第二十七話
「どうかしたんですか?」
「……いや、すまない。何でもない」
慌てて取り繕うセンリ。
明らかにナナの名前を聞いて、一瞬固まっていました。
「もしかして、お知り合いなのでしょうか?」
「あ、あぁ。そうだな……」
センリは歯切れの悪い返事をします。
妖しいです。何かあったのでしょうか?
そうこうしている内に家の前まで着きます。
隣のセンリを見ると、「優しい……まさかな」と何か呟いています。
とりあえず扉を開けて、帰宅の挨拶をします。
「母様、ただい――」
「ノーーノーーッ!!」
「ま」を言い切る前にナナが飛んできて、私に抱き付きます。
「お帰りなさい!遊びに行っていたはずなのに、随分早かったわね。あ、もしかしてママに早く会いたくて、帰ってきたのかな?えへへ」
「いえ、違います」
「そんな!?」
普段通り、テンションが高い親ばかモードのナナです。
「それより、母様にお客さんが来ています」
「誰かな?村長とか?」
「いえ」
私は後ろを振り返ります。
すると、私の背後でセンリはこちらを見て呆気に取られていました。
「……」
「あら珍しい、センリじゃない」
ナナに名前を呼ばれ、はっと我に返えるセンリ。
「お久しぶりです。ナナ殿」
「久しぶりね。――っ!センリがノノと一緒に居るってことは、まさかノノを口説いたりしてないでしょうね?」
「えっ!?」
ナナの勢いにたじろぐセンリ。
やはりセンリは、過去にも女の子を口説いたりしていたのですか。分かります。
「大丈夫です。私は母様一筋ですから」
私はナナに向けてサムズアップします。
家に帰るまでに、センリにどきっとした事は内緒です。
するとナナは「?」と顔を傾げますが、すぐに察したのか、私と同じ様に親指を立てて見せます。
(ナイス母様!)
「立ち話もなんだし、良かったらあがりなさい」
「……お邪魔します」
明らかに困惑しているセンリ。
そのまま、皆で教室の方に移動します。
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教室の中。
ナナとセンリは空いている席に、腰掛けています。
私はナナの膝の上に居ます。
「センリは、今も巡廻部に所属しているのかしら?」
「はい。巡廻の途中で、こちらの村に『乙女』が居ると聞いたもので寄ってみたのですが……まさかナナ殿が居るとは思ってもいなかったです」
センリは「驚きました」と付け加えます。
「あのー、巡廻部とは何なのでしょうか?」
「巡廻部というのは、『タリアの乙女』の一部署なんだ。各地を回って魔獣を討伐したり、地方の情勢を確認して他の『乙女』と情報交換をしたりするのが主な仕事だね」
私の質問に答えるセンリ。
「へー、他にも部署があるのですか?」
「そうだな。例えば、地方に留まり、その地の魔獣討伐を引き受ける駐在部とか、有事に備えて王都で待機している軍部。それら全てを統括する本部等がある」
「ということは母様は、駐在部に所属しいるということでしょうか?」
「正解よ。ノノ」
私のの頭を撫でるナナ。
どうやら組織の方の『タリアの乙女』には、公務職や会社みたいに部署が設けられているみたいです。
「……それにしても、ナナ殿は随分とお変わりになられましたね」
「それはきっと、ノノと一緒だからよ!」
そしてナナが私に向かって、立てた親指を見せます。
もちろん私も親指を立てて、返答します。
センリは付いて来れないのか、乾いた笑みを浮かべています。
それにしても、先程からセンリは借りて来た猫のようです。
「母様とセンリさんはお知り合いなのですか?」
二人に尋ねます。
「あぁ。ナナ殿と私は『大戦』の生き残りで、共に『六聖女』として――」
「――センリ」
センリの喋りを途中で遮るナナ。
一瞬、空気が重くなったように感じました。
ナナの顔からは表情が消えていて、私は初めて見るその様子に吃驚します。
(『大戦』?『六聖女』?)
「えーと、ナナ殿とは昔からの知り合いで、よくお世話になっていました」
「そうね。私が『タリアの乙女』になった後に、センリも『乙女』になったのよ」
先程までの表情が、嘘の様な笑顔のナナ。
どうみても何か隠しているみたいです。
「……そうなのですか」
嘘は言ってないと思いますが、私はナナの過去を全然知らないため、気になります。
「ところでセンリ。まさか、ただの巡廻でこんな西の辺境まで来た訳じゃないわよね?」
ナナの質問に、センリが私に視線を送ってきます。
もしかして私が居ると話せないのでしょうか?
「ノノ、大丈夫よ。センリ、こうみえてもノノは『乙女』なのよ」
ナナの膝から立とうとした私を、ナナが制します。
「まさか――」
「違うわ。ノノは自分で契約したのよ。勿論、まだ仮契約までだけど」
驚きの声をあげるセンリを、ナナが制します。
「当たり前です!こんな小さな子に本契約なんて。て、そうじゃなく契約済みの『乙女』については、本部に報告する義務があるはずですよ!」
「まぁ、その件については置いておいて……」
睨み付けるセンリを、ナナは受け流します。
しばらくそのままの状態のセンリでしたが、ナナが話さないのを悟り、最初の質問に答えます。
「この村の東――徒歩で二週間ほどの位置にある、サキソの街をご存知ですか?」
「えぇ、かなり大きな街よね」
私も地図で見た事がありますが、たしかに東の方にそんな街がありました。
「私は、その街の六割を飲み込んだ魔獣――『街食い』を追って来たのです」




