第五十四話
私の放った雷迅の術がナナを襲います。
そして電撃と共に発生した光に、目を閉じてしまいます。
この世界において電気というものを知っている人は少ないでしょう。
前世であれば夜を照らす照明、様々な動力機関、更には電気通信といったものも存在し、とても身近なもので馴染みも深かったです。
対してこの世界では、闇を照らすのは火の明かり、車を引くのも馬、通信なんて精々が手旗信号など原始的な方法に限られます。
唯一自然に存在する電気といえば、雨雲と共に生じる雷くらいでしょか。電気ウナギは見たことが無いので、存在するのか分かりません。
そして電気の速度は、光の速さに近かったかと記憶しています。
(つまり電撃を放つ雷迅の術は、発現してからでは防御をするのは難しいということです)
その上、初見であれば尚更です。
勿論私が詠唱する間に、ナナが障壁の術で防御をしていた可能性はあります。
しかし私が使用した水弾の術の影響で、この辺りは水浸しです。
そしてナナも水溜りの上に居て、ナナ自身もびしょ濡れです。
そんな状態のナナに向けて雷迅の術を使用すれば、たとえ前方は障壁の術で防がれても、足元から伝った電撃がの影響でダメージを与えられる筈です。……まぁ障壁の術が全身を覆っていた場合は諦めるしかないですが。
とにかく術は発動しました。
後はナナにダメージがあるのを祈るばかりです!
私は恐る恐る目を開きます。
地面には電撃の通った跡として、放射状に草花が枯れています。
その先を視線で辿ると、
「……えぇっ!?」
私は目を見開いて驚愕の声を上げてしまいます。
結論から言いますと、そこには無事なナナの姿がありました。
ここまでは何の問題もありません。いえ、術が効いていないのは置いておいて。
ただしナナの姿がいつもの白い修道服姿ではなく、その身に纏うのは――
(――白銀の鎧!)
輝く銀の鎧に身を包んでいました。
その姿は神々しく、私は思わず見惚れてしまいます。
「今のは危なかったわ。まさか雷を使った術を使用するなんて思いもよらなかったわよ」
ナナは周りを見渡して言います。
ナナの足元までは電撃の通った跡が残っていますが、そこからは途切れています。
「……母様は今のがどういう術か、知っていたのですか?」
ナナの言葉では、私の使用したのが雷迅の術だと知っている口振りです。
「えぇ。古い知り合いが、同じ様な術を使っているのを何度か見たことがあるわ。まぁ雷だと分かったのも、術が収まってからだけどね」
「つまり術を使用した時は、何の術かは分からなかったと……」
「そうね。お陰で久々に鎧を出しちゃったわ」
ナナは手や足を突き出して、自身が纏う鎧を眺めます。
どうやら先程の術は、不意打ちとしては十分だったみたいです。
残念ながらナナに効きませんでしたが……それより!
「そうです!その鎧は何ですか?」
改めてナナの鎧姿を見ます。
ナナが纏う鎧は全身鎧ではなく、体の急所等の要所のみが金属で覆われている部分鎧です。
その鎧には何かの模様が彫られ、装飾は少ないものの機能美も備えています。
まるで前世のゲームや漫画に出てくる戦乙女のようです。
「これはラヴェンナの鎧――『タリアの娘』の鎧を顕現したものよ」
「鎧……ですか」
「ノノには話していなかったかもしれないけど、全ての『娘』は固有武器の他に鎧を装備しているわ。そして武器同様に契約者は鎧も顕現する事ができる」
「では雷迅の術が防がれたのは……」
「『娘』の鎧は防御力が高く、人が作る鎧よりも遙かに頑丈よ。勿論、魔法耐性もね」
それで私の術が効いていなったという訳ですか。
しかしあの一瞬で私の術を防御できないと悟り、鎧を顕現するなんて……。
(経験?センス?どれだけナナは強いのでしょうか)
私は圧倒され、喉元のつばを飲み込みます。
「ちなみに『娘』の鎧ってことは、私も鎧を顕現することが出来るのですか?」
「それは無理ね」
ナナはきっぱり言います。
「以前、仮契約と本契約の違いについて話をしたのを覚えているかしら?」
「はい」
確か仮契約の強さが10なら、本契約は100とか。
あの時はあまり実感がありませんでしたが、今なら解ります。残念ながら、今の私が10人居てもナナには勝てないでしょうが……。
「仮契約では、呼び出した『娘』の能力に幾つか制限がかかっているの。鎧の顕現もその内の一つ。だから鎧の事を知っていても、『娘』はそれに応えられない」
(ウーディネ、そうなのですか?)
『……』
ナナの言う通り、どうやらウーディネは答えられないみたいです。
「さて、訊きたいことはもう無いのかしら?」
「……あっ」
鎧に夢中になって忘れていましたが、まだ戦闘の最中でした。
ナナは消えていた大鎌を顕現します。
「そうそう。言い忘れていたけど『娘』の鎧は防御力だけでなく、身体能力も向上するのよ」
不意に、耳元でナナの声がします。
「――わっ!?」
驚いて振り返ると、そこにはナナの姿がありました。
さっきまで私の目の前に居たはずなのに、いつの間に!?
慌ててナナから距離を取ります。
しかしある程度離れたところで私の身体がふらつき、膝を地面に着いてしまいます。
『魔力少しー』
ウーディネの言う通り、魔力が殆ど残っておらず、あと数分で契約も強制解除(気絶)されるでしょう。
「それから……」
ナナは大鎌を構えて、ぴたっと静止します。
「――攻撃の威力もねっ!!」
ヒュンッ!
何かが私の横を通過しました。
ナナは大鎌を振り被った後の姿勢で、私には銀の一閃しか見えませんでした。
ゆっくりと横を見てみると、地面が鋭く裂けて、それが10メートル先まで続いています。
ナナの斬撃によるものです。
(……『銀閃の聖女』)
ナナの称号を思い出します。
銀の髪や白銀の鎧も関係しているでしょう。
しかし今の一閃こそが、ナナが『銀閃の聖女』と呼ばれる云われ由ではないでしょうか?
『時間切れー』
唐突にウーディネが告げます。
どうやら魔力が限界みたいです。
身体がふらふらとして、魔力切れの症状が出ています。
(ウーディネ、ありがとうでした)
ウーディネにお礼を述べると、契約を解除します。
『じゃあねー』
そしてウーディネが帰ったところで、私もその場に崩れます。
契約が解除されたため、張っていた気も解けたみたいです。
ゆっくりと意思が薄れゆく中、ナナが私の頭を撫でながら何かを話します。
「ノノ、良く頑張ったわね」




