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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第二章
34/113

第三十四話

 その黒い塊は、鋼のように硬質な表面をしています。

 高さは3メートル程の球状の物体。

 それが、先程まで私の居た場所に、地面から堂々と立ち聳えていました。


「何が……?」


 突然の出来事に、私は思考が追いついていません。

 かろうじて思い出したことが、先程まで一緒に居たセンリの事です。


「センリさんっ!何処ですか?」


 周囲を見渡しながら声を掛けますが、返事は返ってきません。

 そして私の視線は黒い塊をなぞって、ある一点に釘付けになりました。


「――っ!?」


 黒い塊の頂上。

 そこにうっすらと溝のような縦線が走っています。

 そしてその線から白い布の端――センリが着ていた外套の端が覗いていました。


(まさか、この塊に閉じ込められた!?)


 そう考えた瞬間、


 キキィーーーッ!


 先程も聞えたあの音が、目の前の塊から聞えてきました。

 その余りの音量の大きさに、私は思わず耳を押さえてしまいます。

 数秒は続いたでしょうか。音が鳴り止むと、私の見ている目の前で、塊の線上に亀裂が走り頂上から左右に別れます。

 更に地面の揺れと共に、周りの土が盛り上がり、塊が地表から押し出されます。

 その塊はこちらに傾き、倒れ込んできたため、慌てて私は塊から距離を取ります。


 塊が地表に完全に出る前に、数珠の様に繋がったもう一つの塊が姿を見せ、更にもう一つ、もう一つと幾つもの塊が同じように地面から出現します。

 地面から這い出たその姿は、例えるなら巨大な蟻の様な体躯をしています。

 全長は30メートル位でしょうか?

 先頭の球状の塊は、上方が複眼らしきものに覆われて、先端が割れて頑強なアゴになっています。

 蟻と異なるのは、中央の胴体が複数存在する点です。

 二つ目から五つ目の固まりは、左右に2本ずつ、計16本の足がはえていて、それ以降の塊は段々小さくなっていて尻尾のようです。

 そして最後の固まりだけ先端が鋭く針のように尖っています。


(……これが『街食い』?)


 その圧倒的な大きさに、私は呆然と見上げるしかできませんでした。

 センリの話に出てきた『街食い』と、確かに特徴は一致しています。

 しかし聞いていた話では体長3メートル程で、胴体は一つだけの筈です。

 まさか、僅か半月でここまで大きくなるなんて、夢にも思いません。

 たしかナナの話では、魔獣を食べる魔獣は強力らしいです。こいつもその魔獣なのでしょうか?

 そこまで考えた所で、あることを思い出します。


(あれ……、センリは……?)


 黒い塊が『街食い』の頭部なら、それに閉じ込められたであろうセンリは……?


「――嘘ですよね……?」


 心の中で必死に否定します。これは夢だ。私は悪い夢を見ているだけなんです。

 だから目を閉じて再び開けば、この悪夢から醒めるはず……。


 しかし現実は無情で、無慈悲で、残酷で、目に映るのは『街食い』の姿だけです。


 センリは居ない。

 『街食い』に食われた。


「あ、あぁ……」


 喉が引きつり、声が震える。

 視界が定まらない。

 私の心の内を、絶望のカーテンが包み込み、自分の体までも動かなくなる。


 キキィーーーッ!


 『街食い』が鳴き声を上げる。

 耳障りな音。

 まるで、その声が勝利の雄叫びの様に聞こえて、


 ……私の中で何かぶち切れた。


(――接続、仮契約……完了)


『――アルコ』


 私の内に宿った『娘』の名はアルコ。

 そのアルコの武器を顕現させて、一気に『街食い』に突っ込む!

 『街食い』はこちらに気付いていない。

 容易くヤツの胴の横に着くと、そのまま顕現させたアルコの武器――ピッケルを振り被り、


「うおぉぉぉーーっ!!」


 雄叫びと共に、叩きつける!

 しかし――


 ガキンッ!


 鋼鉄の塊を叩いたような音がして、手に痺れが走った。


(――っ、硬い!)


 見れば『街食い』の胴には傷一つなく、逆にピッケルの先端の方が欠けている。

 ならばもう一撃!と追撃しようとした所で、『街食い』の足がこちらに迫るのを視界が捉えた。

 後ろに跳躍して足をかわす。どうやらヤツに気付かれたらしい。

 幾つもの足が、私目掛けて迫る!

 その足には、フック状の鉤爪のようなものが幾つも生えており、かすっただけでも、ぼろ雑巾の様にズタボロになるだろう。

 更に後方に逃げ、足をかわす。

 しかしこのままでは、近づいて攻撃が出来ない。

 なんとかしなければ。


 私は周囲を確認し、利用できそうなものを捜す。

 そして、私は近くの木を跳躍しながら一気に上り、頂上付近の枝を足場に、更に跳躍する!


「あぁぁぁーーーっ!」


 そのまま落下する先は、『街食い』の背中。

 そして落下の勢いを利用して、先程欠けたピッケルの反対側――鋭く尖った方を叩き付けた!


 ガンッ!


 今度はピッケルの先端が食い込んだ。

 右手のピッケルは突き刺したまま、反対側の手でもう一本のピッケルを何度も叩き付ける。


「センリはお前の攻撃に反応していた!」


 叩く。


「本当なら、かわせた!」


 叩き付ける。


「お前に食われたりはしなかった!」


 叩き続ける。


「私が居たからっ!」


 何度も叩き付ける。


「私なんか庇ったからっ!」


 そのまま怒りをぶつける。

 『街食い』は私を振り落とそうと激しく体を揺するが、食い込んだピッケルにしがみ付き、何とか耐える。


「なんでっ!どうしてっ!」


 叩き付けたピッケルが衝撃に耐えられなくなり、ヘッドの部分が吹っ飛ぶ。


(このままじゃ効かない。もっと強い攻撃を――)


 強力な武器を持つ『乙女』と再契約する必要があった。

 ならば、私はアルコとの契約を解除する。

 そして、今までに契約した中で、一番威力のある武器を持つ『乙女』の名を叫ぶ!


「インペリアーーー!!」


 果たして、契約に応えたのは、私が初めて契約をした『乙女』――インペリアだった。


(インペリア、力を貸してっ!)


 私の内で力強くインペリアが頷く。

 それと同時に私の手に顕現するインペリアの固有武器。

 淡い光が収まり、手元に現れたのは重厚な武器だ。

 長柄の先に取り付けられ四角い箱のような機構。

 その機構からは鋭く尖った杭が覗いており、杭の反対側は、機構を通して持ち手の方に伸びている。

 一度、杭を打ったら。杭を装填するまで使えない。一撃必殺の武器。

 前世ではパイルバンカーと呼ばれていた物だ。


 私はパイルバンカーを構えて、そのまま『街食い』の外殻に押し付ける。

 狙いは、ピッケルによって傷付いた箇所。


「あああぁぁぁーーーっ!!」


 そして引き金を引く。


 ズゴォン!


 今まで厳重に抑えられていた杭は猛烈な勢いで飛び出し、そのまま『街食い』の装甲を貫通して内部に衝撃を与える。


 キキィーーーッ!


 鳴き声を上げ、悶え苦しむ『街食い』。

 パイルバンカーが空けた穴から、紫の体液が噴き出す。

 その体躯が仰け反り、私は反動で宙に浮いた。


(――やった!)


 だが次の瞬間――。

 振り回された尻尾が直撃し、私の身体は吹っ飛ばされる。

 そのままぶつかった木をへし折り、地面に衝突。

 何度かバウンドして、転がり、やがて止まります。


「――ぁっ!がはっ、ごぼっ……」


 声にならない音が漏れ、血を吐き出します。

 酷い痛みで体が動かせません。

 ただ、


 ズゥン、ズゥン。


 地面の振動で『街食い』が近付いて来るのが分かりました。



おかしい。

2章が想定していた34話を超えてしまうなんて。

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