第三十二話
「――試合開始!」
ナナの合図を聞き、私はすぐさま仮契約をします。
(『タリア』へ接続。仮契約の申し込み――完了)
『ブルーニコ』
声が聞こえた瞬間、私の中に『娘』たるブルーニコの意識が宿ります。
一年の修行の成果により、以前より迅速に仮契約を完了させることが出来るようになりました。
また『乙女』が自分の内に入り込んでくる感覚にも慣れて、初めての時のような恥ずかしい声を上げることもありません。
……誰かさんは残念そうにしていましたけど。
(よろしくブルーニコ)
『よろしくっす』とブルーニコも答えてくれます。どうやらノリの良い『娘』みたいです。
「お待たせしました」
私はセンリに声を掛けます。
センリは律儀に、私が仮契約するまで待っていてくれました。
「ふむ。仮契約に失敗したことがない、と言うのは嘘では無さそうだ。それに契約が完了するまでの時間も恐ろしく短い」
「ありがとうございます」
センリの賞賛に、礼の言葉を返します。
「では、掛かって来なさい!」
センリが両の腕を胸の前に持っていき、拳を顎まで上げて、ファイティングポーズをとります
その両腕には、センリの契約している『娘』――シラクサの篭手が淡い輝きを纏っています。
まるで、その姿はこちらの攻撃を誘っているように見えます。
さて、センリと私の実力差は比べるまでも無いでしょう。
センリはナナと同じ位の実力者で、こっちは初心者マークが剥がれていません。
そもそも、本契約者と仮契約者では戦いにならないでしょう。
しかしセンリは手加減をしてくれるそうなので、そこに期待したいです。
その上で私が生かせることは何か?
それは、センリは私がどんな乙女と契約したか知らないことです。
故に私がどんな武器を使用するのか、どんな術を使用できるかを知らない筈です。……生憎、術は使えませんが。
ま、私もシラクサがどんな『娘』かは知りませんが、センリの構えと腕から、接近線――それも武器を使用しない肉弾戦がメインだと思われます。
となれば、センリの間合いギリギリまで武器を顕現せずに、攻撃の瞬間に武器を顕現するのが有効かと思います。
つまり初撃が大切です。
「行きます!」
私は宣言と同時に、真っ直ぐにセンリに突っ込みます。
ブルーニコの顕現により、強化された私の足はセンリとの間合いをあっと言う間に詰めます。
そしてタイミングを合わせて武器を顕現させつつ、袈裟に斬りかかります!
「甘いっ!」
センリは左腕でガードします。
しかし私の一撃は、未だ武器が顕現していないため、淡い光を放ったまま空振りします。
そして武器が顕現していない分だけ、素早く逆袈裟に移ることが可能です!
「――ぬっ!?」
センリが驚いた顔をします。
その瞬間、切り上げる私の手の中に、刀身60センチはある真っ直ぐに伸びたショートソードが顕現します。
(入った!)
ガシッ。
しかし私の攻撃は、センリの右腕に阻まれます。見るとショートソードの刀身が掴まれています。
そして硬直した私の身体に、センリの左拳に迫ります。
「――っ!」
私は急いで、剣を手放すと後方に跳躍します。
なんとかセンリの攻撃は回避することに成功しました。
センリは追撃を仕掛けてきません。どうやら、受けに徹しているみたいです。
さすがに一筋縄にはいかないみたいです。
私は呼吸を整えつつ、ブルーニコに落とした武器の顕現を解除するように呼びかけます。
『りょーかいっす』とブルーニコの返事と同時に、センリの手のショートソードが、ゆっくりと光の粒子となり消失します。
これが『タリアの娘』の固有武器の利点です。
一度手放した武器でも、顕現を解除して、再び顕現することで手元に戻ってきます。
その上、最顕現した武器は元の形状が復元されるため、例え剣が折れたり曲がろうとも、再顕現で一瞬の内に元に戻ります。
もちろん武器の再顕現を繰り替えす度、それに応じて沢山の魔力を消費してしまいますが。
「なかなか面白い攻撃をするな」
「そうですか?センリさんこそ凄いです。私は決まったと思ったのにっ――!」
再び、突っ込みます!
今度は右から左へ、横薙ぎの一撃を繰り出します。しかし武器の顕現は同じタイミングで発動します。
センリは先程の攻撃を覚えているため、同じ手は通用しないでしょう。
しかし、
「――!!」
再びセンリの眉が跳ね上がります。
今度の攻撃は、先程よりも早く剣が顕現したため、一撃目が本命です。
この攻撃を先程と同じものと見て、無視をすると攻撃が入るでしょう。
ヒュンッ。
それでも、センリには届きません。センリは体を後ろにスウェーして、攻撃をかわします。
私はそのまま、二撃目、三撃目と連続して剣を振るいます。しかしセンリは篭手で弾いたり、体裁きで避けたりと、私の攻撃は一向に届きません。
(どうしたら届きます!?)
焦る私。
私の内のブルーニコも『攻撃が単調っす』と警告します。
このままでは埒が明かない。そう思った私は、賭けに出ます。
剣で地面を切りつけ、砂埃を起こします。
センリはその場で動かずに、こちらの攻撃を待ち構えています。
私はその隙に――
--------------------------------------------------
砂埃でこちらの視界を遮るノノ。
(さて、どこから来る?)
私は周囲に意識を集中して、ノノの攻撃を警戒する。
ノノはこちらの意表を突いた攻撃が多く、なかなかに面白い。奇襲など先手を取らせると厄介である。
攻撃の方法は、きっとナナ殿を見て覚えたのだろう。
どことなく一撃にナナ殿の面影を感じる。
それに身体強化や武器の顕現はうまく、文句の付け様が無い。
しかしその反面、身体や武器の使い方が未熟で、初撃が決まらないと、有効な攻撃が続かない。
小手先の技術に頼っている節があるため、体裁きが追いついていないのだ。
きっと防御に回ると、すぐに受けきれなくなるだろう。
それが分かっているからこそ、ノノも常に先手を取ろうとしているのだ……そう考えた所で、苦笑する。
相手はまだ5歳児だ。私は何を期待しているのだろうか。
(おっと)
こちらに攻撃の意がピリピリ伝わってくる。
私の内のシラクサも警告している。
(来るか?)
次の瞬間、砂埃越しにショートソードが飛来する。
しかし私はそれを、左腕で難なく弾く。
これで武器の再顕現までの間、ノノは丸腰のはずだ。
(そろそろ終わらせるか)
そう思い、ノノの気配へ一気に距離を縮める。
砂埃が晴れた先には、丸腰のノノの姿。
私はそのまま距離を詰めようとするが、頭の隅で警鐘が鳴る。
どうして剣を投擲したのか?
砂埃越しだから、かわせないと思ったのだろうか?
いや、この娘はそんな考えなしでは無い筈だ、と。
案の定、ノノはこちらに向けて、何かを突き出す動作をする。
そして腕の中には淡い光が――
ヒュンッ。
私の横を何かが通り過ぎる。
同時に私の拳が、ノノの顔前で停止している。
「――っ!?」
ノノの顔が驚愕に引き攣る。
その手には、一振りの槍が握られていた。
先程の一瞬、私は体を回転させ槍の突きをかわしつつ、裏拳を繰り出していたのだ。
ノノは攻撃中であったため、私の拳を避ける事は無理だった。
「そこまでっ!」
ナナの合図でノノはその場に崩れ落ちる。どうやら緊張が一気に抜け、脱力したらしい。
先程までの鬼気迫る勢いが嘘の様だ。
そして私は、自分の口の端が上げっているのを自覚した。
ばとるー!




