第四十一話
10という数字に特別なものを感じてしまうのは、仕方のない事だと思います。
特に0から数え、長い期間を経てまた1ずつ増えていくのであれば尚更です。
そして9に至り、加算によって桁が増え一の位がまた0に戻る瞬間は、新しい何かを感じさせてくれます。
つまり、私ことノノは、つい先日に10歳になりました。
振り返ると早いもので、大分この世界に馴染んだと思います。
身長も130センチまで伸びました。それでも他の子に比べると、小さい方らしいです。
髪も腰まで届きました。なかなか手入れが大変で、もう少し短くしたいとは思っているのですが、ナナが「折角ママとお揃いなのに!」と許してくれません。
今は朝の授業が始まる前の時間です。
私以外はまだ誰も来ていません。
教室に出入りする顔触れも大分変わりました。
まず、トールとアンリはもう居ません。
この世界では15歳で成人らしいです。しかしバール村では、12歳になると一人前の大人として扱われ、見聞を広げるために村の外に出て働くことが決まっているのです。
トールとアンリも例に漏れず、12歳になるとバール村を離れました。
いまは二人とも隣町に居て、トールは商人の下で、アンリは食堂で給仕をしながら頑張っているそうです。
ま、そんな習慣があるから、村の人口がどんどん減って過疎化が進んでいると思うのですが。
ちなみに見送りの日は、二人とも目を赤く腫らしていました。
トールは、
「俺はこの村が大好きだから、一人前になったら、必ず帰ってくるからな!」
と、格好良いことを言ってました。私もこの村が好きなので、是非頑張って欲しいものです。
一方アンリは、
「お父さんの馬鹿!なんであたしの本を燃やしちゃうのよ。もう絶対に帰ってきてなんて、やらないんだからっ!」
と、終始膨れっ面で父親と言い争っていました。……まぁ、何の本かは知りませんが、どんまいです。
私が物思いに耽っていると。教室の扉が開きます。
「おはようーノノちゃん」
「カナちゃん。おはようです」
教室に入ってきたカナデに、朝の挨拶を返します。
カナデも大分、大きくなりました。
身長も140後半まで伸び、今ではナナを追い越しています。
そして何より、目が行くのは胸です!
私の手より大きいでしょうか、明らかに昔のアンリよりも大きいです。
そういえばトールとカナデの家族は、比較的に身体が大きいです。これが遺伝というやつでしょうか!?
このままいけば、センリ並に大きくなると想定されます!まさしく胸囲、いえ驚異ですね!
「ん?どうしたのー?」
「いえ、何でもないです……」
私は自分の胸を見ます。
ぺたーんと聞こえてきそうな位に、平らです。
大きくなんて贅沢は言いません。しかし女の子に転生したからには、せめて人並みにと願うことは罪でしょうか?
さて、トールとアンリが居なくなり、一時期は私とカナデだけで授業を受けていました。
あの頃はとても寂しかったです。
しかし今年になり、新しい子供が二人入ってきました。
おや、カナデの後ろに人影が。ちょうど来たみたいですね。
「おっはようございまーっす!」
元気の良い挨拶と共に、カナデのスカートがめくり上げられました。
「……キャーッ!?」
少し遅れて、慌ててスカートを抑えるカナデ。
(……白ですね)
カナデのスカートをめくったのは一人の男の子です。
新しく入ってきた子で、ソウセキと言います。
実はこの子はアンリの弟で、アンリと同じ赤茶の髪をしています。
アンリに似て活発なのはいいのですが、なかなかに悪ガキです。この年頃の男子故か、スカートめくりをしてきて、カナデはよく被害に遭っています。
「こらー!ソウセキっ!」
「あはは」
怒るカナデに、笑うソウセキ。
カナデも、本気で怒っている訳ではないでしょうが、全然怖くありません。
仕方ありません。ここは私が注意します。
「ソウセキ、おはようです」
「ノノ!……おはよう」
「でも駄目ですよ!女の子のスカートをめくっては!」
「あ、……ごめんなさい」
私が叱った途端に、下を向いて、しゅんと大人しくなるソウセキ。
何故かこの子は私やナナの前では借りてきた猫の様になります。
そのため私は、いまの所イタズラの被害を受けていません。
「ちゃんと反省していますか?」
「……うん」
「では謝る相手は私ではないですよ」
私の言葉に、ソウセキはカナデに向かいます。
「……カナデ、ごめんなさい」
「もうやっちゃ駄目だよ」
謝るソウセキに、苦笑しつつも許すカナデ。
「何でノノちゃんの言う事はしっかり聞くのかな?」
不思議がるカナデに「さぁ?」と答えます。私にも分かりません。
とりあえず一件落着ですね。と息をつく暇も無く、
「ののーっ!」
開きっ放しのドアから、勢い良く何者かが突っ込んできます。
そして、そのまま私に飛び付いてきます。
私も慣れてもので、声を聞いた時には準備をして、そのまま受け止めます。
「ひーね、ひーはね、ののに会いたくて走ってきたんだよ!」
「まずは、朝の挨拶ですよ。ヒイラギ」
私に抱き付きながら捲くし立てる女の子に、優しく諭します。この子の名前はヒイラギと言います。
ソウセキと一緒に入ってきた子で、自分の事を「ひー」と呼んでいます。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。良く出来ましたね」
「えへへー」
私が頭を撫でると、ヒイラギは子犬みたいに喜びます。
この子は私に凄く懐いています。
私も好意を向けられて悪い気はしないので、ヒイラギを妹みたいに可愛がっています。
「そろそろ授業が始まるから、準備してね」
「はーい」
返事をすると、自分の席に着くヒイラギ。
そして、丁度タイミング良くナナが教室に入って来て、挨拶をします。
「おはようございます。みんな揃っていますね」
教室を見渡すナナに、皆もそれぞれ返事をします。
ナナの姿は5年経っても全然変わりません。
銀の髪は流れるように美しく、微笑む顔は綺麗で、ずっと見ていても飽きません。
「今日は嬉しいお知らせがあります!」
「せんせー、なにー?」
「なんと、今日から新しい先生が来ます。それではお願いします」
ナナが廊下に声を掛けると、
「あのー、本当に今日からなんですか?」
と面倒くさそうな声だけがします。
「……みんな、ちょっと待っていてね」
そう言い残し廊下に出るナナ。
廊下からは、
「ほら私、やっぱりこういうの向いてないですし」
「誰でも最初は慣れないものよ。それにもう子供達は揃っているから」
「あー、でも。……そうだ!昨日の戦闘の疲れが出て、今日はもう駄目です。だから明日から頑張るってことで……」
「……」
「じゃ、そういうことで今日は休みま――ひっ!?」
「……」
「あ、あはは、なんか急に元気が出てきました!もう大丈夫です」
「……そう。それなら良かったわ」
(何があったんですか!?)
きっと教室に居た子供達、皆が同じことを思ったことでしょう。
そして戻ってくるナナ。
「さて、それでは新しい先生の登場です。みなさん拍手!」
ナナが手を叩くと、皆もパチパチと手を叩きます。
そして拍手の中、どこか疲れた顔をした少女が入って来ます。
灰色の髪に、眠そうな眼。昨日街道で助けた『タリアの乙女』です。
拍手が止むと、少女は喋り出します。
「……えーと、始めまして。今日からお世話になります。コノカ・トリエステです。どうぞよろしく」
皆が「よろしくお願いします」と返します。
こうして新しい生活が幕を開けました。
ちなみに「ひいいらぎ」で変換すると「ヒイラギ」になりました。




