第二十九話
夜。
陽が落ちて闇の帳と共に、月星の輝きが世界を緩やかに照らしています。
センリは暫くの間、私たちの家に逗留することになりました。
センリから聞いた話では、『街食い』の指揮者はサキソの街から西に、一直線に飛び立ったらしいです。
そしてそれを追って、センリはこの村に来たそうです。
元々、サキソの街で『街食い』と戦ったのも、巡廻の途中でたまたま居合わせただけだったとか。
戦闘後も、誰かが逃げ延びた『街食い』の王を追う必要がありましたが、サキソの街の『乙女』は街の警戒と復興に駆り出されいて、多忙です。
そこで巡廻中のセンリにお鉢が回ってきます。
しかし、この村までの道中では『街食い』の痕跡は見つからなかったそうです。
正直な所、付近の街で得るものがなかった時点で、『街食い』の行方を追うのは無理だと判断したそうです。
それでもこの話を他の街に伝え、警戒を促すために西に進み、遂にこの国の最西端であるバール村までやって来たそうです
しかし、さすがにこれ以上は西には進めないため、また旅の疲れもあるために、この村に留まることになりました。
「ノノ、この食事をセンリの部屋まで、運んでくれないかしら」
ナナがお盆に載った一人分の食事を渡してきます。
私とナナは今晩の食事を作っており、丁度完成した所で、ナナは先に一人分の食事を器に盛り付けました。
「それは良いのですが、センリさんとは一緒に食事を取らないのですか?」
もしかしてこの世界の風習では、家主と客は一緒に食事をしないという風習があるのでしょうか?
実はセンリは私の知りうる限り、初めて家に泊まるお客さんのため、その可能性が無きにしも非ずです。
「うーん、あの娘は、自分の食事する所を誰かに見られるのが苦手だから」
私の疑問にナナは答えます。
どうやらそんな風習は無いようです。
「分かりました。それでは行ってきます」
ナナからお盆を受け取り、私は家の階段を上がって行きます。
センリが泊まる部屋は、2階の三部屋の一つです。
一部屋は私とナナの寝室。残る一部屋は物置になっています。
(それにしても食べるのを見られるのが苦手とは、意外にシャイですね)
そんな事を思いながらセンリの部屋の前に着くと、御盆を片手に寄せ、空いた手でドアをノックします。
「はい」
「食事をお持ちしました」
「すまないが、中まで運んで貰えないか?」
扉越しに、部屋の中から声がします。
「失礼します」
そう言って部屋の中に入ります。
この部屋は元々、客人用の部屋で机と椅子、備え付けのベッドがあるだけで、ガランとしていました。
そのベッドにセンリは腰掛けています。
外や教室で着ていた外套は脱いでおり、ナナと同じ白い修道服みたいなものを着ています。
さすがに長身であるためか、胸もそれなりの大きさです。……というか結構な大きさです。
しかし、それよりも気になることがありました。
「机の上に置いてくれ」
「……はい」
私は言われた通り、御盆を机の上に置きます。
「あの、失礼かもしれませんが、その腕は……」
「あぁ、この腕の事か」
センリは自らの両の腕の先を見つめます。
いえ、正確には、肘から先の何も存在しない空間を見ます。
「すまない。あまり見ていて気分の良いものではないな」
「いえっ、そんなことはないです」
私は慌てて否定します。
センリの両手の肘から先は存在せず、服の裾を縛っています。
「……もしかして、サキソの街で『街食い』にやられたのですか?」
「いや違う。これはもっと昔――私が『乙女』に成り立ての時に失ったものだ」
そう言ってセンリは少し遠い目をします。
今になってやっと、センリが外套をきっちり着ていた訳が分かりました。
「まぁ、なんだかんだで昔の話だからな。もう慣れてしまったよ。それに腕がない分、素早く動けるしな」
そう言って「ハハハ」とセンリは笑います。
うーん。そういうものでしょうか?
「あの、食器はまた回収に来ます」
「あぁ、頼むよ」
そう言って私は部屋から退出します。
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「……」
「ノノ。どうしたの?」
食事中にナナがこちらを心配しています。
「え?」
「『え?』じゃないわ。手が止まっていたわよ」
「……すいません」
どうやら考え事をして、ぼーっとしていたみたいです。
「センリの腕の事なら、ノノが気を使う必要はないわよ。むしろ余計な気を回さない方が良いのよ。センリは、あぁ見えても各地を巡廻しているから、こういうのは慣れているから」
「いえ、そういう訳ではなくて……」
私が気にしているのは、食事を置いて退出する際に見た、センリの顔です。
その表情は、なんだか、
(少し寂しそうな表情をしていました)
私にはそう思えました。
どうしてそんな表情をしていたのか、私には分かりません。
でも、元気付けてあげたい。そう思うのはお節介でしょうか?
どうしたら良いか考えてしまいます。
うーむ。こういう時は身近に居る人を参考にしてみましょう。
例えばナナなら……良しっ!
(いつまでも考えていても仕方ありません)
ナナもセンリも同じ『乙女』です。
それに二人は結構、付き合いが長いため、考え方もどこか似ている筈ですから、大丈夫でしょう。
……多分。
「母様。私決めました!」
「はい?」
ナナは頭上に「?」を浮かべています。
「私はセンリさんと裸のお付き合いをしてきます!」
カタン。
ナナの手から滑り落ちた木の匙が、乾いた音を立てます。




