第五十二話
「何が起きたのか分からないって顔をしているわよ。ノノ」
ナナは大鎌を消し、私から少し離れます。
先程、私が放った凍風の術は、ナナの障壁の術に防がれてしまいました。
しかし、省略詠唱で防げる威力ではなかった筈です。
それなのに、
「一体どうやって……」
思わず疑問が口から出ます。
事実、ナナの指摘どおり、何が起きたのか分かりません。
「だってノノが術を使おうとしているのが、分かり易かったんですもの」
「術を使うのが分かり易い……」
ナナの言葉を反芻します。
それはつまり、私が術を使用しようとしているのがバレていて――まさか!?
「私が術を詠唱している間に、母様も術を詠唱していたのですか!?」
「ふふっ」
微笑むナナ。
反応を見る限り、間違ってはいないみたいです。
しかも私の術にタイミングを合わせるために、詠唱待機をしていたのでしょう。
私が使えるのに、ナナが使えない訳がありません。
「それじゃ、少しの間待っているわ」
ナナは目を閉じ待機します。
私がダウンをとられた場合、すぐには戦いを再開せずに、時間を置いて仕切り直すことになっている決まりです。
「くっ……」
『移動ー』
とにかく今はウーディネの言う通り、この場を離れるのが先です。
私はナナが動き出す前、森の中に入ります。
(さて、……どうしましょうか)
私は森の中を進みつつ考えます。
長期戦になれば、体力や魔力の低い私の方が不利です。
そのため、最初のダウンを取られる前に決着を付けたかったのですが、ナナには通用しませんでした。
こちらの思惑では、ナナの大鎌をウーディネの大剣で防ぎ、避けられない至近距離で放った凍風の術で決めるつもりでしたが、見事に看破されて、障壁の術で防がれたという訳です。
しかしナナの服の端が凍っていたのを見る限り、もう少し早く、もしくは何かあと一手あればナナに届きそうです。
(その一手をどうするのかが、問題です)
『がんばれー』
ウーディネに頷き返します。
(とにかく私に出来る事をやるだけです!)
私はそのまま駆けて、森を抜けます。
森から先は、緩やかな傾斜の緑の丘が広がっています。
足元には所々にアクセントのように白詰草が生えていて、こんな時でもなければハイキングに打ってつけの場所でしょう。
先程の強襲。
ナナがどうやって空から私に近づけたかは分からないままです。
しかしナナも、同じ手が通用するとは考えないでしょう。
それに前回よりも開けたこの空間であれば、今度こそナナを発見できる筈です。
案の定、待つ事数分後。
森の切れ間から、ナナがゆっくりと歩いてきます。
その泰然自若とした姿に、緊張で唾を飲み込みます。
(ウーディネ、いきますよ)
『再戦ー』
二回戦の開始です!
「汝、力を発現し、清涼なる雫により、我が十呼により、迫る物を追し流せ!」
私が発現したのは、水弾の術。その名通り、水の塊を射出する術です。
これもコノカに教えて貰った術で、コノカの契約するトリエステは、風や水に関係する術が得意らしいです。
もちろんウーディネとの相性もバッチリです。
「一っ!」
掛け声と共に、直径一メートルはある水弾が、もの凄い勢いでナナに向けて射出されます。
勿論ナナのもただ突っ立て居る訳もなく、水弾を避けながらこちらに駆けてきます。
「二っ!」
再び掛け声と共に、先と同じ水弾が射出されます。
本来の水弾の術は、水の大きさが50センチほどの単発式です。
しかし今私が使っている術にはアレンジが加えられていて、水弾の数、大きさを増やし、更に掛け声で十発の水弾が順に発現するようになっています。ただ術が複雑な分、かなり多くの魔力を注ぎ込み制御が難しいのが難点です。
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「術の威力、例えばこの水弾の術だったら、水弾の数や大きさを決めるものは、術発現の三要素の内どれでしょう?」
コノカが私に訊ねます。
術発現の三要素――魔力、詠唱、イメージのことですね。
「やっぱり詠唱でしょうか」
「その心は?」
「そもそも詠唱する文言で術が決まりますし、省略詠唱で威力が落ちるということも事実ですので」
「なるほどね」
ウンウンと頷くコノカ。
「ま、間違ってはいないかな」
「どういうことですか?」
「正解は魔力、詠唱、イメージの全部でした!」
「……むぅ」
残る二つも関係していたみたいです。
「まず魔力。これは術の源で、込められる魔力が少ないと術は発動しないし、発動してもへなちょこな威力になる。が、逆に多くの魔力を込めた場合、制御こそ難しくなるけどその分だけ威力が上がるね」
コノカは、小さな水弾を出した後、大きな水弾を出します。
「次に詠唱。これはノノちゃんの言った通り、文言と詠唱方法で威力の調整ができます」
「はい」
「そして最後にイメージ。魔力や詠唱がしっかりしていても、しょぼいイメージしかできないと、術もしょぼくなる」
射出される水弾。しかし、途中で弾けて地面に水溜りを作ります。
「結局、三要素全てが術を構成する上で必要不可欠で、つまり強い術を使いたければ、魔力、詠唱、イメージの全てを磐石にする必要があるってことだね!」
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(今度は数で押す作戦です!)
コノカの教えで、同じ術でも多彩な攻撃が可能になりました。
ナナは二発目を進路を斜めに変えて、避けます。
「三、四、五っ!」
私はナナの進路上に、三発の水弾をばら撒きます。
それを加速して避けるナナ。
(――疾い!)
ナナの通った後で、水弾が地面にぶつかり水の塊になって飛び散ります。
「六、七っ!」
更に放った水弾も、ジグザグに迫るナナには当たりません。
『あと三つー』
(分かってます!)
ウーディネに頷き、私もナナに向かって駆け出します!
眼前に迫るナナ。
「八、九っ!」
私はナナの前方で、二つの水球をぶつけて即席の霧を作ります。
迷わず霧に突っ込むナナ。
そして、
「十っ!」
ナナの足元を狙い、最後の水弾を射出します。
視界の悪い中に、足元への一撃。
(通りますか!?)
しかし霧の中から飛び出したナナの勢いは衰えていません。どうやら、水弾はかわされたみたいです。
しかもその勢いのまま、こちらに飛び込んで来るナナ。
その手には大鎌が顕現しています
私も大剣を顕現させ、そのままナナに突進します!
そして、交差する二つの影。
互いにすれ違った後、ズサーと地面を削りながら離れます。
「……」
「……痛っ!」
無言のナナに対し、私は痛みで声が漏れ、手にした大剣を取り落とします。
交差の瞬間、ナナは大剣の一閃をかわし、すれ違いざまに私の手元を刈っていきました。
私が動かないのを見て、ナナは水溜りをぱしゃリと踏みつけながら、ゆっくりと近づいてきます。
「……そうだったのですか」
「?」
笑みを浮かべる私を怪訝そうな顔で私を見つめるナナ。
「母様がどうやって空を飛んでいたのかがやっと分かりました」
戦闘中のお喋りは、基本時間稼ぎ!




