第四話
天使――ナナの私への愛情は凄いです。
こんなことがありました。
私は子供達の勉強を聞いている内に、大体の言葉は解る様になりました。
さすが赤ちゃんの脳味噌。吸収が速いです。
というか中身がおっさんだからでしょうか?
(試しに一語くらいは、何か話しても大丈夫ですよね?)
そう思い、朝食の後片付けをしている彼女の名前を呼んでみました。
「なぁーなぁ」
バリーン!とお皿が床に落下して真っ二つに割れます。
しかしナナはそんなこと気にせず、私を抱き抱えて確認します。
「今、なんて言ったの!?」
そして「もう一度」と催促してきます。
「なぁーなぁ」
再び彼女の名前を呼びます。
するとナナは、
「そうよ、ナナよ!」
嬉しそうに笑いながら、私を抱えながら回り始めます。
その目尻にはかすかに涙が浮かんでいました。
(……可愛いです)
「どうしよう。ノノに名前を呼ばれるのが、こんなに嬉しいなんて!」
そう言いつつ、ナナの瞳から涙が溢れてきました。
なんだかこっちまで嬉しくなってきます。
「でもね、ナナじゃなくてママと呼んで欲しいかな。解る?マーマよ」
ナナは鼻をグスッと鳴らすと、にこやかに話しかけてきます。
流石に自分の中身的にママは恥ずかしいけれど、もう少しだけナナの嬉しそうな顔が見たかったので、調子に乗って呼びます。
「まぁーうぁー」
「きゃー、もう一度!マーマよ」
「まぁーうぁー」
「マーマ大好き!」
さり気無く何か追加されてますが、繰り返します。
「まぁーうぁあいすぅきー」
「もう一度!今度は愛してるー!」
以下、延々と続きます。
……。
「おはようございまーす。せんせい?」
いつの間にか尋ねてきた子供が見たものは――子供を抱えて狂喜乱舞するナナ先生の姿と、その足元に広がる粉砕されたお皿の断片でした。
その子供は何が起こっているのか理解できず、ただ不思議そうに首を傾げていました。
その後、午後の散歩タイム。
ナナは村人を片っ端から捕まえては、
「ノノが喋ったのよ。しかもママってちゃんと呼んで!この子は賢いのよ。さすが私の娘……」
と親バカを披露していました。
村人は、始めの内はいつもの粛然としたナナとは違う姿に驚いていましたが、その内に優しく見守る様になりました。
もちろん私は恥ずかしさで、悶えていましたが。
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(それにしても私は何者なのでしょうか?)
とある天気の良い日、午前の教室。
ナナが子供達に勉強を教えている片隅で、考えていました。
というかナナとの関係が気になります。
一応、幾つかの仮説を立ててみました。
・仮説1『赤の他人』
理由は一つです。ナナが修道女みたいな事をしていること。
前世でも、子供が教会や修道院に預けられるといった事はありました。
私もそういった捨て子や孤児で、止むを得ない理由からナナに預けられたりしているのではないでしょうか?
そして可哀そうな私に同情して、優しいナナは私を育ててくれているのではと考えます。
……なんだか少し、悲しくなってきました。うぅ。
・仮説2『ナナの実の子供』
先に宣言しますが、この仮説が真実の可能性は、限りなく低いと考えます。
否定する理由としては、ナナの身体にあります。
ナナの年齢は、どう見積もっても14~16歳位です。
幾らなんでも若すぎるのではないかと思います。たしかに子供が産めないこともないと言えますが。
しかし、それにしてはナナのおっぱいは小さいです。
普通、子供ができると乳が張って母乳が出るものだが、私は牛乳や離乳食しか口にしたことがありません。
よってナナがお腹を痛めて生んだ子供だとは考え辛いです。
他にも、父親はどうしたとか。ナナの家族は……と疑問が尽きません。
肯定する理由としては、私とナナは共に銀髪であることです。
この村では、どうやら私とナナ以外に銀髪の人は居ませんでした。
そのため、銀髪は珍しい色だと思われます。
そんな珍しい髪を持つ二人に、まったく血の繋がりがないというのも言い切ることが出来ません。
こういった理由で、完全にこの説を否定することもできません。
・仮説3『ナナの親戚』
仮説1と仮説2のハイブリットです。
仮説2でもの述べた通り、髪の色が同じであるため、ナナと私が親族の可能性は高いと思われます。
その上で、次の様な事が起こったとします。
ナナには兄弟(もしくは親戚)が居て、その兄弟に子供(私)が生まれました。
しかし何らかの事故により、私の両親は揃ってこの世を去ります。
天涯孤独になった私を、不憫に思ったナナは引き取って面倒を見ている。
あくまで推測であるため、まったくの見当外れであるかもしれません。
さて、3つ仮説を挙げましたが、私の中では仮説3>仮説1>仮説2の順で可能性が高いと思います。
ただし現時点ではどれが真実かは分かりません。
さすがに言葉もしっかりと話せませんし、話せたとしても乳児がそんな事を聞くと、変な風に見られててしまいます。
そのため、この件については今の所は保留とします。
今はナナが母親で、それだけで幸せですから。
いずれ大きくなったら、判るかも知れませんし……とそんな風に考えていると、
ドンドン!
家の扉を叩く音が聞えてきました。
そしてナナが返事を返す前に、村人が教室に入ってきます。
ナナが「どうしたんですか?」と尋ねると、慌てながら村人は喋り出しました。
「ま、魔獣が出ました!」
(……何、魔獣ですと!?)