第二十八話
――カサッ。
漆黒の中で彼は眠りから目を覚ました。
淀んだ空気が微かに流れ、ナニかが動くのを感じる。
闇の中、輝く複数の眼で周囲をきょろきょろと探る。
――居た。
白い生き物――兎がそいつの手の届く位置に居る。
その小さな生き物をみて彼は、昔の自分を思い出していた。
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元々彼の種族はとても弱い存在だった。
体もとても小さく、とある鉱物を摂取して生きていた。
同じ種族が出会っても、常に鉱物の取り合いで殺しあっていた。
彼らの種族にとって、彼らを捕食する天敵は存在しなかった。
しかし、他の生き物に殺されることはあった。
彼らは手頃な大きさで、抵抗らしい抵抗も碌に出来ないため、他の生き物にとって格好の標的であったのだ。
殺されるのは仕方が無い。
弱い者は強い者に勝てないのだから。
しかし、遊びで殺されるのだけは許せなかった。
彼らは他の生き物を脅かす存在でも、その生き物の食料ですらなかった。
ただ、目に付いたから。
ただ、そこに居たから。
ただ、なんとなく……。
そんな理由とも付かない理由で、仲間は死んでいった。
彼らにとっては、他の生き物全てが、天敵足りえたのだ。
そうしてピラミッドの底辺を彷徨っていた。
彼の体が変わり始めたのは、いつの頃だろうか?
気が付けば灰色の体が漆黒に染まっていた。
そして、少しずつ体が大きくなり、羽が生えて空も飛べるようになった。
体が大きくなるにつれ、他の生き物は手を出さなくなった。
しかし相変わらず仲間達は無情に死んでいき、その姿に彼は無関心では居られなかった。
彼は自らの体に仲間を纏わり付かせて、他の生き物が手出し出来ないよう守った。
仲間も彼の傍に居る時は、仲間同士で殺し合いはしなかった。
その内に、彼の仲間も段々大きくなり、数もどんどん増えていった。
体色は彼とは違い灰色のままで、かつ羽も生えていないが、命令に従順なその姿に彼は満足していた。
しかしある問題が起きた。
彼らの食料である鉱物が足りなくなったのだ。
彼らは数が増えすぎて、自らが住む森の食料をあらかた食べ尽くしてしまった。
彼らの体が小さく、数が少なければ何の問題は無かった筈なのに。
彼らは飢えて、皆が弱っていった。中には死に絶える仲間も出てきた。
彼は考えた。どうすれば良いのか?と。
そして思い付いた。
彼らは他の生き物と同じ大きさになった。
であるならば、他の生き物と同じモノを食べられるのではないか。
彼は手始めに草や木の身を食した。
……食べられた。
仲間も同じように食べ始めた。
続いて、小動物を食べ始めた。
……食べられた。
仲間も同じように食べ始めた。
次に大型の動物を食べ始めた。
……もちろん食べられた。
仲間も同じように食べ始めた。
そうやって、何でも貪欲に食べて行くことで、彼らの数は爆発的に増えていった。
大型動物にも負けない大きさ。そして数万に達する仲間達。
彼らは成長――いや、進化していった。
そして再び、同じ問題に直面する。
彼らは、遂に森を食べ尽くしてしまったのだ。
残ったのは地面と枯れ木、そして彼らのみだった。
彼らは新たなる食料を求めて、移動を開始する。
途中、幾つかの森を喰い尽くしながら、ある場所に辿り着いた。
そこは、彼らにとって夢のような場所であった。
彼らが始めに食していた鉱物。それがなんと視界いっぱいに壁となり並んでいたのだ。
そしてその奥にも無数の鉱物の塊が存在していた。
彼らには、そこは人間の住む街で、街を覆う壁や人の住む建物だと理解はできなかった。
彼らは興奮した。
そして身から湧き上がる食欲を抑え切れなかった。
必然的に彼らは、その街――サキソの街に突撃した。
彼らは手当たり次第に街を食らっていった。
途中、二本足の動物に妨害されても、その動物ごと食らった。
しかしその内に、彼は異変に気付いた。
仲間の数がどんどん減っていくのである。
これまでも大型動物を食らう際にも、仲間が何体か死ぬことはあった。
しかしそれとは規模が全然違う。
彼は羽を振るわせ、空から観察した。
白い数体の生き物が鋼を振り被る度、仲間が切り裂かれれていく。
手を合わせて何かを唱えると炎や氷が飛び出し、仲間が絶命していく。
彼は、その白い生き物が『タリアの乙女』だと知る由も無かった。
彼は仲間に命じた。
白いのを先に殺せ!と。
しかし、彼の仲間は『乙女』の敵ではなかった。
大型動物には勝てても、『乙女』の身体能力、そして術に圧倒されっ放しだった。
どんどん減らされて行く仲間達。
その内、彼にも一人の『乙女』が迫っていた!
舞い上がった『乙女』は、光り輝く腕で、彼の胴体を殴り飛ばす!
その衝撃で吹っ飛ぶ彼。
ただの一撃で、彼の体の中はずたぼろになり、かろうじて羽で浮いている状態であった。
激痛に悶えながらも、彼は本能的に仲間に命じる。
そいつを殺せ!と。
残った仲間が、地面に降りた『乙女』に殺到する。
しかし逆に返り討ちに合い、仲間達が討伐されただけだった。
彼は恐怖した。
こんなにも簡単に仲間達が殺されるのか?これでは昔と同じではないか、と。
彼は苦痛と恐怖の中、仲間達を盾にして、一人その場を逃げ出した。
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そうして今ここに居る。
もう彼には仲間が居ない。
それでも自分を傷つけ、仲間を殺した白いやつに対する怒りが消えなかった。
彼の中では、『乙女』に対する恐怖が、怒りで塗り潰されていた。
彼は目の前の兎を一気に捕まえ、口に放り込んだ。
そのまま租借する。
今は傷を治すのが先だ。
そうして彼――『街食い』は再び眠りに着いた。
『街食い』の脳裡には、白い身体に紺色の頭をした『乙女』――センリの姿が焼きついていた。




