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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第三章
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第五十三話

 交差の瞬間。

 地を蹴って勢いよく跳躍するナナの姿!

 私はナナの軌道上に合わせて、袈裟に大剣を振り降ろしました。

 このまま行けばナナは剣に当たる。そう思った瞬間――


 突如ナナの軌道がズレました。


 まるで宙に存在する足場を蹴り、更に跳躍したかの様に。

 そして大剣はそのままナナの横を通り過ぎ、大鎌は私の腕を捕らえました。


「その足場の正体こそ、障壁の術で生成された壁です!」


 先程の瞬間、確かにナナは空中で何かを足場にしていました。

 そして私の瞳は、ナナから振り飛ばされた水滴が見えない壁にぶつかるの視認しています。

 つまり、障壁の術を足場にしていたとしか考えられません。


「最初の強襲時。遠くから跳躍して来たのであれば、風切り音で私が気付くでしょう。しかし実際は障壁の術で作った壁を足場に、そっと宙から忍び寄ったと考えられます」

『なるーほどー』


 私の指摘にウーディネがうんうん頷いています。


「そう、正解よ。確かにノノの言う通り、障壁の術を使って宙を歩けるわ。こんな風に」


 そう言ってノノは術で作り出した足場に乗ります。

 その姿を見ると、宙に浮いているかの様に錯覚します。

 思い返してみると、ナナが魔獣との戦闘中において、障壁の術以外の術を使用しているのを見たことがありません。

 他の術も使えるはずなのですが、戦闘中は使わないのか使えないのかは不明です。

 ただしこれまでに使った障壁の術は、絶対に魔獣の攻撃を通していませんでした。

 まさに鉄壁。

 今更ながら、ナナに一撃を与える事を勝利条件にしたのは失敗したかなと後悔しています。


「それで謎は解けたみたいだけど、その腕でまだ戦えるのかしら?」


 ナナの言う通りです。

 本来であれば腕が切断されているはずですが、代わりに衝撃が両腕を貫きました。

 そのせいで腕が麻痺して動かない状態です。

 こうして会話している間に治るかとも思ったのですが、まだ回復には時間が掛かるみたいです。


「まだです!」


 まだ術があります。

 私はナナから距離を取るため走り出します。


(とにかく腕の痺れが引くまで、時間を稼がないと!)


 しかしナナも私を追いかけてきます。


「――水よ弾けよっ!」


 省略詠唱でナナに水弾を放ちます――が、ナナは横に回避します。

 更に幾度も水弾を飛ばしますが、ナナには当たりません。


『照準がー』


 ウーディネの言う通り、ナナから逃げながら術を放っているため狙いが定まらず、見当違いの方向に飛んで行く水弾もあります。

 かといって立ち止まれば、私に勝ち目はないでしょう。

 また省略詠唱のため、水弾自体の威力も落ちています。

 全詠唱している間は、手も痺れているのもあって回避しか出来ませんし、その状態は避けたいです。

 結局の所、今は省略詠唱で術を使用し続け、時間を稼ぐしかないみたいです。

 ――そう考えた瞬間、


「――あっ!?」


 私は何かに足を取られ、身体が不安定なまま宙に投げ出されました。

 転倒しながら視界に入った足元には、手の平サイズの透明な壁が、跳ね返った泥を被っています。


(――足元に壁を!?)


 私はそのまま地面に突っ込み、地面の上を転がります。

 衝撃と痛みに耐え、身体が停止したのを確認すると、私は急いで口の中に入った土をぺっと吐き出して身体を反転させます。

 そして転んだ私に追い付こうとするナナに術を放とうとしますが、


(――どこにも居ないっ!?)

『うえー』


 はっと見上げます!

 すぐ眼前にはナナの姿があり、術を使用する前に大鎌の刃が首筋に突きつけられます。


「これで二回目ね」

「……くっ」


 分かっていましたが、強いです。

 ナナの使う障壁の術は防御だけでなく移動や回避にも利用され、更にこちらの妨害(もう攻撃と言ってもいいでしょう)まで転用されています。

 まさに走・攻・守の揃った使い方です。


「……ぜぇ、はぁ」


 肩で息をします。

 二回目の戦いが始まるまでのインターバル。

 本来は治癒の術で痺れた腕の回復をするべきなのですが、度重なる術の使用で魔力を消費しているため、残り僅かな魔力を使うのか温存するべきなのか迷います。

 その上、魔力だけでなく体力も同じように限界が近付いて来ています。

 既にダウンは二回。もう後がありません。


「ノノ、まだ続けるの?」


 涼しげな表情をしたナナが訊いてきます。

 土や泥にまみれ消耗し切っている私とは対極に、ナナは水弾の影響でびしょ濡れでこそありますが、まだまだ十分に余力がありそうです。

 そしてその様子を見て、ある言葉を思い浮かべます。


(……水も滴るいい女ってやつですね)


 水の雫で潤う髪。

 濡れた薄手の白い外套は透けて、肌色の肌に貼りついています。

 戦いの合間とはいえ、その姿は神秘的な美しさを醸し出しています。

 正に今のナナのを表現するための言葉としか思えません。


「……もちろんです。まだ勝負はついていません」


 口では強がって見せましたが、この状況をどうやって打開するのか。その一手が思い浮かびません。


(考えるんです。何か……何かある筈です)

『閃けー』


 ウーディネが応援します。


(後が無い、残り少ない魔力、ナナ、びしょ濡れ、美しい、閃き……はっ!)


「――そう。早く移動しないと再開するわよ」


 ナナは少し呆れたように言うと、腕を組んでじっと佇みます

 しかし、


「……いえ、もう初めて頂いても構いません」


 私は立ち上がります。


(思い付きました。起死回生の一手を!)


 ナナは少し怪訝そうにしていましたが、私がすぐに始める気なのを感じ取ったのか、組んだ腕を解きます。


「分かったわ。それじゃ始めるわよ」

「はいっ」


 私の同意を受け取り

 大鎌を顕現させ、ゆっくりと近付くナナ。


 今から使おうとする術は初めて使用する術です。

 というより、これと同じ術が既存の術に存在するかすら分かりません。というのも、たった今思い付いたばかりの術だからです。

 しかもナナの不意を打つため、省略詠唱で起動するしかありません。

 威力に関しても、残る魔力を全て注ぎ込んでどうにかするしかありません。

 術が発現するかは賭けです。


(ウーディネ。この術に全てを乗せます!)


 ナナに勝ちたいという思い。ナナとずっと一緒に居たいという願いも!


『いけー!』


 私は、


「――雷よ、疾走せよ!」


 この術――名付けるなら雷迅の術を発現します。



やったか!?(フラグ)

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