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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第二章
33/113

第三十三話

 先程の戦いでは、気付けば目の前に拳が静止していました。

 その迫力に圧倒され、私は地面に座り込んでいます。


「大丈夫ノノ?」


 ナナが心配そうにこちらの様子を窺います。


「えーと、腰が抜けてしまって立てません」


 情けない事に下半身に力が入りません。

 しかし、ふわっと身体が浮いたかと思うと、センリに抱きかかえられていました。

 これは……お姫様抱っこ!?


「最後の一撃は、別の『乙女』との再契約によるものか?」


 私の頭のすぐ近くでセンリの声がして、私は頷きます。

 というかこの体勢は、顔が近くて照れます。

 実はショートソードを投擲した後、私はブルーニコとの契約を一度解除し、新しく別の『乙女』と契約をしました。

 再契約ではどんな『乙女』が来るかは分かりませんでした。しかし比較的使い慣れた槍を持った『乙女』で、意表を突けたかと思ったのですが、センリには効果が無かった様です。


「ノノ。君は顕現の使い方はうまいが、足裁きや武器の使い方など、格闘戦の基礎が出来ていない。これでは一人前には程遠いな」


 センリの指摘にしょんぼりする私。

 そうです。この模擬戦は私がセンリとチームを組むかを決めるためのものでした。

 それなのに私は、一撃も有効打を入れられずに負けてしまいました。


「……だから私が鍛えてやる」

「それって――」

「これから一緒のチームだ。今日……は無理そうだから、明日からよろしくな!」


 その言葉に、嬉しさの余りセンリに抱き着いてしまいます。


「私もよろしくお願いします!」

「あぁ」


 こうして私は、センリと一緒に森に入ることになりました。


「ところでセンリ。いつまでノノに抱き着いているの?」

「いえ、ナナ殿。これはノノが……」

「……覚えてなさいよ」

「――ちょっ!?」


 一部揉めていましたが、気にしてはいけません。


--------------------------------------------------


「ノノ、少し休憩しよう」

「はい」


 私はセンリの提案に頷きます。私も歩き続きで、疲れが溜まっています。


「それにしても、何も見つかりませんね」

「そうだな」


 二人とも、手近な場所などに腰掛けます。

 森の中の偵察を始めて、早三日。

 森はとても穏やかなままで、何も成果が上がっていません。

 これまでの偵察では魔獣どころか痕跡すら発見できず、それはもっと深くに潜ったナナも同じです。


「やっぱり、たまたま出現が遅れているだけなのでしょうか?」

「かもしれないな……」


 水筒から水を口に含むセンリ。


「ところで前から聞きたかったんですけど、『六聖女』とは何ですか?」

「――ぶっ」


 センリが飲みかけの水を吹き出します。

 そんなに驚くような事なのでしょうか?


「あー、まぁいつか知るし良い機会か」


 センリは口元を拭いつつ、「私が話した事は、ナナ殿には内緒だぞ」と付け加えます。


「今から15年前に『大戦』といわれる、文字通り大きな戦いがあったんだ。最初の内は小さな国同士の小競り合いだったんだが、その内に大国も参加して、大陸全土を巻き込んだ国家間の戦争に発展していったんだ」


 まるで前世の歴史にある世界大戦みたいです。


「それでどうにも戦いの収拾が着かない内に、ある出来事が起きたんだ。それが魔獣の大量発生。各国は戦争どころじゃなくなり、魔獣討伐を優先せざるを得なくなった。で、各国が自国の魔獣を退治し終わる頃には、再び戦争する余力も無く、暫くは自国の復興に勤しみ――今に至るって話だ」


 皮肉にも魔獣のお陰で、人間同士の戦争が終わったということですね。


「本題の『六聖女』っていうのは、『大戦』で活躍した6人の『タリアの乙女』に与えられた称号なんだ」

「センリさんも母様も『六聖女』の一人なんですか?」

「そうだ。ナナ殿は、あの銀髪と大鎌から『銀閃の聖女』と呼ばれている」


 頷くセンリ。

 何てことでしょう。今まで私が戦ったことのある『乙女』は皆、トップレベルということです。

 あんなに強いのも納得です。


「センリさんは?」

「自分で言うのは少し照れくさいんだが、私は『鋼鉄の聖女』と呼ばれている」


(『銀閃の聖女』に『鋼鉄の聖女』!)


 こういうのを聞くとわくわくしてきますね。


「他の4人は何て呼ばれているのですか?」

「あぁ他には――!?」


 ――!


 センリが続けようとした、その一瞬。

 微かに、何か物音がしました。


「向こうからだ!」


 センリは視線をある方向に向け、走り出します。


「ノノはここで待機!すぐ戻る」


 そう言うとセンリは駆け出します。

 取り残される私。


「……」


 センリの素早い行動に、取り残された私。

 こういう時、一人残されるのは心細いです。

 前世でもパニック映画が得意でなく、ホラー映画を観ようものなら、夜に中々眠れませんでした。

 そしてこういうシーンだと、残された人間はモンスターや悪霊の餌食に……。

 想像して怖くなってきました。

 あまり変なことは考えたくありませんが、まさかと思いつつ辺りを窺います。


 ガサッ。


「ヒッ!?」


 茂みの揺れる音に、慌てて振り返ります。


「どうしたんだ、ノノ?」


 現れたのはセンリです。

 先程の言葉通り、本当にすぐ戻ってきました。


「……いえ、何でもありません」

「?」

「ところで何か見つかりましたか?」


 疑問を浮かべるセンリに、何があったかを訊ねます。


「いや何も。小動物位は居るかと思ったんだが、何もなかったよ」


 腑に落ちない顔をするセンリ。

 ではさっき聞えた音は何だったのでしょうか?


 キィー。


 先程と同じ音がします。

 しかも今度はもっと近くで、まるでガラスを金属で引っ掻いた様な音です。


「……センリさん」

「――静かに」


 センリは周囲を警戒しています。

 私も辺りを見回し、異常がないか確認します。

 何も変わった所は見つかりません。

 しかし、


「おかしい。虫や鳥の声がまったく聞えない」


 センリの言う通り、聞えるのは風の音とそれに揺れる木々の擦れる音だけです。

 それだけで森の中が、更に不気味に思えます。


「センリさ――」


 センリを呼ぶ前に、地面がぐらっと揺れて、私は足を取られてしまいます。


「ノノッ!!」


 気付いたら、私はセンリに突き飛ばされていました。

 そして、そのまま数メートル離れた木に、背中からぶつかる私。


「痛っ、……どうしたんですかセンリさん?」


 突然の出来事に驚きつつ、センリの方を見ると――


「――!?」


 そこにセンリの姿は無く、代わりに黒い塊が鎮座していた。



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