第十八話
聞えるのは風に靡く木々のざわめき。
そして小鳥の囀り。
鬱蒼と茂る森の中、木の陰に身を隠すのは一人の少女。
年齢は5歳位か。
あどけない顔立ちに、銀の髪と翡翠の瞳が印象的である。
そろそろ時間でしょうか?少女はそう考え準備を始める。
(『タリア』への接続開始……完了!)
少女は自身の内にある『タリア』との経路を使い、命令をする。
(続いて、仮契約の申込み開始……来ました!)
少女の要求に応えたのは、以前にも、何度か契約したことのある『娘』だった。
娘の名前は『アルコ』。
そして、
(仮契約――完了!)
その瞬間、少女の内にアルコが宿る。
自分の意識とは別に、アルコの存在が居る事を少女は感じた。
(よろしくです、アルコ)
少女は自身の内に在るアルコに呼びかける。するとアルコの方からも、よろしくの意が伝わってくる。
そのまま少女はアルコに自分を重ねる。
すると、アルコの好きなこと、得意な事、使用する武器――そういったプロフィールが、感覚として伝わってきた。
まるで誰か別人になったような、そんな風に思いながら周囲を警戒する少女。
少女がアルコと契約成立するまでに掛かった時間は、僅か一秒。
その間に周囲の変化は確認できない。
(さて、どこから来るのでしょうか?)
少女は警戒を続けながら考える。
すると――
かさっ。
右前方から茂みの揺れる音がした。
刹那、少女はそちらを一瞥もせずに、そのまま身を沈める。
それと同時に、銀閃が少女の頭上を掠めた!
少女の頭上を通過したのは、長い柄の先に湾曲した銀の刃を持つ武器――大鎌だった。
そして少女の背後から大鎌を振り被ったのは、少女と同じく銀の髪を持つ別の少女であった。
(――アルコ、武器!)
少女は身を伏せたままアルコに呼びかける。
すると一瞬の内に、少女の両手の内に輝きと共に一本ずつ武器が顕現する。
その武器は60センチ程の柄を持ち、その先端には小さな金属の刃が取り付けられていた。
刃は柄から見て左右に別れており、片方の刃は広がっていて、もう反対側は杭のように尖っている。
それは少女の知識にあるピッケルに、酷く似た形状をしていた。
少女は振り向きざま、右のピッケルを背後の少女に叩きつける!
しかし、既に大鎌の少女は後方に跳んで距離を取っていた。
対峙するピッケルの少女と大鎌の少女。
ピッケルの少女は息が乱れており、その表情には焦りの色が出ている。
対して、大鎌の少女は顔に軽い笑みを浮かべており、どことなく余裕を感じる。
(我ながら、良くかわせました。しかしこっちの攻撃までかわされるなんて、どんな速度ですか!?流石としか言えません)
少女は、物音を聞いて反射的に身を伏せた自分を褒めながら、大鎌の少女にも賛辞を送った。
睨み合う二人。
ピッケルの少女は大鎌の少女を観察する。
14歳位の少女で自分よりも大きな身体をしている。
大鎌はピッケルの少女から見て右に構えられていて、どこからどう攻めても簡単に切り裂かれる――そんな風に思わされる凄味があった。
二人の距離は5メートル弱。お互いに得物を構えて、相手の様子を窺っている。
間合いは大鎌の方が有利である。
ピッケルを当てるためには大鎌の一撃をかいくぐり、相手の懐に飛び込む必要あった。
(技量も経験も向こうが圧倒的に上です。であれば――)
ピッケルの少女はそのまま突っ込む!
大鎌の少女はそれを見て、冷静に迎撃の構えを見せる。
ピッケルの少女が大鎌の射程に入る一歩手前、右のピッケルが大鎌の少女に向けて投擲された!
少女は大鎌の柄で、簡単にピッケルを弾く。
だがその動作で、ピッケルの少女を迎え撃つ一撃がわずかに遅れた。
それでも尚、ピッケルの一撃が繰り出される前に、大鎌の一閃が少女の右方から走る!
その線上にはピッケルの少女の身体があり、今から身をかわすのは到底不可能であった。
しかし、
「――我を守りたまえ!」
ピッケルの少女が駆け出しながら唱えていた文言が完成し、術が発動する!
少女の右手の先に、透明な30センチ四方のガラスのような薄い壁が顕現し、大鎌との間を遮る。
(弾かれて、体勢を崩した所を左手のピッケルで決めます!)
ピッケルの少女はそう考えていた。
だが、
大鎌が壁に接触すると、無常にも亀裂が入り、壁はそのまま砕け散った。
(――!?)
驚愕に顔を引き攣らせるピッケルの少女。
そのまま大鎌はピッケルの少女の身体に吸い寄せられ、少女の身体を切断――せずにそのまま叩き付けられた!
吹っ飛ぶピッケルの少女。
その拍子に左手のピッケルを取り落とす。
そして一回、二回とバウンドして、地面を滑ってやっと止まる。
静寂が訪れる。
ピッケルの少女はピクリとも動かない。
大鎌の少女は倒れた少女の様子を窺うが、先程弾いたピッケルと落とされたピッケルが消え失せていることに気付き、急いで少女に駆け寄った。
「大変っ!ノノ、目を覚まして」
大鎌の少女――ナナは相手を仰向けにすると、治癒の術を使い始めた。
名を呼ばれた少女――ノノは気を失っていた。




