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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第二章
38/113

第三十八話

 ……じー。


(――ハッ!?)


 視線を感じて顔を上げると、廊下からこちらを覗くセンリの顔が。

 何となく、こちらを羨ましそうに見ているような、そんな気がします。


「母様、そろそろお離れて下さい」

「えー、もうちょっとだけ」


 そしていつものやり取り。

 しかしいつもより早く、ナナは私を抱く力を緩めます。


「センリのこと、頼んだわよ」


 私の耳元でナナが呟きます。

 ナナは、私が頷くのを確認すると、


「あら、いけないわ。お粥が冷めてしまったみたい。ノノ、ごめんなさいね。直に温めてくるから、もう少しだけ待っていてね」


 そう言って、部屋を出て行きます。

 そしてセンリとのすれ違いざま、ナナは立ち止まります。


「センリ、私から言う事は何もないわ。でも最後に一つだけ。……二度目はないわよ」

「承知しました」


 こんなやり取りをしていました。

 ナナも案外、不器用ですね。

 さて、ナナが階下に行ったため、この場に居るのは私とセンリだけになりました。


「センリさんもいい加減、部屋に入ってきたらどうですか?」

「……あぁ」


 センリが部屋に入り、枕元に近づきます。


「それで、どうして廊下に座り込んでいたのですか?というか、今日までどこに居たのですか?」


 私の言葉にセンリは沈黙を続けていましたが、やがて口を開きます。


「それなんだが……」


 センリの話をまとめると、こんな感じです。

 私達が立ち去った後、『街食い』の死体を処理(燃やして埋めたそうです)して村まで戻ってくるセンリ。

 そのセンリを待ち構えていたのはナナでした。

 ナナ曰く、「ご苦労様。それじゃ隣町からサキソの街まで、『街食い』を倒したことを報告してきなさい。あ、ついでに本部にも報告が必要ね」とのこと。

 そして村を追い出されるセンリ。

 確かに、未だ『街食い』の警戒をしているのであれば、報告は必要です。……しかしナナは鬼ですね。

 そしてセンリはセンリで、徒歩2週間の距離を、なんと二日で走破したそうです。

 さすがに本部への報告は手紙を出してきたらしいのですが。……センリの規格外も大概にして欲しいですね。

 そして今に至る。とのことです。


「ノノが心配で急いで戻ってきたんだが、良く考えたら、私の不徳によりノノに怪我をさせてしまったのを思い出してな。だからその、顔を合わせ辛くて……」


 視線を逸らすセンリ。


「それでも一目、元気なのを確認したいと思っていたんだが……」

「はぁ」

「ナナ殿に面会を止められてしまってな」

「それで、廊下に座り込みをしていたのですね」


 やっと合点がいきました。

 でも、それで正座って……。

 まぁ、それはともかく私もセンリには言わなきゃいけないことがあったので、また会えて良かったです。


「先程も母様に言いましたが、怪我をしたのは私の責任です。ですから……ごめんなさい」


 私は頭を下げます。


「センリさんが庇ってくれたから『街食い』に食べられずに済みました。でも、その後怪我をしてしまってごめんなさい」

「いや、謝るのは私の方だ。自分の未熟さが原因でノノに怪我をさせてしまったんだ。その結果がこの有様だ。済まなかった」


 センリも頭を下げます。


「えーと、じゃこれで相子です。それでいいですよね?」

「あぁ」

「じゃ、センリさんも不景気な顔は辞めて、前みたいに笑ってください。お願いしますね!」

「分かった。……ありがとうなノノ」


 私の言葉にセンリは笑みを浮かべます。


「……ゴホン。ところでだな、ノノ。私とは『あれ』をしないのか?」

「『あれ』?」

「いや、何ていうか。……先程、ナナ殿としていた『あれ』だ」

「?」


(何でしょうか?)


「あー、うーん。良しっ!」


 センリは大声を上げると、シラクサの腕を顕現します。

 そして、手を左右に大きく広げます。


(あぁ!ハグのことか!)


 私もその動作を見て、『あれ』=抱き付き。だと理解します。

 しかし問題があります。


「えーと。私、母様以外とはしたことがなくて……」


 まぁ、正直に言うと少し恥ずかしいです。


「私とは嫌なのか?」


 センリが寂しそうな顔でこちらを見ています。


「そんなことはっ!むしろ嬉しいです」

「だったら問題ないだろう」


 力強く手を広げるセンリ。

 他にも『街食い』との戦闘を見た後ですからね。

 『乙女』の腕→『街食い』の装甲を打ち抜く威力を持った腕と、シラクサの腕の印象が変わっているとは言えません。

 手加減出来るのは知っていますが、さすがに少しびびってしまいます。


 ですので一言だけ。


「……優しくして下さいね」

「――っ!あぁ」


 何かセンリの顔が赤くなっています。

 やっぱりセンリも恥ずかしいみたいですね。


「それじゃ行くぞ」

「はい、準備万端です」


 そして、


「ノノっ!」

「センリさんっ!」


 ひしっと抱き合う二人。

 あー、こうやってセンリと抱き合うのも良いものだと思います。

 勿論、ナナもいい匂いがして安心します。

 しかしセンリは、何ていいますか。こう柔らかい膨らみが当たっていて、それが暖かくて気持ち良くて……。

 そんな事を考えていると、


 くー。


 私のお腹の音がなりました。


「――うっ!」

「はははっ。ノノは可愛いな」

「笑わないで下さい。余計、恥ずかしくなります」


 自分の顔が火照るを感じます。

 そういえば、お昼をまだ食べていませんでした。


「キャーーーッ!!」


 カシャーン!


 突如湧き上がる叫び声と、何かが割れる音!

 何事かと部屋の入り口に顔を向けると、割れたお粥の器と、頭を抱えるナナの姿がありました。


「ノノから離れなさいセンリ!私はそこまで許していないわよ!」

「ナナ殿が許さなくても、ノノの許可は得ています」

「なんですって!ノノと話を終えたなら、さっさと他の場所に行きなさい」

「いいえ、断ります。それにノノは私の弟子ですから、しばらくここに居て、鍛えることにしました」

「なっ!それこそ私は許さないわ」

「駐在部の乙女は、巡廻部の乙女に協力する義務があるはずです!」

「ふふんっ。そんなこと知ったことではないわね!」

「なっ……!?」

「それにノノも私に鍛えて貰う方が良いに決まっているわよね?」

「そうなのかノノ?私の方が教えるのがうまいぞ」


 言葉の応酬をする二人。

 そして私は左右から二人に引っ張られます。

 あの、一応怪我人なので、お手柔らかにしてもらえないでしょうか。……無理ですね。


「ノノ、ママの方が良いわよね?」

「ノノ?私が鍛える約束をしたよな」


 答えを迫られた私に出来ることは、現実逃避くらいです。


(お腹すいたなぁ……)


 こうして新たな火種を残しつつも、『街食い』の事件は終息しました。



とりあえず2章はこれで終わりです。

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