第三十三話
先程の戦いでは、気付けば目の前に拳が静止していました。
その迫力に圧倒され、私は地面に座り込んでいます。
「大丈夫ノノ?」
ナナが心配そうにこちらの様子を窺います。
「えーと、腰が抜けてしまって立てません」
情けない事に下半身に力が入りません。
しかし、ふわっと身体が浮いたかと思うと、センリに抱きかかえられていました。
これは……お姫様抱っこ!?
「最後の一撃は、別の『乙女』との再契約によるものか?」
私の頭のすぐ近くでセンリの声がして、私は頷きます。
というかこの体勢は、顔が近くて照れます。
実はショートソードを投擲した後、私はブルーニコとの契約を一度解除し、新しく別の『乙女』と契約をしました。
再契約ではどんな『乙女』が来るかは分かりませんでした。しかし比較的使い慣れた槍を持った『乙女』で、意表を突けたかと思ったのですが、センリには効果が無かった様です。
「ノノ。君は顕現の使い方はうまいが、足裁きや武器の使い方など、格闘戦の基礎が出来ていない。これでは一人前には程遠いな」
センリの指摘にしょんぼりする私。
そうです。この模擬戦は私がセンリとチームを組むかを決めるためのものでした。
それなのに私は、一撃も有効打を入れられずに負けてしまいました。
「……だから私が鍛えてやる」
「それって――」
「これから一緒のチームだ。今日……は無理そうだから、明日からよろしくな!」
その言葉に、嬉しさの余りセンリに抱き着いてしまいます。
「私もよろしくお願いします!」
「あぁ」
こうして私は、センリと一緒に森に入ることになりました。
「ところでセンリ。いつまでノノに抱き着いているの?」
「いえ、ナナ殿。これはノノが……」
「……覚えてなさいよ」
「――ちょっ!?」
一部揉めていましたが、気にしてはいけません。
--------------------------------------------------
「ノノ、少し休憩しよう」
「はい」
私はセンリの提案に頷きます。私も歩き続きで、疲れが溜まっています。
「それにしても、何も見つかりませんね」
「そうだな」
二人とも、手近な場所などに腰掛けます。
森の中の偵察を始めて、早三日。
森はとても穏やかなままで、何も成果が上がっていません。
これまでの偵察では魔獣どころか痕跡すら発見できず、それはもっと深くに潜ったナナも同じです。
「やっぱり、たまたま出現が遅れているだけなのでしょうか?」
「かもしれないな……」
水筒から水を口に含むセンリ。
「ところで前から聞きたかったんですけど、『六聖女』とは何ですか?」
「――ぶっ」
センリが飲みかけの水を吹き出します。
そんなに驚くような事なのでしょうか?
「あー、まぁいつか知るし良い機会か」
センリは口元を拭いつつ、「私が話した事は、ナナ殿には内緒だぞ」と付け加えます。
「今から15年前に『大戦』といわれる、文字通り大きな戦いがあったんだ。最初の内は小さな国同士の小競り合いだったんだが、その内に大国も参加して、大陸全土を巻き込んだ国家間の戦争に発展していったんだ」
まるで前世の歴史にある世界大戦みたいです。
「それでどうにも戦いの収拾が着かない内に、ある出来事が起きたんだ。それが魔獣の大量発生。各国は戦争どころじゃなくなり、魔獣討伐を優先せざるを得なくなった。で、各国が自国の魔獣を退治し終わる頃には、再び戦争する余力も無く、暫くは自国の復興に勤しみ――今に至るって話だ」
皮肉にも魔獣のお陰で、人間同士の戦争が終わったということですね。
「本題の『六聖女』っていうのは、『大戦』で活躍した6人の『タリアの乙女』に与えられた称号なんだ」
「センリさんも母様も『六聖女』の一人なんですか?」
「そうだ。ナナ殿は、あの銀髪と大鎌から『銀閃の聖女』と呼ばれている」
頷くセンリ。
何てことでしょう。今まで私が戦ったことのある『乙女』は皆、トップレベルということです。
あんなに強いのも納得です。
「センリさんは?」
「自分で言うのは少し照れくさいんだが、私は『鋼鉄の聖女』と呼ばれている」
(『銀閃の聖女』に『鋼鉄の聖女』!)
こういうのを聞くとわくわくしてきますね。
「他の4人は何て呼ばれているのですか?」
「あぁ他には――!?」
――!
センリが続けようとした、その一瞬。
微かに、何か物音がしました。
「向こうからだ!」
センリは視線をある方向に向け、走り出します。
「ノノはここで待機!すぐ戻る」
そう言うとセンリは駆け出します。
取り残される私。
「……」
センリの素早い行動に、取り残された私。
こういう時、一人残されるのは心細いです。
前世でもパニック映画が得意でなく、ホラー映画を観ようものなら、夜に中々眠れませんでした。
そしてこういうシーンだと、残された人間はモンスターや悪霊の餌食に……。
想像して怖くなってきました。
あまり変なことは考えたくありませんが、まさかと思いつつ辺りを窺います。
ガサッ。
「ヒッ!?」
茂みの揺れる音に、慌てて振り返ります。
「どうしたんだ、ノノ?」
現れたのはセンリです。
先程の言葉通り、本当にすぐ戻ってきました。
「……いえ、何でもありません」
「?」
「ところで何か見つかりましたか?」
疑問を浮かべるセンリに、何があったかを訊ねます。
「いや何も。小動物位は居るかと思ったんだが、何もなかったよ」
腑に落ちない顔をするセンリ。
ではさっき聞えた音は何だったのでしょうか?
キィー。
先程と同じ音がします。
しかも今度はもっと近くで、まるでガラスを金属で引っ掻いた様な音です。
「……センリさん」
「――静かに」
センリは周囲を警戒しています。
私も辺りを見回し、異常がないか確認します。
何も変わった所は見つかりません。
しかし、
「おかしい。虫や鳥の声がまったく聞えない」
センリの言う通り、聞えるのは風の音とそれに揺れる木々の擦れる音だけです。
それだけで森の中が、更に不気味に思えます。
「センリさ――」
センリを呼ぶ前に、地面がぐらっと揺れて、私は足を取られてしまいます。
「ノノッ!!」
気付いたら、私はセンリに突き飛ばされていました。
そして、そのまま数メートル離れた木に、背中からぶつかる私。
「痛っ、……どうしたんですかセンリさん?」
突然の出来事に驚きつつ、センリの方を見ると――
「――!?」
そこにセンリの姿は無く、代わりに黒い塊が鎮座していた。




