第十五話
「――!?」
悲鳴をあげようとしても、ひゅーひゅーと息が漏れだけで、更に鋭い痛みが走ります。
その上、心臓がいつもより早く鼓動し、キーンと耳鳴りが聞えます。
お腹にはハリ殻ネズミの棘。
ハリ殻ネズミとは距離が離れていました。にも関わらず、その背に生えていた棘がここにあるということは、
(……棘を射出した!)
ということでしょう。
痛みの中、顔を横に向けます。
するとやはり周囲の地面や木にも、ハリ殻ネズミの棘が無数に突き刺さっています。
(……失敗したなぁ)
ははっ、と思わず自分の不甲斐無さに失笑してします。同時にごぼっと血を吐き出します。
明らかに致命傷です。
お腹からは今も血が溢れ出ています。体も動きません。
(二回目の人生もこれで終わりですかぁ……)
折角、生まれ変わったのに、これでお終いみたいです。
全力を出しましたが、もう何も出来そうにありません。
しかし、心残りはあります。
(トールとカナデは無事でしょうか?私の時間稼ぎが無駄にならなければ良いのですが……)
寒くなってきました。
(アンリにも謝らないといけません。心配してたのに、嘘をついてしまいました……)
目の前が暗くなってきました。
(そういえば折角の異世界なのに、神や魔法について全然知りません……)
最後に――
(ナナ……)
ナナの顔が浮かびます。
聖女の様な性格。天使も嫉妬する容姿。魔獣も敵わない強さ。女神ですら霞みそうな存在です。
女手一つで私を育ててくれて、沢山の愛情を貰いました。
ママと呼んだ時は、こっちも引く位の親バカっぷりでしたね。
そんな反応が気恥ずかしかったけど、私もナナのことが大好きでした。
私が死んだら、ナナはどうなるのでしょうか?
泣くでしょう。確実に泣くと思います。
でも、
(……泣かないで欲しいです)
私の頬を熱いものが、ツーと伝います。
どうやら涙みたいです。私の方が先に泣いてしまいました。
(思ったよりも悔いが多いですね……)
そして私の意識は途絶しました。
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目覚めたのは白い空間。
(ここはどこでしょう?)
確か、お腹に棘が刺さってそのまま……棘がない!?
傷跡すらありません。……というか全裸です!全裸の幼女です!
……自分の身体ですけど。
「もしかして死後の世界ですか!」
叫びつつ思い出します。
私はノノ。4歳(中の人は31歳)。
無職。独身。毎日を楽しく女神と一緒に暮らしていました。
でも死にました。
「違うよ」
答えたのは、私と同じ裸の少女です。
腰まで届く金の髪に、翡翠の瞳。
スラリとした身体が、適度に丸みを帯びています。
その姿は、私の知る女神――ナナにも負けない位の美少女です。
ナナがまだ幼さを秘めているのに対し、こちらはもう少しで完成しそうな、そんな美しさを秘めています。
(……ということは、この人も女神でしょうか!?)
「ノノ」
「はい!」
女神に名を呼ばれ、反射的に返事をします。
「あなたはまだ死んでいない。でも、このままだと確実に死ぬ」
「それは……」
「しかし助かる方法はある!」
女神が一方的に捲くし立てます。
「私と契約しなさい!」
「契約するとどうなるのでしょうか?」
「契約によって私の加護を得る。ノノの肉体は致命傷を負っているけど、加護により治癒力が高まれば一命を取り留められる」
「……はぁ」
「これしか方法はない。早くしなさい」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
そう言って考える時間を稼ぐために、一時中断させようとします。
しかし――
「駄目!時間がないの。こうしている間にも、あなたの命は失われていく。あなたが受け入れれば契約は完了するから、さぁ早く!」
と言われましても……考えます。
私はまだ死んでいない。しかし速やかに契約をしないと死んでしまう。
ここが何処で、彼女が何者かも分からない。
なのに私が死なない道を用意してくれたということは、私と彼女はWin‐Winな関係と思われます。
それに――
(ナナに会いたい!)
契約をすれば、またナナに合える。その思いだけで、
「はい。契約します!」
私は答えます!
その言葉を聞いた瞬間、彼女は私の額に口付けをしました。
「契約完了!」
そして光が溢れ出します。
(……あ!)
しかし、何てことでしょうか!
急かされていたためか、今更ながら重大なことに気付きました。
「このまま生き返ったとしても、また魔獣に殺されてしまうのでは?」
「大丈夫。魔法が使えるから!」
眩しさの中で、彼女の声が届きます。
契約。加護。魔法。
(もしかしてこの人は――!)
そして光に包まれながら、私の意識は闇の中に落ちます……。




