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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第三章
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第五十二話

「何が起きたのか分からないって顔をしているわよ。ノノ」


 ナナは大鎌を消し、私から少し離れます。

 先程、私が放った凍風の術は、ナナの障壁の術に防がれてしまいました。

 しかし、省略詠唱ファストキャストで防げる威力ではなかった筈です。

 それなのに、


「一体どうやって……」


 思わず疑問が口から出ます。

 事実、ナナの指摘どおり、何が起きたのか分かりません。


「だってノノが術を使おうとしているのが、分かり易かったんですもの」

「術を使うのが分かり易い……」


 ナナの言葉を反芻します。

 それはつまり、私が術を使用しようとしているのがバレていて――まさか!?


「私が術を詠唱している間に、母様も術を詠唱していたのですか!?」

「ふふっ」


 微笑むナナ。

 反応を見る限り、間違ってはいないみたいです。

 しかも私の術にタイミングを合わせるために、詠唱待機ウェイトキャストをしていたのでしょう。

 私が使えるのに、ナナが使えない訳がありません。


「それじゃ、少しの間待っているわ」


 ナナは目を閉じ待機します。

 私がダウンをとられた場合、すぐには戦いを再開せずに、時間を置いて仕切り直すことになっている決まりです。


「くっ……」

『移動ー』


 とにかく今はウーディネの言う通り、この場を離れるのが先です。

 私はナナが動き出す前、森の中に入ります。


(さて、……どうしましょうか)


 私は森の中を進みつつ考えます。

 長期戦になれば、体力や魔力の低い私の方が不利です。

 そのため、最初のダウンを取られる前に決着を付けたかったのですが、ナナには通用しませんでした。

 こちらの思惑では、ナナの大鎌をウーディネの大剣で防ぎ、避けられない至近距離で放った凍風の術で決めるつもりでしたが、見事に看破されて、障壁の術で防がれたという訳です。

 しかしナナの服の端が凍っていたのを見る限り、もう少し早く、もしくは何かあと一手あればナナに届きそうです。


(その一手をどうするのかが、問題です)

『がんばれー』


 ウーディネに頷き返します。


(とにかく私に出来る事をやるだけです!)


 私はそのまま駆けて、森を抜けます。

 森から先は、緩やかな傾斜の緑の丘が広がっています。

 足元には所々にアクセントのように白詰草が生えていて、こんな時でもなければハイキングに打ってつけの場所でしょう。


 先程の強襲。

 ナナがどうやって空から私に近づけたかは分からないままです。

 しかしナナも、同じ手が通用するとは考えないでしょう。

 それに前回よりも開けたこの空間であれば、今度こそナナを発見できる筈です。


 案の定、待つ事数分後。

 森の切れ間から、ナナがゆっくりと歩いてきます。

 その泰然自若とした姿に、緊張で唾を飲み込みます。


(ウーディネ、いきますよ)

『再戦ー』


 二回戦の開始です!


「汝、力を発現し、清涼なる雫により、我が十呼により、迫る物を追し流せ!」


 私が発現したのは、水弾の術。その名通り、水の塊を射出する術です。

 これもコノカに教えて貰った術で、コノカの契約するトリエステは、風や水に関係する術が得意らしいです。

 もちろんウーディネとの相性もバッチリです。


「一っ!」


 掛け声と共に、直径一メートルはある水弾が、もの凄い勢いでナナに向けて射出されます。

 勿論ナナのもただ突っ立て居る訳もなく、水弾を避けながらこちらに駆けてきます。


「二っ!」


 再び掛け声と共に、先と同じ水弾が射出されます。

 本来の水弾の術は、水の大きさが50センチほどの単発式です。

 しかし今私が使っている術にはアレンジが加えられていて、水弾の数、大きさを増やし、更に掛け声で十発の水弾が順に発現するようになっています。ただ術が複雑な分、かなり多くの魔力を注ぎ込み制御が難しいのが難点です。


--------------------------------------------------


「術の威力、例えばこの水弾の術だったら、水弾の数や大きさを決めるものは、術発現の三要素の内どれでしょう?」


 コノカが私に訊ねます。

 術発現の三要素――魔力、詠唱、イメージのことですね。


「やっぱり詠唱でしょうか」

「その心は?」

「そもそも詠唱する文言で術が決まりますし、省略詠唱で威力が落ちるということも事実ですので」

「なるほどね」


 ウンウンと頷くコノカ。


「ま、間違ってはいないかな」

「どういうことですか?」

「正解は魔力、詠唱、イメージの全部でした!」

「……むぅ」


 残る二つも関係していたみたいです。


「まず魔力。これは術の源で、込められる魔力が少ないと術は発動しないし、発動してもへなちょこな威力になる。が、逆に多くの魔力を込めた場合、制御こそ難しくなるけどその分だけ威力が上がるね」


 コノカは、小さな水弾を出した後、大きな水弾を出します。


「次に詠唱。これはノノちゃんの言った通り、文言と詠唱方法で威力の調整ができます」

「はい」

「そして最後にイメージ。魔力や詠唱がしっかりしていても、しょぼいイメージしかできないと、術もしょぼくなる」


 射出される水弾。しかし、途中で弾けて地面に水溜りを作ります。


「結局、三要素全てが術を構成する上で必要不可欠で、つまり強い術を使いたければ、魔力、詠唱、イメージの全てを磐石にする必要があるってことだね!」


--------------------------------------------------


(今度は数で押す作戦です!)


 コノカの教えで、同じ術でも多彩な攻撃が可能になりました。

 ナナは二発目を進路を斜めに変えて、避けます。


「三、四、五っ!」


 私はナナの進路上に、三発の水弾をばら撒きます。

 それを加速して避けるナナ。


(――疾い!)


 ナナの通った後で、水弾が地面にぶつかり水の塊になって飛び散ります。


「六、七っ!」


 更に放った水弾も、ジグザグに迫るナナには当たりません。


『あと三つー』

(分かってます!)


 ウーディネに頷き、私もナナに向かって駆け出します!

 眼前に迫るナナ。


「八、九っ!」


 私はナナの前方で、二つの水球をぶつけて即席の霧を作ります。

 迷わず霧に突っ込むナナ。

 そして、


「十っ!」


 ナナの足元を狙い、最後の水弾を射出します。

 視界の悪い中に、足元への一撃。


(通りますか!?)


 しかし霧の中から飛び出したナナの勢いは衰えていません。どうやら、水弾はかわされたみたいです。

 しかもその勢いのまま、こちらに飛び込んで来るナナ。

 その手には大鎌が顕現しています

 私も大剣を顕現させ、そのままナナに突進します!

 そして、交差する二つの影。

 互いにすれ違った後、ズサーと地面を削りながら離れます。


「……」

「……痛っ!」


 無言のナナに対し、私は痛みで声が漏れ、手にした大剣を取り落とします。

 交差の瞬間、ナナは大剣の一閃をかわし、すれ違いざまに私の手元を刈っていきました。

 私が動かないのを見て、ナナは水溜りをぱしゃリと踏みつけながら、ゆっくりと近づいてきます。


「……そうだったのですか」

「?」


 笑みを浮かべる私を怪訝そうな顔で私を見つめるナナ。


「母様がどうやって空を飛んでいたのかがやっと分かりました」



戦闘中のお喋りは、基本時間稼ぎ!

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