第五十五話
ゆっくり、ゆっくり。
身体が上下に揺れています。その感覚を心地良く感じます。
(……良い匂い。それに暖かい)
私はまどろみの中、思います。
ずっとこのままでいられたら、どんなに幸せでしょうか。
いつもでもずっと……ナナと一緒に。
「……うーん、母様?」
私は目を覚ましました。
「ノノ、起きたの?」
目の前にある銀髪――ナナの後頭部越しから声がします。
ナナにおんぶされている私。
揺れる感覚は、ナナが私を背負ったまま歩いているからでした。
時刻は夕刻でしょうか。山の向こうに沈み行く太陽が、全てを橙色に染めています。
「えーと、確か……私は母様と戦っていて、そして――」
そうです。
最後に雷迅の術を使ったは良いものの、ナナが顕現した鎧に防がれて、そのまま魔力切れで倒れたのでした。
「……私は、負けたのですね」
「そうね」
「学部に入るためリネットの街に行かないといけませんね」
「そうね」
「母様とも、しばらくの間お別れですね」
「……そうね」
ナナの足元から長い影が伸びています。
昔――私が赤ちゃんだった頃は、ずっとこうやっておんぶされていました。
そして同じ様に、夕日に影が伸びていた頃がありました。
(懐かしいです)
こうして背負われるのは、何年振りでしょう。
ナナはあの頃に比べて全然変わっていません。
変化しているのは、おぶられている私の影だけです。私の影だけが大きくなって、ナナの影に追いつきそうです。
(いつか追いつけたら良いなぁ)
私の目から静かに涙が流れ、ナナの肩を濡らします。
「ノノ、村までまだ少し時間が掛かるわ。まだ魔力も回復していないし、もう少し眠っていなさい」
「……はい」
ナナの言う通り、もう少しだけこのままでいたいです。
私はノノの背中で、再び眠りに落ちます。
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再び目を覚ました頃には、夜の帳が下りていました。
私は一人、ベッドで横になっています。
ここはナナと私の部屋です。
どうやら夕方からずっと眠ったままの状態だったみたいです。
今は、何時頃なのでしょうか。
私の体内時計では、夜中という事しか分かりません。
それにしても、さっき――夕方まで一緒に居たナナの姿はありません。
「母様ー?」
試しに小さい声で呼んでみます。
いつもであれば、すぐに飛んで来るのですが……来ないです。
私はベッドから出て、ナナを捜しに行く事にしました。
とりあえず廊下に出ます。
部屋の扉を閉める時、キィーと普段は気にしない様な音が辺りに響き、少しどきどきします。
廊下は部屋より暗いですが、僅かな月明かりでなんとか見えます。
(さて、何処から捜しますか?)
とはいえ狭い我が家です。きっとすぐに見つかるでしょう。
まずは隣の部屋――物置部屋の扉を開けます。
「母様?」
暗闇に包まれた部屋に声を投げかけますが、沈黙しか返ってきません。
扉のすぐ横には、ナナの装備があり外套が掛けてあります。
ここには居ないと。
次に向かうのは私達の部屋の正面にある部屋――コノカの部屋です。
さすがにコノカが寝ていたら、悪いことをするかなぁ……と思いましたが、寝ているコノカが起きる筈もないのでさっさと済ませましょう。
私はコンコンと控えめに扉をノックします。
……反応がありません。コノカは寝ているみたいです。
念のためにとドアノブを捻ってみると、ゆっくりと回ります。
扉を開けて中を確認してみると、部屋の中でコノカはうつ伏せで寝ていました。
(そういえば鍵を掛けると言っていましたのに)
単に忘れただけなのか、わざとなのか、判断が付きません。
ですが少しだけ嬉しく思ったため、一言だけ。
「コノカ姉さま、ありがとうです」
「……んー」
コノカが寝返りを打ちます。起きたかもと思いましたが、どうやらただの寝返りみたいですので、私は静かに扉を閉めます。
さて、二階にはナナが居ませんでした。
続けて一階を捜す事にしましょう。私は階段を下ります。
まずは教室。
「母様?」
しーんと静まり返っている教室はなかなか新鮮でしたが、ナナは居ません。
続いて調理場兼、食事場を覗きます。……居ません。
最後にトイレ。……ここにも居ません。
どうやらナナは家には居ないみたいです。
ではどこに行ったのでしょうか?
(物置に外套があったので、魔獣退治に村の外に行ったとは考えにくいです)
ナナが家の中に居ない為、不安になります。
やっぱり外も捜してみましょう。
私は玄関に向い、扉を開きます。
ちなみに家の鍵はいつも掛かっていません。前世でもあった田舎の家は鍵掛けないあれです。
こんな辺境では、村の人全てが顔見知りで、物騒なこともそうそうありませんしね。
外に出ると夜の冷気が伝わります。
(少し冷えますね)
春が少し過ぎたあたりとはいえ、夏はまだ来ていません。
寝巻き姿のままでは少し寒いですが、さっと戻れば良いでしょう。
私は家の前まで歩きます。
そして周囲を見渡すと、
(あ、居ました!)
ナナの姿を発見しました!
人影がこちらに背を向けて、切り株の上に腰掛けています。
毛布を身体に巻いて顔は見えませんが、月明かりに輝く銀髪ですぐにナナだと判りました。
その姿を見つけて、安堵します。
私はナナの後ろから近づき声を掛けます。
「母様!」
「……ノノ?」
ナナがゆっくりと振り返ります。
「こんな夜中に何をしていたのですか?」
「空を……星を観ていたのよ」
ナナが空を見上げたため、私も釣られて顔を上げます。
「わぁ!」
宙には万遍なく光の粒が散りばめられていて、そのスケールの大きさに私は感動の声が出ます。
周りに灯りが無く夜が暗く、また空気が澄んでいるために星が良く見えます。
「いつ観ても綺麗ですね」
前世とは星の配置も全然異なります。
とはいえ観て分かるのも、北斗七星やオリオン座位ですけど。
「そうね。でもノノ、そんな格好じゃ風邪を引いてしまうわよ」
ナナが毛布を開いて、おいでおいでをします。
私は誘われるままに、ナナの隣に座ろうとしますが、
「そっちじゃなくて、こっちよ」
ナナの脚の間に背を向ける形で座らされ、そのまま後ろからナナにぎゅっと抱きしめられます。
(――!?)
これは所謂、あすなろ抱きというものではないでしょうか!?
「ノノ、寒くない?」
「い、いえ。とても暖かいです」
前世ではこの座り方をしているカップルを見ると「爆発しろ」とか思っていました。しかし実際に体験してみると、こっちが恥ずかしさで爆発しそうです。
一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりと。今更ながらと言われるかもしれませんが、これはこれで照れ臭いものです。
「それじゃ、少し話しをしましょうか」
「あ、はい」
私はナナの言葉に頷きます。




