構ってあげられれば良かったと、今はそう思います。

 そうすればナナとセンリは争わず、あんな結果にはならなかったでしょう……。


--------------------------------------------------


「ノノ、今日の午後はママの畑仕事を手伝ってくれないかしら?」

「いや折角だから、私と魚釣りに行かないか?いい釣り場を見つけたんだ」


 右からはナナ、左からはセンリが私を誘います。

 今日はいつもの鍛錬はお休みで、私の午後は自由な時間となっています。


「ちょっとセンリ、ノノに変な遊びを教えないで頂戴!ノノはあなたとは違って、ちゃんとした女の子なのよ!魚釣りなんて興味がないのよ!」


 ナナが私の右腕を取り、自分の方に引き寄せます。

 いえ魚釣りとか好きです。前世でも小さい頃はよく川に釣りに行っていました。それに外見は女の子でも中身は男なので、ちゃんとしてはいません。


「変な遊びとは何ですか!ナナ殿こそ分かっていないですね。ノノはまだまだ遊び盛りの年頃。つまり家の手伝いより遊ぶ方が大事なのです!」


 すかさずセンリも私の左腕を掴み、ナナの方に行かないように阻止します。

 確かにいい歳(27+4歳)して遊ぶのは好きですが、家の手伝いも疎かにはしたくはないと思っています。


「何ですって!」

「何ですか!」


 睨み合うナナとセンリ。

 そのまま私の両腕を互いに引っ張ります。

 まるで大岡裁きです。

 痛い痛いと泣いて、先に手を放した方について行けば良いのでしょうか。……まぁそこまで強く引っ張られている訳ではありませんが。

 とりあえず、


「二人とも、ごめんなさい。今日は既にアンリ達と遊ぶ約束をしていたので、どちらにも付き合えません」


 私にも約束があるため、どちらの誘いも断ります。

 すると二人の私を引っ張る力が緩みます。


「母様すみません。手伝いが必要と知っていれば、別の日に約束したのですが……」

「いいのよ、こっちは大事な用事ではないから。それに友達と約束したのなら、そちらを優先しなさい」


 ナナは私の右手を放します。


「センリさんも折角誘っていただいたのにすいません。また誘ってくれると嬉しいです」

「あぁ、いいんだ。こちらこそ急に誘って悪かった。また別の日に誘うよ」


 センリも私の左手を放します。

 私に先約があったためか、気まずそうにそのまま沈黙する二人。

 なんでしょうか、このどんよりとした空気は……。


「……あの、それじゃ遊びに行って来ます」


 私はこの場の空気に耐えかねて、言います。

 すると「……行ってらっしゃい」と二人揃った声を聞き、私はこの場を後にします。


--------------------------------------------------


 その日の晩。


「それじゃ食事にしましょうか」


 食事の準備を終えたナナが言います。

 その声を聞いて、四角いテーブルの席に着く私達。

 私の正面にはナナが、隣にはセンリが座っています。

 今日の主食は夏野菜のグラタンです。茄子、ズッキーニ、鶏肉が入っており、トマトソースと焦げ目の付いたチーズの匂いが食欲をそそります。

 私とナナが食べる中、センリはじっとしています。

 いつもならセンリの契約する『乙女』――シラクサの腕を顕現して食事をしているのですが、まったくそんな様子はありません。


「センリさん、食べないのですか?」


 私は気になって訊ねます。


「あぁ、食べたいのはやまやまなんだが……実は魔力を使い過ぎてしまって、腕を顕現するほどの魔力に余裕が無いんだ」


 センリはどこか疲れている感じで言います。


「それは大変です!すぐに休んだ方が良いのではないですか?」

「いや、そこまで大事ではないんだ。それに食べるものを食べないと魔力も回復しないし」


 センリはそう言いますが、シラクサの腕を顕現しないと食事もできません。


「うーん……それでは私が食べさせましょか?」


 ガタン!


 ナナが椅子を倒して立ち上がりました。


「センリ!なんてうらやま……もとい甘えた事を言っているのっ!それに曲がりなりにも私と同じ『六聖女』たるあなたの魔力が、そうそう尽きるなんてことがある訳ないでしょう!」


 ナナはその手に持ったフォークをびしっとセンリに向けます。


「そうなのですか?」


 確かにナナの言う通り、センリほどの『乙女』の魔力が尽きるなんて少しおかしいですね。

 といいますか、何に魔力を使ったのでしょう?


「いや、その……じ、実は数年に一度、私には絶不調の時があるんだよ。その日は魔力が殆ど残っていないんだ……うん。そして今日がまさにその日なんだよ」


 しどろもどろに答えるセンリ。

 まさかセンリにそんな弱点があったなんて。

 心なしか、汗も流して調子が悪そうに見えます。


「それでは仕方ありませんね」

「――ノノッ!?」

「それに母様。食事中に立ち上がりフォークを突き付けるのは、お行儀が悪いですよ」

「……そんな」


 私に窘められて、がくりと肩を落とすナナ。

 そのまま椅子を戻して、大人しく座りなおします。

 対照的にセンリはどことなく嬉しそうです。


「それじゃ、ノノ。お願いしていいかな?」


 何故かセンリが先程より元気そうなのは、私の気のせいでしょうか?

 そういえば、誰かにあーんをするのはこれが始めてです。

 ナナには何度かやって貰ったことがありますが、自分がやるとなると少し恥ずかしいですね。

 とはいえ、私から言い出したことです。私はセンリのグラタンをフォークで掬うと、そのままセンリの口元に近づけます。


「センリさん、行きますよ。あー」


 私が「ん」を言い切る前に、


 ハシッ!


 センリの眼前で、一瞬の内に顕現したシラクサの腕が何かを掴んでいました。

 その手に握られているのはフォークです。

 私のフォークは私が持っています。センリのフォークは、テーブルに置かれています。

 残るフォークは……私はナナに視線を移します。


「……いきなり何をするのですか、ナナ殿」


 センリはフォークをテーブルに置きます。

 ナナの手元にはフォークが存在しません。


「それより、シラクサを顕現させる余裕は無いのではなかったかしら、センリ」

「あっ!」


 ナナの指摘に、私は驚きの声を上げます。

 たしかセンリはシラクサの腕を顕現させる魔力がない筈なのに、ナナの投擲したフォークを掴み取ったのです。


「センリさん……」

「――うっ」


 私に見つめられ、気まずそうにするセンリ。


「どうしてこんなことを?」

「いや、その……すまなかった」


 頭を下げるセンリ。


「大方、ノノにあーんをして欲しくて小芝居をした様だけど残念だったわね、センリ!ノノにあーんされるのも、あーんするのも私以外は許さないわよ!」

「母様もフォークを投げるなんて行儀が悪いです!」

「――!?」


 驚くナナ。自分が怒られるとは思っていなかったみたいです。


「この際だから言いますけど、最近二人とも変です!事あるごとに争って、間に挟まれる私の立場にもなって下さい。二人とも呆れるくらいに大人気ないです。もう少し仲良くすることは出来ないのですか!」


 つい、色々と私の中で溜まっていたものも含めて、一気に吐き出してしまいます。


「ごめんなさい」

「すまない」


 項垂れる二人。

 少し言い過ぎたでしょうか?いえ、これで二人が仲良くなってくれれば問題ありません。

 と思っていると、


「……センリのせいよ」

「……ナナ殿が邪魔するからです」


 ぼそっと二人が同時に呟きます。


「……」

「……」


 顔を見合わせる二人。


「外に出なさいセンリ……久しぶりに稽古をつけてあげるわ!」

「……こちらこそ。いつまでもナナ殿が知っている私ではないことを教えて上げます!」


 席を立つ二人。


「あ……ちょっと、二人とも」


 二人はそのまま、外に出て行きました。

 あれ?おかしいです。ここは二人が心を入れ替えて、仲良く食事をする流れになると思ったのに。

 ……どうしましょう。


 翌朝。

 私が玄関の扉を開けるとボロボロになった二人が、互いに背を預けたまま倒れていました。

 二人ともすっきりした顔をしています。

 もしかしたら、なんだかんだと言い争っていても二人は中が良いのでは、と私は少し安心しました。


「大変です!村から少し行った先にある丘が……丘が消えて無くなりました!きっと魔獣の仕業です!!」


 ……村長が駆け込んでくるまでは。



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