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白金の乙女  作者: 夢野 蔵
第二章
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第二十八話

 ――カサッ。

 漆黒の中で彼は眠りから目を覚ました。

 淀んだ空気が微かに流れ、ナニかが動くのを感じる。

 闇の中、輝く複数の眼で周囲をきょろきょろと探る。

 ――居た。

 白い生き物――兎がそいつの手の届く位置に居る。

 その小さな生き物をみて彼は、昔の自分を思い出していた。


--------------------------------------------------


 元々彼の種族はとても弱い存在だった。

 体もとても小さく、とある鉱物を摂取して生きていた。

 同じ種族が出会っても、常に鉱物の取り合いで殺しあっていた。


 彼らの種族にとって、彼らを捕食する天敵は存在しなかった。

 しかし、他の生き物に殺されることはあった。

 彼らは手頃な大きさで、抵抗らしい抵抗も碌に出来ないため、他の生き物にとって格好の標的であったのだ。


 殺されるのは仕方が無い。

 弱い者は強い者に勝てないのだから。

 しかし、遊びで殺されるのだけは許せなかった。

 彼らは他の生き物を脅かす存在でも、その生き物の食料ですらなかった。

 ただ、目に付いたから。

 ただ、そこに居たから。

 ただ、なんとなく……。

 そんな理由とも付かない理由で、仲間は死んでいった。

 彼らにとっては、他の生き物全てが、天敵足りえたのだ。

 そうしてピラミッドの底辺を彷徨っていた。


 彼の体が変わり始めたのは、いつの頃だろうか?

 気が付けば灰色の体が漆黒に染まっていた。

 そして、少しずつ体が大きくなり、羽が生えて空も飛べるようになった。

 体が大きくなるにつれ、他の生き物は手を出さなくなった。

 しかし相変わらず仲間達は無情に死んでいき、その姿に彼は無関心では居られなかった。


 彼は自らの体に仲間を纏わり付かせて、他の生き物が手出し出来ないよう守った。

 仲間も彼の傍に居る時は、仲間同士で殺し合いはしなかった。


 その内に、彼の仲間も段々大きくなり、数もどんどん増えていった。

 体色は彼とは違い灰色のままで、かつ羽も生えていないが、命令に従順なその姿に彼は満足していた。

 しかしある問題が起きた。

 彼らの食料である鉱物が足りなくなったのだ。

 彼らは数が増えすぎて、自らが住む森の食料をあらかた食べ尽くしてしまった。

 彼らの体が小さく、数が少なければ何の問題は無かった筈なのに。


 彼らは飢えて、皆が弱っていった。中には死に絶える仲間も出てきた。

 彼は考えた。どうすれば良いのか?と。

 そして思い付いた。


 彼らは他の生き物と同じ大きさになった。

 であるならば、他の生き物と同じモノを食べられるのではないか。


 彼は手始めに草や木の身を食した。

 ……食べられた。

 仲間も同じように食べ始めた。


 続いて、小動物を食べ始めた。

 ……食べられた。

 仲間も同じように食べ始めた。


 次に大型の動物を食べ始めた。

 ……もちろん食べられた。

 仲間も同じように食べ始めた。


 そうやって、何でも貪欲に食べて行くことで、彼らの数は爆発的に増えていった。

 大型動物にも負けない大きさ。そして数万に達する仲間達。

 彼らは成長――いや、進化していった。


 そして再び、同じ問題に直面する。

 彼らは、遂に森を食べ尽くしてしまったのだ。

 残ったのは地面と枯れ木、そして彼らのみだった。


 彼らは新たなる食料を求めて、移動を開始する。

 途中、幾つかの森を喰い尽くしながら、ある場所に辿り着いた。


 そこは、彼らにとって夢のような場所であった。

 彼らが始めに食していた鉱物。それがなんと視界いっぱいに壁となり並んでいたのだ。

 そしてその奥にも無数の鉱物の塊が存在していた。

 彼らには、そこは人間の住む街で、街を覆う壁や人の住む建物だと理解はできなかった。


 彼らは興奮した。

 そして身から湧き上がる食欲を抑え切れなかった。

 必然的に彼らは、その街――サキソの街に突撃した。


 彼らは手当たり次第に街を食らっていった。

 途中、二本足の動物に妨害されても、その動物ごと食らった。


 しかしその内に、彼は異変に気付いた。

 仲間の数がどんどん減っていくのである。

 これまでも大型動物を食らう際にも、仲間が何体か死ぬことはあった。

 しかしそれとは規模が全然違う。


 彼は羽を振るわせ、空から観察した。

 白い数体の生き物が鋼を振り被る度、仲間が切り裂かれれていく。

 手を合わせて何かを唱えると炎や氷が飛び出し、仲間が絶命していく。

 彼は、その白い生き物が『タリアの乙女』だと知る由も無かった。


 彼は仲間に命じた。

 白いのを先に殺せ!と。

 しかし、彼の仲間は『乙女』の敵ではなかった。

 大型動物には勝てても、『乙女』の身体能力、そして術に圧倒されっ放しだった。

 どんどん減らされて行く仲間達。


 その内、彼にも一人の『乙女』が迫っていた!

 舞い上がった『乙女』は、光り輝く腕で、彼の胴体を殴り飛ばす!

 その衝撃で吹っ飛ぶ彼。

 ただの一撃で、彼の体の中はずたぼろになり、かろうじて羽で浮いている状態であった。

 激痛に悶えながらも、彼は本能的に仲間に命じる。

 そいつを殺せ!と。

 残った仲間が、地面に降りた『乙女』に殺到する。

 しかし逆に返り討ちに合い、仲間達が討伐されただけだった。


 彼は恐怖した。

 こんなにも簡単に仲間達が殺されるのか?これでは昔と同じではないか、と。


 彼は苦痛と恐怖の中、仲間達を盾にして、一人その場を逃げ出した。


--------------------------------------------------


 そうして今ここに居る。

 もう彼には仲間が居ない。

 それでも自分を傷つけ、仲間を殺した白いやつに対する怒りが消えなかった。

 彼の中では、『乙女』に対する恐怖が、怒りで塗り潰されていた。


 彼は目の前の兎を一気に捕まえ、口に放り込んだ。

 そのまま租借する。


 今は傷を治すのが先だ。

 そうして彼――『街食い』は再び眠りに着いた。


 『街食い』の脳裡には、白い身体に紺色の頭をした『乙女』――センリの姿が焼きついていた。



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