第三十七話
『街食い』がセンリに討伐されて、三日が経ちました。
私は『街食い』との戦いで負った怪我が完治していないため、自室のベッドで寝たきりです。
その枕元に座るのはナナ。
「ノノー。今日のお昼はお粥よ。胃に優しくて、栄養満点だから怪我もすぐ治っちゃうわよ」
木製の匙にお粥をすくって、こちらに差し出すナナ。
言葉尻に音符、もしくはハートマークが付いていそうです。
ちなみにお粥といってもお米ではなく、麦とか穀物を押し潰したものを煮たもので、オートミールの方が近い感じです。
「あの、母様えっと……」
「あっ!ごめんなさい。さすがに熱くて食べられないわよね」
そう言って、向けた匙にふーふーと息を吹きかけるナナ。
「いえ。というか、もう一人で食べれますので大丈夫です。それより――」
実は一昨日、昨日と体が自由に動かないこともあり、食事はナナに食べさせて貰いました。
さすがに随分ましになったため、もう一人で食べることはできます。
それよりも、気になることがあります。
ナナが開けたままの扉。そこにはあるものが鎮座していいました。
「あれは何ですか?」
疑問と共に視線を扉に移します。
そして、
「……」
センリは黙ったまま、廊下で正座をしていました。
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時を遡る事、三日前。
センリが『街食い』を討伐した直後まで、記憶を戻します。
センリの一撃で『街食い』は完全に沈黙しました。
私は離れた場所でナナの治療を受けています。
「ノノ、大丈夫か?」
センリがこちらに駆けつけて来ました。
「ナナ殿、ノノの容態は?」
「さすがに重症を負ってたけど、治癒の術で命の危険は去ったわ。ただし、怪我が治りきった訳ではないから、しばらく安静にする必要があるわね」
ナナの回答で、命に関わる怪我がないことにホッとするセンリ。
「それでは、私がノノを運びます」
「さぁ」と私を抱えようと近づくセンリ。
その前にナナが立ち塞がります。
「センリ、どうやら余力があるみたいね。それなら『街食い』の死体を処理しなさいな」
「なっ!?」
ナナの凍りつくような笑顔に言葉を詰まらせるセンリ。
ナナから放たれる圧力の余波に、私も恐縮してしまいます。
私は知っています。
ナナが本当に怒ると、笑顔になることを。
しかしナナがこんなにも激しく、怒るのを見たのは初めてです。
センリは、ナナの様子に圧倒されていましたが、ぐっと堪えると口を開きます。
「ノノは私のせいで怪我をしました。私が責任を持って送り届けて看病します!」
(おぉ!この圧力に耐えるなんて、さすがセンリ。ナナと同じく『六聖女』であるのは伊達じゃないです!)
ナナに口答えしたセンリに心の内で賞賛を送る私。
しかし、
「それなら余計、あなたにノノを任せることは出来ないわね」
「くっ……」
ナナの一言に反論できず、一蹴されるセンリ。
そしてナナは私を抱き抱えます。
「退きなさい。早くナナを休ませたいの」
ナナの言葉に道を開けるセンリ。
実は私もあまり余裕は無く、この時は疲労で気が遠くなりかけてきました。
「ノノ……」
遠ざかる私に、センリの小さな声が届きました。
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実はあれ以来、センリの姿は見掛けませんでした。
しかし今日になり突然、何故か部屋の前の廊下で正座するセンリが現れました。
「つーん……」
先程の私の質問に、知らんぷりをするナナ。
「センリさんも、何やっているんですか?そんな所に居ないで、部屋に入って来て下さい」
「……」
しかしセンリも黙して答えません。
(……困った。どうしよう)
途方に暮れる私。
「そんなことよりノノ。ほら、お粥が冷めちゃうよ。あーんして、あーん?」
ナナが話題を変えようとします。
あの手はあまり使いたくありませんが、仕方がありません。
「……食べたくありません」
「へ?」
「それに誰とも口を利きたくありません。もちろん母様とも」
「――そんなっ!?」
私の答えに動揺するナナ。
「そんな……私と口を利きたくないなんて。一体何が?――はっ!?ま、まま、まさか遂に反抗期が来たの!?恐れていたことが現実に!!」
更におろおろとするナナ。
しかし流石にナナは動揺し過ぎではありませんか?
こんなに過剰に反応されると、こちらが悪いことをした気になってしまいます。
「あぁ、でもこれもノノと私の愛を深め合う試練と思えば、私は耐えきってみせるっ!」
木匙を握り締めるナナ。
前言撤回です。
このままでいきましょう。
「あー、母様が正直に私の質問に答えてくれないと、ずっと私はこのままです」
「もちろん何でも答えるわ!」
(掛かかりました!)
咄嗟にそう答えるナナに、内心で笑みを浮かべます。
「オホン。では母様、何でセンリは廊下で座り込んでいるのですか?」
再度ナナに問い掛けます。
流石にナナもこれ以上はぐらかすのは無理だと判断したのか、真剣な表情になります。
「センリはノノを守れきれずに、傷付けたわ。だからそんな人をノノに会わせることは出来ないわ」
木匙を置きながらナナは答えます。
「しかしそれは、私が勝手に『街食い』に挑んだからです!」
「センリが敵わないのに、ノノが敵う道理はないわ。でも事前にセンリが行動不能に陥ったなら、ノノには逃げる様に言い含めることは出来た筈よ」
「それは……そうかも知れません。でもセンリが『街食い』に捕らわれたのは、私を庇ったからです」
「確かにね。でもセンリは自分でノノを連れて行くことを承知したのよ。だとしたら、ノノを守るのは当然のことよ」
ナナの正論に言い返せません。
センリもその言葉に奥歯を噛み締めています。
「それにセンリは私の信頼を裏切ったわ。ううん、そんなものどうでもいいわ。私が一番許せないのは、ノノが傷付いたことよ。ノノも自覚なさい。私が駆けつけるの遅かったら、例えセンリが間に合ったとしても、一歩間違えば死んでいてもおかしくない傷だったのよ!」
ナナはこちらを見詰めます。
その琥珀の瞳は悲しそうな色をしています。
「私は嫌なのよ!一年前の様にノノが危ない目に会うのが。今回だってノノが倒れているのを見て、どれだけ背筋が凍るような感覚になったことか。もしノノに何かあったら、私は自分を絶対に許せない。――そう、センリにノノを預けた私を許せないのよ。あの時だって……っ!」
(あの時とは一体?)
ナナの叫びが私の胸を打ちます。
どうやら私はまた、ナナに心配を掛けていたようです。
ナナは今にも泣き出してしまいそうで私は、
「母様、自分を責めないで下さい。そして自分自身を許して下さい」
思うまま口にします。
「私に何かあっても、それは全部私の責任です。だから母様が責任を感じることはありません」
「でもノノはまだ子供なのよ。そして私はノノのママなのよ」
「それならば尚更、私のことで母様が負い目に感じることを私が許せません。……母様はこんな私を許してくれますか?」
私は言葉を重ねます。
「勿論許すわ。私はノノのママなんだから」
「私も母様のことを許します。これで二人とも許されました。ですから、センリのことも許してあげて下さい」
ナナは私の言葉に少し考え、
「……分かったわ。ナナがそう言うのなら、センリのことは不問とするわ」
そう答えます。
その顔は悲しい顔から優しい顔に戻っています。
「母様っ!」
「ノノっ!」
そして抱き合う私達。
「母様。正直に言いますと母様が自分のこと許せないって言った時、不謹慎ですが嬉しかったです」
「ノノ、私もよ。そっくりそのまま、ノノが許せないって言ったことが、私も嬉しかったわ」
そして強く抱きしめ合う二人。
……何といいますか、今の気持ちを一言で表すとしたらこうでしょう。
「母様、大好きです!」
今までで一番、ナナの会話文が長いかな……と思ったら、8話の方が長かったでござる。




