第二話
気が付くと目の前には、優しく微笑む女の人の顔があった。
輝くような銀色の髪に、白い肌。
宝石のような綺麗な琥珀の瞳が、私を覗いている。
コーカソイド系の顔立ちは綺麗に整っており、誰がどうみても美人さんである。
いや、その顔にはまだ幼さが残っておりこれからの成長を感じさせるため、美少女の方が適切だろうか。
(……というか、誰です!?)
軽くパニックになり周囲を見渡そうとするが、頭に鈍い痛みが走り、かつ全身を気だるさが覆っている。
感覚的に二日酔いに近いが、もっと酷い感じである。
うまく体が動かない。
少女は私が起きた事に気付き、私に何かを呼び掛けながら頭を撫でてくる。
さすりさすり。
心地よい。
彼女の言葉を聴きながら頭を撫でられると、なぜか頭の痛みが引き、心が落ち着く。
……というよりも、眠くなってきました。
うつろうつろと船を漕ぎ始めた意識の中、少女はまた、別の言葉を発した。
私には意味は分からなかったが、きっと「おやすみなさい」だと思いながら、そのまま眠りに落ちていった。
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目が覚めた。
さっきまでの頭の重さを、今は感じない。
意識はすっきりしている。クリアマインド。
視線だけで周囲を見渡すが、眠る前に見た少女は居ないみたいだ。
見えるのは木目の天井と白い布。
白い布は絹で出来ており、どうやら私が来ている服の様だ。
白い服ということは何処かの病院服かと視線をずらすと、小さな手が目に映った。
大きさ的には赤ちゃんの手だろうか?
指が短く、まん丸としている。
私は無意識の内に自分の手を伸ばすが――
(――えっ!?)
見える手も同時に動いてゆく。
まさかとは思いつつも、にぎにぎと自分の指を動かす。
すると一切のタイムラグなしに、その手の指もにぎにぎと動く。
思考が止まった……。
もう一度試す。
今度は指を握ってグーを作り、そのまま人差し指と中指を開いてピースに移行する。
視界に移る手も同じ動作をする。
(……どう見ても、私の手です)
まさかまさか!?
私は必死に自分の事を思い出そうとします。
たしか、この間まで27歳の成人男性だったはずである。
普通の家に生まれ、普通に育ち、普通の学校を卒業。
男子高校→工業大学と女っ気一つない生活を送り、不景気の中、無事に会社に就職。
IT系の会社に就職したが、周りの同僚は男しかいなかった。
その上、入社3ヶ月にして配属先でデスマーチが始まり、ありえない残業時間で家には寝るために帰るだけ。
これがブラックってやつかと思いつつも、翌月に新人にしてはありえない額の給与明細を確認して、ウチの会社はホワイトだったと安堵していた。
そうやってなんとか仕事をこなしつつ、気付いたら社会人も5年目でる。
さすがにこの歳で、年齢=彼女いない歴はさすがにまずいと危機感を募らせ、ある行動を開始する。
彼女を作るぞ作戦。
まず、これまでの怠惰で貯まったお腹のお肉を何とかしようと、夜中のランニングを開始した。
しかし、これがまずかった。
普段、全然運動をしない癖に、調子に乗って10キロ走り始めた。
走り始めは、「お、けっこう走れるじゃん」とか思っていたが、そんなことはなく案の定、途中で力尽きた。
その上、気持ち悪くなって晩御飯を嘔吐し、ふらふらと歩いて帰る途中で――
気付いたら目の前に光が迫ってきていた!
瞬間、周りの風景がスローモーションになり、迫りくるものが自動車のフロントだと認識した時には、終わったと悟った。
(あ、ゲロまみれのままだ……)
そんな事を思いながら車と接触する。
そしてそのまま吹っ飛びながら、意識がシャットダウンした。
そう。私は車に跳ねられて死亡したと思われる。
あれで生きているとしたら、私はいつの間にか人間を辞めていた事になる。
(そっか、死んじゃったのか……)
再び思考停止。
どうすれば良いか分からず、そのまま呆然としていた。
……。
どの位経ったのだろうか。
キィーと扉の開く音が聞こえ、我に帰る。
先ほどの少女が戻ってきた。
白い修道服と、肩まで届くサラサラの銀髪に目が向いてしまう。
彼女は、ぼーっとしている私を見て、そのまま抱き抱える。
そして背中をトントンと叩きながら、優しく何かを話し掛けて来ます。
相変わらず何を話しているかは解らないが、どうやら反応のない私を心配してくれているみたいである。
その行動につい胸の奥底が熱くなる、
自分が死亡したというショックのせいか、ボロボロと涙が溢れ嗚咽が漏れる。
彼女は驚きつつも、「よーしよし」みたいな事を喋りながら、背中をさすってくる。
どの位泣いてたのだろうか。
情緒不安定だった気持ちが大分落ち着いてきた。
少女は私が泣きやむの確認すると、私を降ろして元居た位置に寝かせる。
そして顔を近づけて微笑んでいる。
その時、気付く。
少女の琥珀の瞳の中、小さな赤ちゃんの姿が映っていることに。
そう。それは今の私の姿で――
私は赤ちゃんになっていたのだった。