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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第二章
36/113

第三十六話

 彼女――センリは己の未熟さを痛感していた。


 地揺れの後、何かが地面の下から迫っていることは察知できた。

 よりにもよって、その何かが『街食い』だったことは、センリにとっても想定外だったが。

 しかしそれ故に、ノノを付き飛ばし危害が及ぶのを防ぐ事が出来た。


 問題なのはその先だ。

 ノノを突き飛ばした後、地下から、地面ごとこちらを飲み込もうとする『街食い』の攻撃を避けることは、センリでも出来なかった。

 反射的に、センリの契約する『乙女』――シラクサの鎧を顕現して、自らの身を守るのが精一杯だったのだ。

 シラクサの鎧は堅城鉄壁。

 しかも今は絶壁の形態。数ある鎧の形態の一つで、最も防御に特化した形態である。

 どんな攻撃にも耐え、この状態のセンリを倒すことは容易ではない。

 これまでの戦いで幾度も魔獣の攻撃を防ぎ、センリの命を救ってきた実績がある。

 だから『街食い』の攻撃も届かず、耐えられるとセンリは考えた。


 『街食い』の口内。

 食したものを細かく刻むために、無数の鋭利な歯がセンリに迫る。

 しかし、シラクサの鎧に傷を付けることは敵わなかった。

 『街食い』が何度も咀嚼しようと歯を立てるが、どうしても切断できない。

 いい加減に諦めた『街食い』は、そのままセンリを飲み込んだ。


 センリにとって計算外だったのはここからだ。

 センリとしては攻撃が止み次第、鎧を攻撃形態に移行し、反撃を行おうと考えていた。

 しかし今居る場所、『街食い』の食道か、はたまた胃か?細長い通路が狭まり、そのままセンリを締め付けてきた。

 その通路にもびっしりと細かい歯が生えており、果たして鎧を攻撃形態に移行しても耐えられるかどうかの判断が付かない。

 センリはまったく身動きが取れなくなってしまったのだ。


(このまま持久戦か……)


 センリはそう思った。

 事実、センリはその身に一切傷を負っていないし、三日ぐらいなら鎧を顕現し続ける魔力も残っている。

 『街食い』の締め付けが緩んだら、即座に攻撃をしてここから抜け出す積もりでいた。

 それに、外にはノノが居る。

 ノノがこの事態をナナ殿に知らせれば、駆け付けたナナ殿が交戦し、チャンスが生まれる筈。……後でナナ殿から説教をされるのは気が重いが。

 そう考えていた。


 機会はセンリが考えていたよりも、ずっと早く訪れた。

 センリが飲み込まれて数分、『街食い』が動き出したのだ。


(――何だ?)


 センリは疑問に感じた。

 移動のために、あるいはノノを追うために『街食い』が動き出したとも思ったが、場所を移動している様子はない。

 となれば、思ったより近くにナナ殿が居たのであろうと考えた。


(何にしろ絶好のチャンス!)


 そして一瞬、狙い通りに『街食い』の束縛が緩んだ。

 この機を逃すセンリではない。

 すかさずシラクサの鎧を攻撃形態に移行し、力を解放する。

 結果、内側から『街食い』の装甲を打ち破り、体内からの脱出に成功した。


 宙に飛び出したセンリは周囲を窺う。

 『街食い』の周囲は滅茶苦茶で、木は薙ぎ倒されて、平らだった地面は隆起沈降していた。

 そしてあるものを見つける。

 それはぼろぼろになって倒れているノノの姿だった。


(――!?)


 周囲にナナ殿の姿は無い。

 そのまま『街食い』からノノを遮る位置に着地する。

 ノノは酷い有様だった。

 着ている服は砂に塗れ、身体に幾つものすり傷や打撲が診られる。

 そして右腕はあらぬ方向に曲がっており、口元と近くの地面には血を吐いた痕跡があった。

 こちらを見つめる視線で、かろうじて意識があるのを確認できる。


 センリは理解した。

 『街食い』の拘束が緩んだのは、ノノのお陰だと。


(――っ!私の未熟者!!)


 ノノは、センリが飲み込まれそのまま死んだと考え、仇を討つために残ったのだ。

 その小さな体で、『街食い』に単身挑んだのである。

 結果的にそれは勘違いだったが、お陰でセンリは無事に脱出する事が出来た。


(それに対して私はどうだ?)


 自問するセンリ。

 自分が持久戦の構えに入ったため、ノノも逃げたものだと思い込んでいた。

 現実は違う。傷付きながら奮闘するノノ。

 倒れてもなお、身体を動かし『街食い』に立ち向かおうとする気概が窺えた。


(私は自分の判断が正しいと自惚れていたのだ……)


 『鋼鉄の聖女』と呼ばれ、慢心していたのだ。

 『大戦』以降、自分の実力以上の敵と戦う機会の無かったセンリは、どこかで自分の気が揺るんでいるのを感じていた。


 センリは恥じた。

 ノノがその身を投げ出し戦う中、自身は安全を求めた事を。

 センリは受け入れた。

 己の判断の甘さ、未熟さを。

 そして、


(ノノに報いるため、『街食い』を倒す!)


 決意した。


--------------------------------------------------


(――凄い!)


 私の眼前で展開するのは、圧倒的な力の奔流です。

 暴れる『街食い』は、センリの姿に気付くと襲い掛かりました。

 しかしセンリは、迫り来る脚を紙一重でかわし、『街食い』に近づきます。

 そして跳躍。一気に『街食い』の背中まで跳び上がります。

 あんなにも重そうな全身鎧を身に纏っているのに、それを感じさせない軽さ。

 背中に飛び乗ったセンリは拳を振り下ろします。


 ドゴォ!


 『街食い』の装甲を貫通する拳。

 私があれだけ攻撃して、やっと傷付けられたものを、いとも簡単に粉砕するセンリ。

 しかし、センリの背に『街食い』の尻尾が迫り、


(危ない――)


 と思った瞬間!

 センリは片手で尻尾の先端を受け止め、掴んだその手を離しません。

 そして、


「なっ……!?」


 これにはさすがに開いた口が塞がりません。

 センリはそのまま背中から飛び降りながらも、『街食い』を背負い投げの要領で投げ飛ばします。

 地面に叩き付けられる『街食い』。

 一体、センリはどれだけの力を持っているのでしょうか?


「センリに格闘で敵う『乙女』は存在しないわ」


 いつの間にかナナが傍に居ます。


「母様!――痛っ!!」

「大人しくして、ノノ。すぐに治すから」


 痛んだ私に、治癒術をかけるナナ。


「……どうしてここに?」

「そりゃこれだけ暴れていればね」


 そして集中するように文言を唱えるナナ。

 確かに、こんな巨大な生物が暴れて気付かない筈は無いと納得します。


 さて、センリと『街食い』の戦いも終わりの気配が近づいています。

 『街食い』はセンリの猛攻の前に、為す術も無くぼろぼろになりました。

 胴の装甲は無数の穴が空き、またはヒビが入っています。

 尻尾の先や、数本の脚も折れていて、満足に動けない状態です。


 『街食い』の頭部に近づくセンリ。

 『街食い』も残った力を振り絞り、強靭なアゴでセンリを砕かんと喰らい付きます。

 しかし、既にセンリの姿はその場にありません。


(――上っ!)


 気付いたた時には、センリは『街食い』の頭上に跳んでいます。

 宙に浮いたセンリは右腕を構えます。

 その右腕に、全身鎧の装甲が移動し、出来上がったのは巨大な右腕です。


 そして、


 ズゴォン!


 放たれた一撃は、『街食い』の頭部を跡形も無く粉砕しました。



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