第六話
あっという間に、私は4歳になりました。
この頃には言葉も完全に話せるようになり、文字の読み書きも出来るようになりました。
魔獣退治の一件以来も、私はいつもナナと一緒に居ました。
午前は他の子供達と授業に出て、午後はナナに付いて回ります。
その間に魔獣の出現は何度も有りました。
大体三ヶ月に一回のペースで村の付近に出現します。
その度にナナは私を連れたまま、魔獣を討伐……もとい瞬殺します。
私も最初の内こそ恐怖に股間を濡らしていましたが、数回と討伐される内に慣れてきたのか……というより、そんな魔獣すら圧倒する存在と一緒に居るという安心のため、今では粗相はしなくなりました。
そうするとある程度余裕も生まれ、今では魔獣を観察するようになりました。
魔獣の種類については千差万別です。
初めて遭遇した獣の様な魔獣も居れば、虫がそのまま大きくなった様な魔獣も居ました。
この世界の動物については、以前の世界と同じものが多く存在します。
野生の猪や鹿、それを捕食する熊や狼。
畜産の対象となる山羊、豚、ニワトリも居ます。
それらとはまったく異なる生物。
それが魔獣です。
魔獣はとにかく凶暴で、あらゆる生き物を襲います。
野生の動物が襲われる事もあれば、人間が襲われる事もあります。
野生の熊が殺されていたり、現に村でも何人かの犠牲者が出ていて、ほぼ一方的に殺害されているそうですし。
ただ分かっているのはそれ位で、本質的に魔獣がどういった存在かは良く分かっていません。
教室にある本などを調べてみても、魔獣についての詳しい記述はありませんでした。
もしかしたら、この世界にとっては当たり前の様な存在なのかも知れません。
そんな魔獣を討伐するナナも只者では無いみたいです。
まず、ナナの外見はまったく成長していません。
私の意識が目覚めてから3年経ちます。しかしナナの容姿はあの時と変わらず天使のままです。
髪や爪などは伸びている様で、たまに切っているのを見掛けます。
謎です。
続いて彼女の能力についてです。
ナナは不思議な力を幾つか持っています。
魔獣討伐に用いられる大鎌。あの大鎌は好きな時に出し入れが出来るみたいです。
そしてそれを振り回す身体能力。
また他にも、魔法みたいなものを使用しているのを目撃しました。
ある日、村の青年が屋根の修理をしていて、足を滑らせ転落するということがありました。
青年は体が丈夫だったため、落ちた時は軽い打ち身程度で済んだみたいです。
しかし運悪く、転落の際に立て掛けてあった鍬が倒れて、青年の右手首をざっくりと切断してしまいます。
そして我が家に運び込まれて来る青年。
最初、血まみれの青年が運び込まれたときは何事かと思いました。
しかしナナが青年に近づき、切り離された青年の手首と切断面を合わせながら何かを唱えると淡い光で覆われ、手首がぴったりとくっ付きます。
あれほど酷い怪我が一瞬で元通りです。
青年は怪我をしたのが嘘のようにぴんぴんして、ナナに感謝すると家に帰っていきました。
ナナが使ったのは明らかに治癒魔法です。
村人の誰かが大怪我をすると家に担ぎ込まれて、その度にナナは怪我人を治療していました。
どうやらこの村には、治安維持を行う警察、事故や災害に出動する消防、病気や怪我の手当てをする医師に該当する人間がおらず、代わりにそれら全てをナナが行っているみたいです。
他の村人はナナとは違って、このような能力を持つ人は居ないみたいです。
他にも年端の行かない子供達に、文字の読み書きや数字の計算などを教えています。
その上ナナ自身が美少女であり、誰彼であろうと分け隔てずに接する優しい性格の持ち主です。
確かに「ナナ様」と呼ばれ敬われるのも納得できます。
やはりナナは天使……いえ、女神と呼ぶのが相応しいと思います。
それにしても魔獣に魔法……どうやら私の異世界転生は確定したみたいです。
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「母様。ちょっといいですか?」
「何、どうしたのノノ?」
お風呂上り、私の髪を櫛で梳かし始めたナナに尋ねます。
「幾つか聞きたい事があるのですが、大丈夫ですか?」
「うん。何でも聞いて大丈夫よ」
ナナは笑顔で答えます。
さて何から聞いたものか。……よし。
「どうして母様が魔獣を退治しているのですか?」
「勿論大好きなノノを危険から守るためよ!」
即答するナナ。
(その危険に、むしろ私を近づけているように思うのは気のせいでしょうか?)
どうやら聞き方が悪かったみたいです。
「えーと、そうではなくてですね。母様以外に魔獣を退治する人は居ないのですか?」
「少なくともこの村には居ないわね。他の地域だと騎士団が常駐していたり、私とは別の『タリアの乙女』が居るけど」
(なるほど騎士団が居るのですか、しかし……)
「『タリアの乙女』……?」
初めて聞く言葉です。
ナナもその『タリアの乙女』なのでしょうか?
「『タリアの乙女』っていうのは魔獣を退治するのをお仕事とする人達の事で、私もその内の一人なのよ。正確には『タリア』と契約した少女の事を『タリアの乙女』と呼ぶのよ」
ナナは分かりやすく説明します。
「騎士団と『タリアの乙女』はどう違うのですか?」
「まず騎士団は国や貴族が運営している組織ね。主に国内の治安維持や国外への対応を仕事をしているわ」
この辺は前世で読んだ事のあるファンタジー物と同じみたいです。
「次に『タリアの乙女』は、先程も述べた様に『タリア』と契約した個人を指しているのだけど、それ以外にも『タリアの乙女』をまとめる組織の事も指しているわ。この組織は運営自体も『タリアの乙女』が行っていて、魔獣の討伐を主な仕事としているわ」
つまり国としては魔獣対策の組織が存在していて、その一つが騎士団。
またそれとは別に、魔獣対策を専門とする『タリアの乙女』という組織が存在するということらしいです。
「『タリア』とは何者でしょうか?」
「『タリア』はこことは別の世界、『構成界』に存在する神様の一人で、私達に力を貸してくれる存在よ」
ナナは私の髪を梳いて、頭を撫でてきます。
『構成界』とはどんな所でしょうか?
それに神様の一人、ということは他にも神様が居るのでしょうか。
「私も『タリア』と契約したら、母様の様になれるのでしょうか?」
「そうね。……それはノノ次第かな」
すると彼女は少し寂しげに答えます。
そろそろ良い時間なのか、撫でられている内に私の目がとろんとして、欠伸が出ます。
「そろそろお眠かな?さ、お布団に入って。続きはまた今度ね」
まだまだ聞きたいとはありますが、眠気には勝てません。
今日はこの辺にしてきましょう
私が「おやすみなさい」と答えると、ナナから「おやすみなさい」が帰ってきて、そのまま眠りに落ちていきます。
「……ノノなら大丈夫よ」
眠りに落ちる瞬間、ナナがそう呟いたように聞えました。