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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
断章
61/113

第五十九話

第17.5話ぐらい。

時期的にノノがタリアと契約した後のお話です。

「赤ちゃん……ですか?」

「そう、赤ちゃん!」


 思わず聞き返す私に、アンリは繰り返します。

 その後ろでは、トールとカナデも私の答えを待っています。

 いつもの様に村の広場に集まった面子。

 少し遅れてやって来た私を待っていたのは、アンリのとある質問でした。

 その質問は、


『どうやったら赤ちゃんが出来るの?』


 という内容でした。


「そもそも、どうしてその様な事を私に聞くのですか?」


 正確に質問に答えるためにも、まずは事の経緯を把握する必要があります。


「ノノは、私に弟がいることは知っていたっけ?」

「はい。確か名前は……」

「ソウセキね」

「そう、ソウセキでした。その弟がどうしたのですか?」


 確かアンリには、2歳位の弟が居た筈です。


「最近は一人歩きも上手になって、色々と悪戯をし始めた訳。それを見て、ついこの間まで小さかったのにすぐに大きくなるんだなって思ってね」

「ま、それを言うならカナやノノもあっという間に大きくなったよな」


 アンリの説明をトールが捕捉します。


「でだ。そもそも子供がどうやったら出来るかってことを、俺達は知らないことに気付いたんだ」

「ソウセキやカナの様に、お母さんのお腹の中で赤ちゃんが育つのは知っているけど、赤ちゃんが出来るきっかけが何かを誰も知らないんだよねー」


 アンリは皆を見渡します。


「まぁ、そんな訳でノノなら物知りだから、何か知ってるかなと思って」


 アンリが期待した眼差しで私を見つめてきます。

 その無邪気な好奇心が、時に大人を困らすとは露ほども思ってもいないのでしょう。


「わ、私も知りたいっ!」


 オー!カナデまで……。


「お父さんやお母さんには聞かなかったのですか?」

「あー、家のかーちゃんは愛しあったら出来るとしか言ってなかったな」

「あたしのお母さんは、そんな事考えている暇があったら家の手伝いをしなさいって」


(……ちっ!)


 トールとアンリの答えに、心の中で舌打ちをします。

 トールの母親も、アンリの母親もうまく誤魔化したみたいです。


 しかし困りました。どう答えたら良いのでしょうか。

 まさか男性と女性が交合すれば、赤ちゃんが出来るとは言えませんし……。

 ここは無難に「コウノトリが……」でしょうか。

 いや、この辺にコウノトリは生息していませんので、「キャベツ畑から……」でしょうか?

 そもそもキャベツ畑の例えが、この世界では一般的なものなのか分かりません。


(――そもそも本当に、男性と女性で子供を作るものなのでしょうか?)


 私の中に、ふとした疑問が生まれます。

 前世でさえ子供を作ったことがないのです。それでも一般常識としては知っていました。

 しかしここは異世界です。

 もしかしたら前世の常識は通用しない可能性もあります。基本的に前世と物理法則は同じみたいですが、この世界には魔法といった例外もありますし。

 つまり私の知っている答えが、必ずしも真実だとは限らない訳です。

 それにより、もし私が間違った事を教えて将来トール達が間違えたまま、後で恥をかくのは忍びないです。


「それは……」

「それは?」


 三人が聞き返します。


「それは……私も知らないです。ごめんなさい」


 決して日和った訳でも、誤魔化すのが面倒だとか考えた訳ではありません。

 ここで確実な情報を知るように習慣付けなければ、同じような事があった場合に主観的に判断してしまう恐れがあるためです。……ホントウデスヨー。


「そっかーノノも知らないのか。どうしよっか?」


 どうやら私への矛先を変える事は成功したみたいです。


「あのねっ!」

「カナちゃん?」


 カナデが何か思い付いた様子です。……変なことではないと良いのですが。


「ナナ先生なら知っているかもしれないと思う」

「そっかー。そうかもしれない!」

「確かにナナ先生だったら知っているかもな。カナ冴えてるな!」

「えへへ」


 褒められて照れくさそうにするカナデ。その照れ顔はとても可愛いです。

 そしてカナデの案に賛同するアンリとトール。

 どうやら矛先はナナに向かったみたいです。


(ナナに聞いたら、顔を真っ赤にしてしまうのではないでしょうか)


 私はいつぞや、『タリア』の契約破棄の条件を訊いたときの事を思い出します。

 あの時のナナは初心で可愛かったです!


「それじゃ早速、先生の所に聞きにいこうぜ!」

「おー!」


 気が付いたら、ナナに訊ねに行く流れになっていました。慌てて私も賛同します。


「お、おー」


 こうして私達一同は、ナナの元に向かうことになりました。


--------------------------------------------------


「え、赤ちゃん……ですか?」

「そう、赤ちゃん!」


 聞き返すナナにアンリが繰り返します。

 さっきも同じやり取りを、私としましたね。


「皆のお父さんやお母さんには聞かなかったのですか?」


 確認するナナ。これもやりました。

 私に答えたようにアンリやトールも返します。


「で、本当の所はどうなんですか?」


 ナナに詰め寄るアンリ達。

 案の定、ナナは顔を赤くして困っています。


(母様可愛いです!)


「それは……」

「それは?」


 三人が聞き返します。

 するとナナは、こほんと咳払いをすると皆に向けて言い放ちます。


「――キスです。キスをしたら子供が出来ます」

「キス!?」


(えっ!?)


 ナナの答えに誰もが驚愕を隠せません。


「それじゃ俺達でもキスをしたら子供が出来るのか?」


 トールが訊きます。


「いえ、誰もが出来るという訳ではないのです。本当に愛し合った大人の間でしか子供は出来ないのです」


 ナナは断言します。

 その言葉に「だからお母さんもそう言っていたんだ」とカナデも納得しています。

 それにしても、キスで子供が出来るのですか……。

 にわかには信じられない話ですけど、ナナが言うのですから間違いはない筈です。


「それじゃ女性同士でも、愛し合っていてキスすれば子供が出来るのですか?」

「――ぶっ!?」


 何を訊いているんですかアンリは!?

 思わず噴き出してしまったではないですか!


「それは……残念だけど、男性と女性の間でしか子供は出来ないのよ」


 ナナが伏目がちにチラチラとこちらを見て来ます。

 ん?一体何でしょうか。


「――とにかく、このことは大人になれば自然と知ることなのです。だから余り言い触らさない様にすること。分かりましたか?」

「はーい」


 ナナの言葉に頷く子供達。

 そろそろ夕方なので、皆は解散します。


「キスで子供が出来るなんて知りませんでした。母様のお陰でまた一つ賢くなりました!」


 私はナナに話し掛けます。

 キスで子供なんて、これが異世界ギャップというやつですね。伊達に魔法が存在する訳ではない模様です!


「あのね、ノノ……」

「はい?」

「……何でもないわ」


 どこか気まずそうにするナナ。


 ちなみに私が真実を知るのは、それから数年後の事でした。



しばし小話が続きます。

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