第三十四話
その黒い塊は、鋼のように硬質な表面をしています。
高さは3メートル程の球状の物体。
それが、先程まで私の居た場所に、地面から堂々と立ち聳えていました。
「何が……?」
突然の出来事に、私は思考が追いついていません。
かろうじて思い出したことが、先程まで一緒に居たセンリの事です。
「センリさんっ!何処ですか?」
周囲を見渡しながら声を掛けますが、返事は返ってきません。
そして私の視線は黒い塊をなぞって、ある一点に釘付けになりました。
「――っ!?」
黒い塊の頂上。
そこにうっすらと溝のような縦線が走っています。
そしてその線から白い布の端――センリが着ていた外套の端が覗いていました。
(まさか、この塊に閉じ込められた!?)
そう考えた瞬間、
キキィーーーッ!
先程も聞えたあの音が、目の前の塊から聞えてきました。
その余りの音量の大きさに、私は思わず耳を押さえてしまいます。
数秒は続いたでしょうか。音が鳴り止むと、私の見ている目の前で、塊の線上に亀裂が走り頂上から左右に別れます。
更に地面の揺れと共に、周りの土が盛り上がり、塊が地表から押し出されます。
その塊はこちらに傾き、倒れ込んできたため、慌てて私は塊から距離を取ります。
塊が地表に完全に出る前に、数珠の様に繋がったもう一つの塊が姿を見せ、更にもう一つ、もう一つと幾つもの塊が同じように地面から出現します。
地面から這い出たその姿は、例えるなら巨大な蟻の様な体躯をしています。
全長は30メートル位でしょうか?
先頭の球状の塊は、上方が複眼らしきものに覆われて、先端が割れて頑強なアゴになっています。
蟻と異なるのは、中央の胴体が複数存在する点です。
二つ目から五つ目の固まりは、左右に2本ずつ、計16本の足がはえていて、それ以降の塊は段々小さくなっていて尻尾のようです。
そして最後の固まりだけ先端が鋭く針のように尖っています。
(……これが『街食い』?)
その圧倒的な大きさに、私は呆然と見上げるしかできませんでした。
センリの話に出てきた『街食い』と、確かに特徴は一致しています。
しかし聞いていた話では体長3メートル程で、胴体は一つだけの筈です。
まさか、僅か半月でここまで大きくなるなんて、夢にも思いません。
たしかナナの話では、魔獣を食べる魔獣は強力らしいです。こいつもその魔獣なのでしょうか?
そこまで考えた所で、あることを思い出します。
(あれ……、センリは……?)
黒い塊が『街食い』の頭部なら、それに閉じ込められたであろうセンリは……?
「――嘘ですよね……?」
心の中で必死に否定します。これは夢だ。私は悪い夢を見ているだけなんです。
だから目を閉じて再び開けば、この悪夢から醒めるはず……。
しかし現実は無情で、無慈悲で、残酷で、目に映るのは『街食い』の姿だけです。
センリは居ない。
『街食い』に食われた。
「あ、あぁ……」
喉が引きつり、声が震える。
視界が定まらない。
私の心の内を、絶望のカーテンが包み込み、自分の体までも動かなくなる。
キキィーーーッ!
『街食い』が鳴き声を上げる。
耳障りな音。
まるで、その声が勝利の雄叫びの様に聞こえて、
……私の中で何かぶち切れた。
(――接続、仮契約……完了)
『――アルコ』
私の内に宿った『娘』の名はアルコ。
そのアルコの武器を顕現させて、一気に『街食い』に突っ込む!
『街食い』はこちらに気付いていない。
容易くヤツの胴の横に着くと、そのまま顕現させたアルコの武器――ピッケルを振り被り、
「うおぉぉぉーーっ!!」
雄叫びと共に、叩きつける!
しかし――
ガキンッ!
鋼鉄の塊を叩いたような音がして、手に痺れが走った。
(――っ、硬い!)
見れば『街食い』の胴には傷一つなく、逆にピッケルの先端の方が欠けている。
ならばもう一撃!と追撃しようとした所で、『街食い』の足がこちらに迫るのを視界が捉えた。
後ろに跳躍して足をかわす。どうやらヤツに気付かれたらしい。
幾つもの足が、私目掛けて迫る!
その足には、フック状の鉤爪のようなものが幾つも生えており、かすっただけでも、ぼろ雑巾の様にズタボロになるだろう。
更に後方に逃げ、足をかわす。
しかしこのままでは、近づいて攻撃が出来ない。
なんとかしなければ。
私は周囲を確認し、利用できそうなものを捜す。
そして、私は近くの木を跳躍しながら一気に上り、頂上付近の枝を足場に、更に跳躍する!
「あぁぁぁーーーっ!」
そのまま落下する先は、『街食い』の背中。
そして落下の勢いを利用して、先程欠けたピッケルの反対側――鋭く尖った方を叩き付けた!
ガンッ!
今度はピッケルの先端が食い込んだ。
右手のピッケルは突き刺したまま、反対側の手でもう一本のピッケルを何度も叩き付ける。
「センリはお前の攻撃に反応していた!」
叩く。
「本当なら、かわせた!」
叩き付ける。
「お前に食われたりはしなかった!」
叩き続ける。
「私が居たからっ!」
何度も叩き付ける。
「私なんか庇ったからっ!」
そのまま怒りをぶつける。
『街食い』は私を振り落とそうと激しく体を揺するが、食い込んだピッケルにしがみ付き、何とか耐える。
「なんでっ!どうしてっ!」
叩き付けたピッケルが衝撃に耐えられなくなり、ヘッドの部分が吹っ飛ぶ。
(このままじゃ効かない。もっと強い攻撃を――)
強力な武器を持つ『乙女』と再契約する必要があった。
ならば、私はアルコとの契約を解除する。
そして、今までに契約した中で、一番威力のある武器を持つ『乙女』の名を叫ぶ!
「インペリアーーー!!」
果たして、契約に応えたのは、私が初めて契約をした『乙女』――インペリアだった。
(インペリア、力を貸してっ!)
私の内で力強くインペリアが頷く。
それと同時に私の手に顕現するインペリアの固有武器。
淡い光が収まり、手元に現れたのは重厚な武器だ。
長柄の先に取り付けられ四角い箱のような機構。
その機構からは鋭く尖った杭が覗いており、杭の反対側は、機構を通して持ち手の方に伸びている。
一度、杭を打ったら。杭を装填するまで使えない。一撃必殺の武器。
前世ではパイルバンカーと呼ばれていた物だ。
私はパイルバンカーを構えて、そのまま『街食い』の外殻に押し付ける。
狙いは、ピッケルによって傷付いた箇所。
「あああぁぁぁーーーっ!!」
そして引き金を引く。
ズゴォン!
今まで厳重に抑えられていた杭は猛烈な勢いで飛び出し、そのまま『街食い』の装甲を貫通して内部に衝撃を与える。
キキィーーーッ!
鳴き声を上げ、悶え苦しむ『街食い』。
パイルバンカーが空けた穴から、紫の体液が噴き出す。
その体躯が仰け反り、私は反動で宙に浮いた。
(――やった!)
だが次の瞬間――。
振り回された尻尾が直撃し、私の身体は吹っ飛ばされる。
そのままぶつかった木をへし折り、地面に衝突。
何度かバウンドして、転がり、やがて止まります。
「――ぁっ!がはっ、ごぼっ……」
声にならない音が漏れ、血を吐き出します。
酷い痛みで体が動かせません。
ただ、
ズゥン、ズゥン。
地面の振動で『街食い』が近付いて来るのが分かりました。
おかしい。
2章が想定していた34話を超えてしまうなんて。




