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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第二章
37/113

第三十七話

 『街食い』がセンリに討伐されて、三日が経ちました。

 私は『街食い』との戦いで負った怪我が完治していないため、自室のベッドで寝たきりです。

 その枕元に座るのはナナ。


「ノノー。今日のお昼はお粥よ。胃に優しくて、栄養満点だから怪我もすぐ治っちゃうわよ」


 木製の匙にお粥をすくって、こちらに差し出すナナ。

 言葉尻に音符、もしくはハートマークが付いていそうです。

 ちなみにお粥といってもお米ではなく、麦とか穀物を押し潰したものを煮たもので、オートミールの方が近い感じです。


「あの、母様えっと……」

「あっ!ごめんなさい。さすがに熱くて食べられないわよね」


 そう言って、向けた匙にふーふーと息を吹きかけるナナ。


「いえ。というか、もう一人で食べれますので大丈夫です。それより――」


 実は一昨日、昨日と体が自由に動かないこともあり、食事はナナに食べさせて貰いました。

 さすがに随分ましになったため、もう一人で食べることはできます。

 それよりも、気になることがあります。

 ナナが開けたままの扉。そこにはあるものが鎮座していいました。


「あれは何ですか?」


 疑問と共に視線を扉に移します。

 そして、


「……」


 センリは黙ったまま、廊下で正座をしていました。


--------------------------------------------------


 時を遡る事、三日前。

 センリが『街食い』を討伐した直後まで、記憶を戻します。


 センリの一撃で『街食い』は完全に沈黙しました。

 私は離れた場所でナナの治療を受けています。


「ノノ、大丈夫か?」


 センリがこちらに駆けつけて来ました。


「ナナ殿、ノノの容態は?」

「さすがに重症を負ってたけど、治癒の術で命の危険は去ったわ。ただし、怪我が治りきった訳ではないから、しばらく安静にする必要があるわね」


 ナナの回答で、命に関わる怪我がないことにホッとするセンリ。


「それでは、私がノノを運びます」


 「さぁ」と私を抱えようと近づくセンリ。

 その前にナナが立ち塞がります。


「センリ、どうやら余力があるみたいね。それなら『街食い』の死体を処理しなさいな」

「なっ!?」


 ナナの凍りつくような笑顔に言葉を詰まらせるセンリ。

 ナナから放たれる圧力の余波に、私も恐縮してしまいます。

 私は知っています。

 ナナが本当に怒ると、笑顔になることを。

 しかしナナがこんなにも激しく、怒るのを見たのは初めてです。

 センリは、ナナの様子に圧倒されていましたが、ぐっと堪えると口を開きます。


「ノノは私のせいで怪我をしました。私が責任を持って送り届けて看病します!」


(おぉ!この圧力に耐えるなんて、さすがセンリ。ナナと同じく『六聖女』であるのは伊達じゃないです!)


 ナナに口答えしたセンリに心の内で賞賛を送る私。

 しかし、


「それなら余計、あなたにノノを任せることは出来ないわね」

「くっ……」


 ナナの一言に反論できず、一蹴されるセンリ。

 そしてナナは私を抱き抱えます。


「退きなさい。早くナナを休ませたいの」


 ナナの言葉に道を開けるセンリ。

 実は私もあまり余裕は無く、この時は疲労で気が遠くなりかけてきました。


「ノノ……」


 遠ざかる私に、センリの小さな声が届きました。


--------------------------------------------------


 実はあれ以来、センリの姿は見掛けませんでした。

 しかし今日になり突然、何故か部屋の前の廊下で正座するセンリが現れました。


「つーん……」


 先程の私の質問に、知らんぷりをするナナ。


「センリさんも、何やっているんですか?そんな所に居ないで、部屋に入って来て下さい」

「……」


 しかしセンリも黙して答えません。


(……困った。どうしよう)


 途方に暮れる私。


「そんなことよりノノ。ほら、お粥が冷めちゃうよ。あーんして、あーん?」


 ナナが話題を変えようとします。

 あの手はあまり使いたくありませんが、仕方がありません。


「……食べたくありません」

「へ?」

「それに誰とも口を利きたくありません。もちろん母様とも」

「――そんなっ!?」


 私の答えに動揺するナナ。


「そんな……私と口を利きたくないなんて。一体何が?――はっ!?ま、まま、まさか遂に反抗期が来たの!?恐れていたことが現実に!!」


 更におろおろとするナナ。

 しかし流石にナナは動揺し過ぎではありませんか?

 こんなに過剰に反応されると、こちらが悪いことをした気になってしまいます。


「あぁ、でもこれもノノと私の愛を深め合う試練と思えば、私は耐えきってみせるっ!」


 木匙を握り締めるナナ。

 前言撤回です。

 このままでいきましょう。


「あー、母様が正直に私の質問に答えてくれないと、ずっと私はこのままです」

「もちろん何でも答えるわ!」


(掛かかりました!)


 咄嗟にそう答えるナナに、内心で笑みを浮かべます。


「オホン。では母様、何でセンリは廊下で座り込んでいるのですか?」


 再度ナナに問い掛けます。

 流石にナナもこれ以上はぐらかすのは無理だと判断したのか、真剣な表情になります。


「センリはノノを守れきれずに、傷付けたわ。だからそんな人をノノに会わせることは出来ないわ」


 木匙を置きながらナナは答えます。


「しかしそれは、私が勝手に『街食い』に挑んだからです!」

「センリが敵わないのに、ノノが敵う道理はないわ。でも事前にセンリが行動不能に陥ったなら、ノノには逃げる様に言い含めることは出来た筈よ」

「それは……そうかも知れません。でもセンリが『街食い』に捕らわれたのは、私を庇ったからです」

「確かにね。でもセンリは自分でノノを連れて行くことを承知したのよ。だとしたら、ノノを守るのは当然のことよ」


 ナナの正論に言い返せません。

 センリもその言葉に奥歯を噛み締めています。


「それにセンリは私の信頼を裏切ったわ。ううん、そんなものどうでもいいわ。私が一番許せないのは、ノノが傷付いたことよ。ノノも自覚なさい。私が駆けつけるの遅かったら、例えセンリが間に合ったとしても、一歩間違えば死んでいてもおかしくない傷だったのよ!」


 ナナはこちらを見詰めます。

 その琥珀の瞳は悲しそうな色をしています。


「私は嫌なのよ!一年前の様にノノが危ない目に会うのが。今回だってノノが倒れているのを見て、どれだけ背筋が凍るような感覚になったことか。もしノノに何かあったら、私は自分を絶対に許せない。――そう、センリにノノを預けた私を許せないのよ。あの時だって……っ!」


(あの時とは一体?)


 ナナの叫びが私の胸を打ちます。

 どうやら私はまた、ナナに心配を掛けていたようです。

 ナナは今にも泣き出してしまいそうで私は、


「母様、自分を責めないで下さい。そして自分自身を許して下さい」


 思うまま口にします。


「私に何かあっても、それは全部私の責任です。だから母様が責任を感じることはありません」

「でもノノはまだ子供なのよ。そして私はノノのママなのよ」

「それならば尚更、私のことで母様が負い目に感じることを私が許せません。……母様はこんな私を許してくれますか?」


 私は言葉を重ねます。


「勿論許すわ。私はノノのママなんだから」

「私も母様のことを許します。これで二人とも許されました。ですから、センリのことも許してあげて下さい」


 ナナは私の言葉に少し考え、


「……分かったわ。ナナがそう言うのなら、センリのことは不問とするわ」


 そう答えます。

 その顔は悲しい顔から優しい顔に戻っています。


「母様っ!」

「ノノっ!」


 そして抱き合う私達。


「母様。正直に言いますと母様が自分のこと許せないって言った時、不謹慎ですが嬉しかったです」

「ノノ、私もよ。そっくりそのまま、ノノが許せないって言ったことが、私も嬉しかったわ」


 そして強く抱きしめ合う二人。

 ……何といいますか、今の気持ちを一言で表すとしたらこうでしょう。


「母様、大好きです!」



今までで一番、ナナの会話文が長いかな……と思ったら、8話の方が長かったでござる。

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