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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第三章
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第四十話

(やっと軍部から抜けたってのに、なんでまた走っているのかなっ!?)


 少女――コノカは駆けながら、思った。

 軍部に居た頃に、散々走らされた思い出が脳裡に蘇ったのだった。


 速度を落とさない様に走りつつ、コノカは後方の様子を窺う。

 後ろからは複数の魔獣の足音と思われるものがコノカを追走していた。


(流石にこの数は無理でしょ!)


 必死に手足を動かしながら、コノカは考える。

 先程、確認した限りでは、魔獣の数は七体。

 立ち止まって応戦すれば、あっという間に囲まれて魔獣のエサになってしまうだろう。

 元々コノカ自身は格闘戦は得意ではなく、顕現よりも術の方が得意であった。

 そのため軍部にいた時も、前衛に守られながら、後方から術で支援するのが普段の戦闘スタイルだ。

 しかし、ここにはコノカしか居ない。

 であれば、


(このまま逃げきるしか!)


 バール村まで辿り着けば、結界の作用で魔獣は村に入って来れない。

 そしてバール村には、『タリアの乙女』――何年も駐在しているベテランが一人居ると聞いている。

 その『乙女』と協力すれば、少なくとも一人で戦うよりも危険が減り、魔獣討伐の可能性も上がるだろう。


『三十六系……』

(……?)


 トリエステが何か行っているが構っていられない。

 そして、駆けること数分。

 周りの風景が変わり、畑が広がり始めた頃。

 街道の奥から、こちらに向かって歩いてくる白い人影が見えた。


(――まずい)


 あれはきっとバール村の村人だろう。

 このままコノカが魔獣を引き連れまま近付けば、村人に被害が出る。

 コノカは息を吸い込み、


「逃げてーーーっ!」


 大声を出した。

 しかし村人は気付かなかった様で、その歩みが止まる事はなかった


「魔獣だー!逃げろーーーっ!」


 今度は気付いたみたいだ。

 しかし少し立ち止まって、なんとこちらに駆け出し始めたではないか。


(――何でよっ!)

『これは想定外』


 もしかして魔獣の姿が視界に入っていないのだろうか?

 後ろをちらっと振り返ると、


「ウキーッ!!」


 狂ったように涎を吐き散らかしながら、猿の魔獣は追ってきていた。

 しつこい。よほど、仲間を殺されたのが腹に腹に据えかねたのか、七体全部きっちり揃っている。

 再び前を向く。

 先程の村人の姿が、判別できるくらいにはなっていた。

 近付いてくるのは、10歳位の白いワンピースの少女だ。

 身長は130位か。あれぐらいであれば、コノカでも脇に抱えて走れそうだが、確実にスピードが落ちて猿の魔獣に追いつかれてしまう。

 段々とコノカの息も苦しくなってきている。


(ここで相手するしかないっ!)

『覚悟』


 トリエステの言う通り、コノカは覚悟を決めた。


「汝、力を発現し、冷涼を用いて――」


 走りながら、先程と同じ術を使うための文言を唱える。

 そして急制動をかけ、振り向き様、


「――極寒に至る風で、全てを奪え!」


 コノカの術が、先頭を走っていた二体の魔獣を凍り付かせた!

 そのまま勢いを消せずに、氷像は地面に突っ込んで砕け散った。

 仲間がやられて警戒したのか、残る魔獣の速度が落ちる。

 そして四体は術を警戒して左右に散るが、一体がそのまま直進してくる。

 しかしコノカも地面を滑りながら、次の文言を唱えていた。


「ウキャーッ」

「――風刃を持って、切り込め!」


 コノカの眼前まで迫っていた魔獣を、見えない空気の刃が通り過ぎた。

 魔獣は少し進んで、綺麗に真ん中から左右に分離した。


(良しっ!)

『油断大敵!』


 トリエステの警告は間に合わなかった。

 続けて文言を唱えようとしたコノカに、ヒュンッ!と風切り音が迫り、何かがコノカの首に巻きつき、咽喉を締め上げた。


「――グッ」


 息が詰まり、慌てて引き離そうとするが、今度は両方の手にそれぞれ縄のようなものが巻きつき、左右に引っ張られて身動きが取れなくなってしまった。

 コノカは見た。

 正面に二体。一体は尻尾を伸ばし、その尻尾はコノカの首を絞めている。

 そして左右に一体ずつ、同じように両手に尻尾が絡みついていた。


(――息がっ!?呪文が使えないし、動けないっ!)

『絶対絶命』


 自由な一体がコノカに飛び掛る!

 その口元からは、鋭い牙が剥き出しにされていた。


(――っ!!)


 ここまでなのか!?コノカは反射的に目を閉じた。


(……あれ?)


 数秒待っても、襲って来るはずの衝撃も痛みも感じない。というより、絞められていた首も緩み、自由に息が出来る。

 恐る恐る目を開けるコノカ。

 彼女の瞳に移ったのは、銀の残光だった。

 いつの間に現れたのか、コノカの目の前に少女が居て、猿の魔獣の顔にショートソードを突き立てている。

 反動で、ふわっと広がる少女の銀髪。太陽の光を反射して、宝石の様にキラキラと輝いていた。

 少女が剣を抜くと、コノカに飛び付こうとしていた魔獣はずるりと地に落ち、そのまま動かなくなった。

 そして、引き抜いたショートソードを正面にいるもう一体に投擲。

 猿の魔獣は飛来する剣を避けようとするが、身体がぐいっと引っ張られた。見ると少女に尻尾を踏まれており、猿の魔獣がそれに気付いた瞬間には額に剣が生えた。

 少女が踏んでいた尻尾は切断されており、残った方はコノカの首に垂れ下がっていた。


(この娘は一体……?)


 疑問に思うコノカ。

 しかし「ウキャーッ」とコノカの右側の魔獣が少女に迫り、はっとした。

 少女は見た所、先程投擲した剣の他には武器を持っていない様子。


(――危ないっ!)


 だが、少女の手が一閃すると、向かってきた魔獣は腹から血を噴出しながら倒れこむ。

 その手には淡い光の残滓と、投擲した筈のショートソードが握られていた。


「――!?」

『武器顕現』


 驚くコノカにトリエステが告げる。

 正面の魔獣の死体を見ると、刺さっていた筈の剣が消えている。

 ということは、この少女は『タリアの乙女』なのか?


「離さないで下さいっ!」

「え?」


 唐突に少女に話しかけられ、コノカは何の事を言っているのか解らなかったが、左手には感触がまだ残っていた。

 残った魔獣はここから逃げようとしている。

 慌てて、左手から離れようとする尻尾を握り締めるコノカ。

 次の瞬間には、少女が背を向けた魔獣に迫り、首を両断する。

 その鮮やかな手際に目を取られ、コノカは少女から視線を外せなかった。


「大丈夫ですか?」


 声を掛けられ、はっとする。

 今気付いたが、この少女は、さっき街道の反対側からこちらに近付いてきた少女である。


「あのっ、助かりました。ありがとうございます」


 首や手に残った尻尾を払い落とし、コノカはお礼を言う。

 敬語になっているのは、少女の見た目と戦闘の様子にギャップを感じたためである。

 『乙女』は本契約で、歳を取らなくなる。

 そのため稀に、自分よりも小さな、体が成長しきっていない『乙女』の話をコノカは聞いたことがあった。

 どうみてもこの少女は年下だが、助かったのは事実であるし、丁寧に対応するコノカ。


「あのー、もしかしてバール村に駐在している『乙女』の方ですか?」


 コノカは訊ねた。

 先の戦闘を見るに、この少女は確実に『タリアの乙女』である。

 しかも魔獣討伐に、慣れている。

 だとすれば、バール村に駐在している『乙女』の可能性が高い。


「はい。私はノノと申します。えーと、一応『タリアの乙女(仮)』です」


 コノカの推測通り、少女――ノノはそう答えた。

 しかし、


(……一応?カッコカリ?)


 その答えに首を傾げるコノカだった。



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