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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第二章
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第二十九話

 夜。

 陽が落ちて闇の帳と共に、月星の輝きが世界を緩やかに照らしています。


 センリは暫くの間、私たちの家に逗留することになりました。

 センリから聞いた話では、『街食い』の指揮者はサキソの街から西に、一直線に飛び立ったらしいです。

 そしてそれを追って、センリはこの村に来たそうです。


 元々、サキソの街で『街食い』と戦ったのも、巡廻の途中でたまたま居合わせただけだったとか。

 戦闘後も、誰かが逃げ延びた『街食い』の王を追う必要がありましたが、サキソの街の『乙女』は街の警戒と復興に駆り出されいて、多忙です。

 そこで巡廻中のセンリにお鉢が回ってきます。


 しかし、この村までの道中では『街食い』の痕跡は見つからなかったそうです。

 正直な所、付近の街で得るものがなかった時点で、『街食い』の行方を追うのは無理だと判断したそうです。

 それでもこの話を他の街に伝え、警戒を促すために西に進み、遂にこの国の最西端であるバール村までやって来たそうです

 しかし、さすがにこれ以上は西には進めないため、また旅の疲れもあるために、この村に留まることになりました。


「ノノ、この食事をセンリの部屋まで、運んでくれないかしら」


 ナナがお盆に載った一人分の食事を渡してきます。

 私とナナは今晩の食事を作っており、丁度完成した所で、ナナは先に一人分の食事を器に盛り付けました。


「それは良いのですが、センリさんとは一緒に食事を取らないのですか?」


 もしかしてこの世界の風習では、家主と客は一緒に食事をしないという風習があるのでしょうか?

 実はセンリは私の知りうる限り、初めて家に泊まるお客さんのため、その可能性が無きにしも非ずです。


「うーん、あの娘は、自分の食事する所を誰かに見られるのが苦手だから」


 私の疑問にナナは答えます。

 どうやらそんな風習は無いようです。


「分かりました。それでは行ってきます」


 ナナからお盆を受け取り、私は家の階段を上がって行きます。

 センリが泊まる部屋は、2階の三部屋の一つです。

 一部屋は私とナナの寝室。残る一部屋は物置になっています。


(それにしても食べるのを見られるのが苦手とは、意外にシャイですね)


 そんな事を思いながらセンリの部屋の前に着くと、御盆を片手に寄せ、空いた手でドアをノックします。


「はい」

「食事をお持ちしました」

「すまないが、中まで運んで貰えないか?」


 扉越しに、部屋の中から声がします。


「失礼します」


 そう言って部屋の中に入ります。

 この部屋は元々、客人用の部屋で机と椅子、備え付けのベッドがあるだけで、ガランとしていました。

 そのベッドにセンリは腰掛けています。

 外や教室で着ていた外套は脱いでおり、ナナと同じ白い修道服みたいなものを着ています。

 さすがに長身であるためか、胸もそれなりの大きさです。……というか結構な大きさです。

 しかし、それよりも気になることがありました。


「机の上に置いてくれ」

「……はい」


 私は言われた通り、御盆を机の上に置きます。


「あの、失礼かもしれませんが、その腕は……」

「あぁ、この腕の事か」


 センリは自らの両の腕の先を見つめます。

 いえ、正確には、肘から先の何も存在しない空間を見ます。


「すまない。あまり見ていて気分の良いものではないな」

「いえっ、そんなことはないです」


 私は慌てて否定します。

 センリの両手の肘から先は存在せず、服の裾を縛っています。


「……もしかして、サキソの街で『街食い』にやられたのですか?」

「いや違う。これはもっと昔――私が『乙女』に成り立ての時に失ったものだ」


 そう言ってセンリは少し遠い目をします。

 今になってやっと、センリが外套をきっちり着ていた訳が分かりました。


「まぁ、なんだかんだで昔の話だからな。もう慣れてしまったよ。それに腕がない分、素早く動けるしな」


 そう言って「ハハハ」とセンリは笑います。

 うーん。そういうものでしょうか?


「あの、食器はまた回収に来ます」

「あぁ、頼むよ」


 そう言って私は部屋から退出します。


--------------------------------------------------


「……」

「ノノ。どうしたの?」


 食事中にナナがこちらを心配しています。


「え?」

「『え?』じゃないわ。手が止まっていたわよ」

「……すいません」


 どうやら考え事をして、ぼーっとしていたみたいです。


「センリの腕の事なら、ノノが気を使う必要はないわよ。むしろ余計な気を回さない方が良いのよ。センリは、あぁ見えても各地を巡廻しているから、こういうのは慣れているから」

「いえ、そういう訳ではなくて……」


 私が気にしているのは、食事を置いて退出する際に見た、センリの顔です。

 その表情は、なんだか、


(少し寂しそうな表情をしていました)


 私にはそう思えました。

 どうしてそんな表情をしていたのか、私には分かりません。

 でも、元気付けてあげたい。そう思うのはお節介でしょうか?

 どうしたら良いか考えてしまいます。


 うーむ。こういう時は身近に居る人を参考にしてみましょう。

 例えばナナなら……良しっ!


(いつまでも考えていても仕方ありません)


 ナナもセンリも同じ『乙女』です。

 それに二人は結構、付き合いが長いため、考え方もどこか似ている筈ですから、大丈夫でしょう。

 ……多分。


「母様。私決めました!」

「はい?」


 ナナは頭上に「?」を浮かべています。


「私はセンリさんと裸のお付き合いをしてきます!」


 カタン。

 ナナの手から滑り落ちた木の匙が、乾いた音を立てます。



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