第五十六話
「最初に確認するけど、ノノは『タリアの乙女』になりたいの?」
「はい。母様の様に立派な『乙女』になりたいです!」
「『乙女』になれば歳を取らず、この国の人を守るためにずっと魔獣と戦い続けなければいけなくても?」
「覚悟はしています!」
最初に『タリア』と契約したのは、死に瀕した状態から生き返り、再びナナに会いたいからでした。
強くなろうと思ったのは、アンリやトール、カナデ達大切な人を守れるようになるため。
それから、ナナに心配を掛けたくなかったら。
『乙女』になろうと決心したのは、ナナやセンリの隣に並び、一緒に生きて行きたいと思ったからです。
「そう。ノノの意思は分かったわ」
ナナが強く抱きしめてきます。
「……今回の学部入りの件、この件については入学しようがしまいが、どちらでも構わないと考えているわ」
「え、そうだったのですか?母様が進めるから、私には必要な事かと……」
てっきり一人前の『タリアの乙女』になるためにのものだと思っていました。
「そもそも私は学部に入ったことがないわ、というより仮契約を結んだ事自体が無いのよ」
「えー!?」
てっきり、仮契約→『娘』と仲良くなる→本契約。だと思っていたのですが、違ったみたいです。
「私の生まれは辺境の田舎貴族の家だったわ。一応は貴族だから何不自由なく育って、時期が来たら貴族の務めとして結婚して子供を生むものだと当時は思っていたわ」
ナナは貴族だったのですか。他の村人とは少し仕草が洗練されている訳です。
「でも私が12歳のある日、突然魔獣の襲来によってあっけなく私の住む街は滅びたわ。生き残ったのは、たまたま街の外に出ていた私と御付の使用人だけ。街に戻った私達を待っていたのは瓦礫に埋もれた屋敷だけだったわ」
ナナはあっけからんと話します。
「とりあえず私は使用人に連れられて、隣の街に移ったわ。使用人は『これからお屋敷に戻って、お金になりそうなものを回収してきます』と言って、そのまま私を宿に待たせたまま戻ってこなかったわ。」
その使用人が逃げたのか、途中で事故にあって戻れなくなったのかは分からないとナナは言います。
「それで一文無しの私は当然、宿を追い出されて途方に暮れました。そんな私に声を掛けたのは、その街の孤児院の悪ガキ共だったわ。そいつらの孤児院も貧乏で、生きるために色々と悪い事をしているやつらだったわね」
「色々とは?」
「……ノノは知らなくても良い事よ。とにかく私はそいつらの仲間になって、色々と悪いことをしたわね」
まぁ色々したのでしょう。
ナナが言葉を濁すので、深くは追求しません。
「それで私が14歳の時、また街を魔獣が襲ってきたのよ。その街には『乙女』が一人居たけど、魔獣と相打ちになったわ。私はたまたま仲間達とはぐれて、倒れている『乙女』に遭遇したわ。その少女は今にも死にそうで動けなかったけど、魔獣の方はゆっくりだけど動いて、またすぐにでも人を襲いそうな感じだったわね」
「それで?」
「それでその少女と話して、魔獣を倒すために私は『タリア』と契約することになったの。契約が終わった時には少女は事切れていて。どうやって力を使えばいいのか分からなかったけど……まぁ、方法は省略するけどそのままラヴェンナと本契約をして、魔獣に止めを刺したのよ」
「え、省略ですか?」
「ノノには悪いけど、本契約の方法は秘密にする決まりなの。ごめんね」
「はぁ……」
「それから私は駆けつけた他の『乙女』に保護されて、以降はずっと軍部に所属して、魔獣討伐に明け暮れていたって話」
とにかくナナが『乙女』になった経緯は分かりました。
貴重なナナの過去話が聞けて少し嬉しいです。
「ちなみにその頃は学部なんて今より規模が小さくて、『タリア』との仲介も『乙女』が自分の判断で勝手に行っていたのよ」
「へぇ。では何故、今の様な制度が出来たのですか?」
「まぁ理由は二つあって、一つは一定に『乙女」の数を確保するため。ノノは大戦のことは誰かから話を聞いたかしら?」
「はい、魔獣の大量発生が起きたと聞いています」
確かセンリから聞いた話です。
「大戦が終結した折、半数以上の『乙女』が帰らぬ人となったわ。それでも魔獣が滅びたわけではなかった。そのため早急に『乙女』の確保が必要になったのよ」
大戦というのは、そんなに凄まじい戦いだったのですか。
「もう一つの理由は、全ての『乙女』を一定以上の強さまで引き上げる為。大戦時に終結した『乙女』達。彼女らの中には、一定の錬度に達していない者が何人も居た。各自で勝手に『乙女』を鍛えていたため、弱い『乙女』の鍛えた『乙女』は更に弱かったのよ」
「だから一定水準に達した『乙女』を確保するために、学園という制度が必要になったのですね」
「そういうこと」
なるほど納得です。
「それで話は逸れちゃったけど、一人前の『乙女』になるために必ずしも学部入りする必要はないのよ」
「はー、そうなのですか」
あれ?ということは、
「では何故、母様は私の学部入りを進めたのですか?」
私はナナに訊ねます。
ここからが本題です。
「ノノの顔に、学部に行きたいって書いてあったからよ」
「そんなに分かり易い顔をしていましたか?」
「なんていってもノノのママですもの」
母様はえっへんと得意気になります。
「本契約をしたら、否が応でも軍部に入らざるを得ないわ。そうなればセンリの様に各地を旅したり、コノカの様にまったく知らない土地へ行く事になるかもしれない」
「……はい」
「まぁ一人前になった時にノノが望むなら、一緒に居られるように『お願い』をすることは可能だけど」
ふふっと悪い笑いをするナナ。
それは願ったりですけど、後が怖そうです。とは口に出して言えません。
「とにかく、そうなれば色々と制約が付いて回ることになるわ。だからノノには、今の内に好きな事、やりたい事を自由にして欲しいの。まして私を理由に、ノノが自分のしたい事を我慢して欲しくない……と思っていたのだけど、勝負を申し込まれた時は私も驚いたわよ」
ナナは苦笑します。
あの時は私も色々と追い詰められていたため、つい勢いのままに行動してしまいました。
「それにセンリの手紙にも書いてあったわ」
「センリさんは何て?」
「『ノノには若い内に色々なことをさせて、経験を積ませた方が良い。ノノは面白い娘だから、他の『乙女』にも良い刺激を与えるはず』って書いてあったわ」
何だか色々と買い被られているような気がします。
「他にも『子はいつか親離れするもので、親もいつか子離れしなければならない』とか書いてあったけど、まったくセンリの癖に生意気になったわね。ふふっ……」
そう言うナナの声色は笑っていません。
そういえば、今回の事の発端はセンリの手紙でしたね。
「だからね。ノノが私と一緒に居たいという気持ちは、とても嬉しいわ。でも今しか出来ないこともある。だから出来る事、やりたい事を優先しなさい。ノノは凄い娘だから何でも出来るはず。私はずっと、ここでノノを待っているから」
あぁ、ナナはやっぱり私の事を考えていてくれたのです。
少しでもナナを疑った私は、穴があったら入りたい気分です。
「それからノノが居ない分、私はコノカを徹底的に鍛えるつもり。少なくても一ヶ月は、私が村を離れても大丈夫な位にね」
「それは?」
私が勝った時に、ノノを一緒になる時に話した代替案でしょうか?
「春休みの一ヶ月の間、私がリネットの街に行けばノノと一緒に居られるわ。だから早くても来年の春には、ノノと会える筈よ」
(……おぉ!それは思いも寄らなかった考えです!)
しかし、
「でも、私は母様との勝負に負けたのですよ。いいのですか?」
「いいのよ。私がノノと一緒に居たいんだから」
嬉しい話しです。
「分かりました母様。私はリネットの街に行ってきます」
「うん」
「それで、その……約束をして頂けませんか?」
「約束?」
「はい。母様さえ良ければ、私の後に宣言して下さい」
私が、ナナと離れていても頑張れるように。
「私――ノノは一人前の『乙女』になって母様の元に戻ってくることを、この星空に約束します」
「私――ナナ・ラヴェンナは、ノノが帰ってるまでずっと待っていることを、この星空に約束します」
私もナナも空を見上げながら誓います。
「これでこの空の星が輝き続ける限り、約束は果たさなければいけないのです」
「そうね。約束よノノ」
ナナが強く私を抱きしめてきます。
私もナナの腕に強くしがみ付きます。
それから私はナナと色々な話しをしていました。
今回の勝負の内容について、コノカとの修行の事、ナナの昔話、これからの事について。
気付いた時には、朝日が二人を照らしていました。




