第三十一話
センリが我が家に宿泊した翌日。
私はセンリと、村の近くの森の中で対峙しています。
ナナは邪魔にならない位置でこちらを見守っています。
「それじゃ模擬戦を始めるわよ。センリもノノも準備は良い?」
「こちらはいつでも」
「はい」
ナナの確認に、頷くセンリと私。
どうして模擬戦をする流れになったかというと、今朝になって、ナナが提案したあることが原因です。
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「昨日のセンリの話を聞いて、気になる事があるの」
「ナナ殿、それは?」
ナナの言葉にセンリが問い返します。
昨日のお願いもあり、センリは私達と一緒に食事をとりました。
今は丁度、食後の小休憩の時間です。
「前回の魔獣討伐から、次の魔獣が出現していないのよ。そろそろ魔獣が出てもおかしくない頃なのに」
ナナの言葉に私も頷きます。
これまでのこの村における魔獣の出現周期は、平均で3ヶ月です。
短い時は、前回の出現から3日後に出ることもありましたが、それは過去1回だけの事でした。
そして最長でも4ヶ月後には出現しています。
「前回が約4ヶ月前です。確かに、今回は遅いですね」
「今回がたまたま遅いとうことは?」
私の捕捉にセンリが問いかけます。
「もちろんその可能性は有るわ。でも、そうじゃないかもしれない。それに昨日のセンリの話だと、『街食い』は何でも食べ尽くしてしまうのよね?」
「はい。街の壁だけでなく、家屋や生き物まで、とにかく何でも食べていました」
「これはあんまり考えたくないのだけど――」
そう区切って、ナナはセンリと視線を合わせます。
「この村に近づいていた魔獣は『街食い』に食べられたのではないかしら」
「ふむ……」
その言葉にセンリも考え込みます。
「魔獣が魔獣を食べるなんてことがあるのですか?」
そういえば今までナナが退治した魔獣は、複数体いることはあっても、全て同じ種類か似た種類でした。
別の種類が複数体も出現したことがないため、そのような時にどうなるかは知りません。
「……あぁ。基本的に種類の異なる魔獣同士は仲が悪く、互いに殺しあうことは珍しくない。そして倒した魔獣の死体を食べる魔獣も中には居る。そういった魔獣は食らった魔獣の分だけ、強力な個体となることがあるんだ」
私の疑問に重苦しく口を開くセンリ。
そんなに強いのでしょうか?
「まぁ、私かセンリならそれでも勝てると思うけど」
「はい」
「勿論、全て可能性の話なんだけどね。そこで今日から数日は、森の偵察をしようと思っているの」
ナナの説明では、二手に分かれて村の周囲を偵察するそうです。
チームの内訳は次の通り。
ナナ一人のチーム。私とセンリのチーム。
ナナは森の深くまで入り、私とセンリは村の近くを偵察します。
「幸いにも今はセンリが居るから、私がしばらく村から離れても心配ないわ。それにセンリはこの辺の地理に疎いから、ノノと組んだ方が良いわね」
私もナナのチーム分けは妥当だと思います。
しかしナナが私と別行動を取るのが、腑に落ちません。
「私も母様の意見には賛成です。どちらにしても、魔獣が出没してもおかしくない時期ですから、森の偵察は無駄ではないと思います」
「それにもし『街食い』だったら、こちらから打って出た方が被害が少なくなるわ」
ナナがもう一つ理由を付け加えます。
『街食い』はサキソの街の結界を越えられるそうです。
となれば村を守って守勢になるより、こちらから攻勢に出た方が良いと考えたのでしょう。
「分かりました。私も偵察には賛成です。……しかしノノを連れて行くのは反対です。未だ仮契約の身であり、かつこんな小さな子供ですから」
私の方を見るセンリ。
やっぱり、私がネックですね。
「勿論、戦闘には参加させないわ。ノノには道案内に専念して貰います」
静かにナナが答えます。
確かに私は戦力には含めない方が良いでしょう。
『タリア』と契約してからも、ナナの魔獣討伐には参加しています。
しかしナナ曰く。「中途半端な実力では怪我をする」と、いつも見ているだけでした。
「だとしても不意に襲われた場合に、自衛ができるか疑問です。それに例え実力があったとしても、仮契約は必ずしも成功するものではありせん。危険です!」
センリにそう言われると、私も不安になってきます。
「それなら大丈夫よ。ノノは仮契約に失敗したことが無いから」
「――!?それは本当なのかノノ?」
「はい」
驚くセンリに、私は頷きます。
ナナに仮契約の方法を教わってから、この一年間、毎日の様に仮契約をしていますが、未だ私の成功率は100%です。
そのため、仮契約とはあまり失敗しないものだと思っていましたが、センリの反応を見る限り、私の認識が誤っているのかもしれません。
「それでも――」
「じゃあ、こうしましょう!」
センリに喋らせないナナ。
「これからセンリとノノで模擬戦をしなさい」
手をぽんと叩いて提案するナナ。
「――な!?」
「その結果、センリがノノに実力がないと判断した場合、ノノは私とチームを組みます」
言葉に詰まるセンリに、ナナは一方的に宣言します。
(……えーと、偵察に行く事は変わりないのですね)
「いえ、でもそれは……」
「何、センリ?上司である私の言う事が聞けないの?」
「それは昔の事で、今は互いに『六聖女』で――っ!」
センリはナナに睨まれて、反論を許して貰いません。
見ている分には、まさに「蛇に睨まれた蛙」ですね。
それにしてもお世話になったとは聞いてましたが、元上司だったのですか。
「……分かりました」
ナナに圧倒されて、渋々提案を受け入れるセンリ。
「あの母様」
「なーにノノ?」
「私、今まで母様とまともに戦えていないのですけど……」
そうです。この間やっとナナに反撃できたレベルであるため、センリともまともに戦えないと思います。
「大丈夫よ。センリは私と違ってちゃんと手加減できるから」
(あ、手加減できないって自覚あったんですね)
センリも苦い顔で、うんうんと頷いています。
どうやらセンリもナナに扱かれた経験がりそうです。
「それにノノも他の『乙女』には興味があるでしょう」
ナナは視線を私からセンリに移します。
それに釣られて、私もセンリの方を見ます。
確かにナナ以外の『乙女』がどう戦うのか、気になります。
「もしかして母様と別行動なのは、それが理由なのですか?」
「それもあるけどね。で、ノノはやる気はあるの?」
「はい!」
ナナに向かって、勢い良く答えます。
「じゃ決定ね」
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そういった仔細で、私とセンリは模擬戦をすることになりました。
「センリさん。私はまだまだ未熟物ですが、よろしくお願い致します」
「こちらこそ若輩の身だがよろしく」
互いに挨拶をします。
「では――試合開始!」
ナナが手を振って合図をします。




