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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第三章
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第五十五話

 ゆっくり、ゆっくり。

 身体が上下に揺れています。その感覚を心地良く感じます。


(……良い匂い。それに暖かい)


 私はまどろみの中、思います。

 ずっとこのままでいられたら、どんなに幸せでしょうか。

 いつもでもずっと……ナナと一緒に。


「……うーん、母様?」


 私は目を覚ましました。


「ノノ、起きたの?」


 目の前にある銀髪――ナナの後頭部越しから声がします。

 ナナにおんぶされている私。

 揺れる感覚は、ナナが私を背負ったまま歩いているからでした。

 時刻は夕刻でしょうか。山の向こうに沈み行く太陽が、全てを橙色に染めています。


「えーと、確か……私は母様と戦っていて、そして――」


 そうです。

 最後に雷迅の術を使ったは良いものの、ナナが顕現した鎧に防がれて、そのまま魔力切れで倒れたのでした。


「……私は、負けたのですね」

「そうね」

「学部に入るためリネットの街に行かないといけませんね」

「そうね」

「母様とも、しばらくの間お別れですね」

「……そうね」


 ナナの足元から長い影が伸びています。

 昔――私が赤ちゃんだった頃は、ずっとこうやっておんぶされていました。

 そして同じ様に、夕日に影が伸びていた頃がありました。


(懐かしいです)


 こうして背負われるのは、何年振りでしょう。

 ナナはあの頃に比べて全然変わっていません。

 変化しているのは、おぶられている私の影だけです。私の影だけが大きくなって、ナナの影に追いつきそうです。


(いつか追いつけたら良いなぁ)


 私の目から静かに涙が流れ、ナナの肩を濡らします。


「ノノ、村までまだ少し時間が掛かるわ。まだ魔力も回復していないし、もう少し眠っていなさい」

「……はい」


 ナナの言う通り、もう少しだけこのままでいたいです。

 私はノノの背中で、再び眠りに落ちます。


--------------------------------------------------


 再び目を覚ました頃には、夜の帳が下りていました。

 私は一人、ベッドで横になっています。

 ここはナナと私の部屋です。

 どうやら夕方からずっと眠ったままの状態だったみたいです。

 今は、何時頃なのでしょうか。

 私の体内時計では、夜中という事しか分かりません。

 それにしても、さっき――夕方まで一緒に居たナナの姿はありません。


「母様ー?」


 試しに小さい声で呼んでみます。

 いつもであれば、すぐに飛んで来るのですが……来ないです。

 私はベッドから出て、ナナを捜しに行く事にしました。

 とりあえず廊下に出ます。

 部屋の扉を閉める時、キィーと普段は気にしない様な音が辺りに響き、少しどきどきします。

 廊下は部屋より暗いですが、僅かな月明かりでなんとか見えます。


(さて、何処から捜しますか?)


 とはいえ狭い我が家です。きっとすぐに見つかるでしょう。

 まずは隣の部屋――物置部屋の扉を開けます。


「母様?」


 暗闇に包まれた部屋に声を投げかけますが、沈黙しか返ってきません。

 扉のすぐ横には、ナナの装備があり外套が掛けてあります。

 ここには居ないと。

 次に向かうのは私達の部屋の正面にある部屋――コノカの部屋です。

 さすがにコノカが寝ていたら、悪いことをするかなぁ……と思いましたが、寝ているコノカが起きる筈もないのでさっさと済ませましょう。

 私はコンコンと控えめに扉をノックします。

 ……反応がありません。コノカは寝ているみたいです。

 念のためにとドアノブを捻ってみると、ゆっくりと回ります。

 扉を開けて中を確認してみると、部屋の中でコノカはうつ伏せで寝ていました。


(そういえば鍵を掛けると言っていましたのに)


 単に忘れただけなのか、わざとなのか、判断が付きません。

 ですが少しだけ嬉しく思ったため、一言だけ。


「コノカ姉さま、ありがとうです」

「……んー」


 コノカが寝返りを打ちます。起きたかもと思いましたが、どうやらただの寝返りみたいですので、私は静かに扉を閉めます。

 さて、二階にはナナが居ませんでした。

 続けて一階を捜す事にしましょう。私は階段を下ります。

 まずは教室。


「母様?」


 しーんと静まり返っている教室はなかなか新鮮でしたが、ナナは居ません。

 続いて調理場兼、食事場を覗きます。……居ません。

 最後にトイレ。……ここにも居ません。

 どうやらナナは家には居ないみたいです。

 ではどこに行ったのでしょうか?


(物置に外套があったので、魔獣退治に村の外に行ったとは考えにくいです)


 ナナが家の中に居ない為、不安になります。

 やっぱり外も捜してみましょう。

 私は玄関に向い、扉を開きます。

 ちなみに家の鍵はいつも掛かっていません。前世でもあった田舎の家は鍵掛けないあれです。

 こんな辺境では、村の人全てが顔見知りで、物騒なこともそうそうありませんしね。

 外に出ると夜の冷気が伝わります。


(少し冷えますね)


 春が少し過ぎたあたりとはいえ、夏はまだ来ていません。

 寝巻き姿のままでは少し寒いですが、さっと戻れば良いでしょう。

 私は家の前まで歩きます。

 そして周囲を見渡すと、


(あ、居ました!)


 ナナの姿を発見しました!

 人影がこちらに背を向けて、切り株の上に腰掛けています。

 毛布を身体に巻いて顔は見えませんが、月明かりに輝く銀髪ですぐにナナだと判りました。

 その姿を見つけて、安堵します。

 私はナナの後ろから近づき声を掛けます。


「母様!」

「……ノノ?」


 ナナがゆっくりと振り返ります。


「こんな夜中に何をしていたのですか?」

「空を……星を観ていたのよ」


 ナナが空を見上げたため、私も釣られて顔を上げます。


「わぁ!」


 宙には万遍なく光の粒が散りばめられていて、そのスケールの大きさに私は感動の声が出ます。

 周りに灯りが無く夜が暗く、また空気が澄んでいるために星が良く見えます。


「いつ観ても綺麗ですね」


 前世とは星の配置も全然異なります。

 とはいえ観て分かるのも、北斗七星やオリオン座位ですけど。


「そうね。でもノノ、そんな格好じゃ風邪を引いてしまうわよ」


 ナナが毛布を開いて、おいでおいでをします。

 私は誘われるままに、ナナの隣に座ろうとしますが、


「そっちじゃなくて、こっちよ」


 ナナの脚の間に背を向ける形で座らされ、そのまま後ろからナナにぎゅっと抱きしめられます。


(――!?)


 これは所謂、あすなろ抱きというものではないでしょうか!?


「ノノ、寒くない?」

「い、いえ。とても暖かいです」


 前世ではこの座り方をしているカップルを見ると「爆発しろ」とか思っていました。しかし実際に体験してみると、こっちが恥ずかしさで爆発しそうです。

 一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりと。今更ながらと言われるかもしれませんが、これはこれで照れ臭いものです。


「それじゃ、少し話しをしましょうか」

「あ、はい」


 私はナナの言葉に頷きます。



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